第24話「オタク君、まずはこの箱開けてみて」
7月30日。
そわそわしていたオタク君が部屋の中でウロウロしていると、チャイムの音が鳴り響いた。
すぐに出たら時間前から待機してる恥ずかしい奴だと思われそうだ。
しかし、この炎天下で待たせるのは心苦しい。
とりあえず深呼吸をしてから部屋を出た。
優愛やリコが家に来るときは、いつもこんな感じである。
「おはようございます」
ドアを開けると、二人ともノースリーブに短パンという薄着の優愛とリコが居た。
「やっほー、オタク君来たよ」
「お邪魔します」
そのまま玄関へ迎え入れ、オタク君の部屋へ。
流れるような所作。実は優愛やリコが来る前はコッソリ練習していたりする。
オタク君はオタクであるが、リアルの女の子に興味が無いわけではない。思春期なので。
「あっ、適当な所に座ってください」
「オッケー」
「んっ」
手荷物を、部屋の中央に置かれた四角い机の上に置き、リコは座布団に座り、優愛はベッドにダイブした。
「へへへ、私の匂いを擦りつけたぜ。オタク君これで寝る時は私の匂いを嗅いで寝れるね」
そう言って、悪戯っぽく笑う優愛。
多感な少年の布団にそんな事をすれば、夜興奮して眠れなくなってしまうだろうに。
「優愛、変態っぽいからやめなよ」
「えー、その言い方は酷くない?」
2人同時に「ねぇ?」と聞いてくるせいで、笑って誤魔化すしかないオタク君。
本音を言えば、ちょっと嬉しかったりする。
別にオタク君は匂いフェチではないが。
「それより、今日は荷物多いですね。何の宿題持ってきたんですか?」
このままではからかわれるだけと判断し、早速話題を変えて来たオタク君。
その言葉に、優愛が反応しベッドからぴょんと飛び出て来た。
優愛とリコが自分のカバンを漁り、机の上に3つ程白い箱を置いた。
「オタク君、まずはこの箱開けてみて」
サプライズのつもりだろうが、オタク君は箱を見ただけで中身が分かった。
中身はケーキだ。
2人は誕生日をお祝いに来てくれたのだろう。
ならばと、気づかない振りをして箱を開けるオタク君。
「えっ、ケーキ?」
オタク君。演技派である。
3人で食べきれるサイズの、小さなホールケーキだ。
「「誕生日おめでとう」」
驚いた振りをしているオタク君に、優愛とリコがお祝いの言葉をかける。
お祝いの言葉の後は、定番のバースデーソングだ。
歌い終わると、2人は持ってきた箱を手に持ち、オタク君に差し出した。
「はいプレゼント」
「小田倉が気に入ると良いけど」
「わぁ、ありがとう」
喜んで受け取るオタク君。どちらの箱も思ったよりは重みが無い。
「開けてみても良いかな?」
「うんうん。まずは私のから開けてみて!」
「分かりました」
早く早くと言わんばかりに目を輝かせる優愛。
オタク君が箱を開けると、中にはハート形の瓶が入っていた。
中には薄いピンクの液体がたっぷりと入っている。
「これは?」
「香水だよ。オタク君普通の服は買ったから、こういうので普通っぽさもっと出せると思って」
「へぇ、香水ですか。これって首や脇にかければ良い感じですか?」
「そうそう。こうやってシュッとかければ良いよ」
早速プレゼントした香水をオタク君に一吹きする優愛。
見た目に反し、思ったよりは甘ったるい匂いはしない。
「あれ、この匂いって」
「あっ、気づいた? ヘヘッ。私が使ってるのとお揃いだよ」
2人とも同じ匂いの香水を使っていたら変に勘ぐられそうだが、優愛はそこまで考えていない。
オタク君と一緒の。その程度の考えで同じのを買っただけだ。
「そ、そうですか」
対してオタク君はドキドキしっぱなしである。
自分の首筋から常時優愛の匂いが出ているのだから、思春期の少年には刺激が強いというものだ。
「ほらほら、次はアタシの開けてよ」
「あっ、はい」
2人がイチャイチャ、もとい仲良くプレゼントを開封している間、リコはそわそわしっぱなしであった。
早く自分のも見て欲しいと視線を送っていたが、見事に気付かないオタク君にしびれを切らしたようだ。
「おお、靴ですか!」
「あぁ。前に服買いに行ったけど、靴は買わなかっただろ?」
安い物でも、靴一足で服一着分以上はする。
普通ファッションになろうとすると、どうしても靴は目立たないから後回しになってしまう。
なので、リコは事前に靴箱でオタク君の足のサイズを調べ、靴を買う事にした。
やってる事は少々ストーカーっぽい気がするが、思春期の少女なのでセーフだろう。
「はい。どういう靴を選べば良いか分からなかったので、嬉しいです」
これでオタク君は普通の服ズボンに加え、普通の靴と香水まで手に入り一般人への擬態が完璧になった。
フルアーマーオタク君である。
実際は女の子に選んでもらっているだけあって、普通どころか全体的にちょっとオシャレなファッションである。
「そっか。気に入って貰えたなら選んだかいがあったよ」
冷静そうに言うが、オタク君の喜びようを見て口元が緩んでいるリコ。
ちなみに、優愛と一緒にオタク君の靴を選んだ際に、こっそり同じものを自分用に買っている。
そう、ペアルックである。策士だ。
「でも2人とも、良いの?」
ケーキにプレゼントの香水と靴。
学生の財布事情で考えれば、いや、学生でなくても安い買い物ではない。
「いやいや、普段からオタク君私らに色々してくれたりしてるじゃん?」
「たまにはアタシらが、オタク君にプレゼントさせてよ」
付け爪のプレゼントやメイクが上手く行ったために、成功体験例からプレゼントをしたりメイク道具を買ったりしているオタク君。
一つ一つは高いものではないが、塵も積もればなんとやらだ。
なので普段からお世話になっているオタク君にお返しをしたい。
そう思った優愛とリコは、リコの親戚が経営する海の店で短期バイトをさせてもらいプレゼントを用意したのだ。
「そうなんだ。うん。ありがとう」
「というわけで、今日は宿題とか無しにして遊ぼう!」
「……そうですね」
宿題もしましょうと言いたい所だが、オタク君自身もこの空気で宿題するのはもったいなく感じた。
「それじゃあお皿と包丁、それに飲み物も持ってきますね」
「1人じゃ危ないだろ。アタシも手伝うよ」
「あ、私も!」
ケーキを食べ、それぞれ文化祭がどうだったか、バイト先でナンパ客がしつこかった等の話をして盛り上がった。
オタク君。今年は色々な友達に祝われて幸せ者である。
夕方まで遊び、優愛とリコは帰って行った。
「今日は楽しかったな」
優愛がリコと帰り、食器を片付けたオタク君。
部屋にはプレゼントに貰った靴と香水が置いてある。
オタク君はそれを見て、早く使いたい反面、使うのがもったいなく感じていた。
「さてと、寝るかな」
楽しかった一日を振り返りながら布団に入る。
「……寝れない!」
布団に残った優愛の残り香に興奮し、この日はなかなか眠りにつくことが出来ないオタク君であった。
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