第11話「オタク君はリコだけ頭を撫でるんだ~」

「この後どうする?」


 時刻は午後3時を回った所だ。

 オタク君のアドバイスのおかげか、優愛もリコもすぐに服を買ったために時間が余ったのだ。


「そうですね」


 適当にどこかブラブラするには手荷物が多い。

 かと言って、このまま帰るのはなんだかもったいなく感じる。


「じゃあさ、カラオケ行かない?」


「アタシは良いけど、小田倉は?」


 女子高生とのカラオケ。普通のオタクだったら歌の趣味が合わないために避けたい所である。


「良いですよ。行きましょうか」


 二つ返事でOKを出すオタク君。

 オタク君は普段から妹とカラオケに行く機会があるので、アニソンでも女子ウケする曲をいくつか知っている。

 最近では鬼を倒すアニメとか、カルタを題材にしたアニメとか。


 それに一昔前の曲ならまだわかる。

 流行には合わせられないが、彼女達でも分かる曲を歌えるので、微妙な空気にはならない自信があった。

 なにより。


「ちょっ、オタク君歌うまっ!」


「小田倉マジで声どっから出てるんだよ!?」


 オタク君は歌が上手かった。

 優愛やリコも上手いが、そんな二人が驚くほどだ。

 画面に表示される歌の点数は満点に近い。


 それだけではない。


「オタク君、デュエット曲入れたの?」


「はい」


 オタク君は女性の声も出す事が出来るのだ。いわゆる両声類だ。

 なので妹が嫌がるアニソンのデュエットも一人で歌う事が出来る。


「あ、この曲ならアタシも知ってるし、一緒に歌おうよ」


 が、披露する機会は失われた。

 そもそも一緒に歌ってくれる女の子が居ないから自前で出していたのだ。

 一緒に歌ってもらえるならそれに越した事は無いだろう。


「ごめん、ちょっとトイレ」


 優愛が部屋を出ると同時に曲は終わった。

 

「満点じゃん!」


「満点は僕も初めて見ました」


 カラオケの画面には、軽快な音楽と共に100点の文字が表示された。

 画面を見て思わずハイタッチ。

 普段見た事も無い数字に、リコが携帯で写真を収める。


「凄くない! これ後で優愛に自慢しようよ」


「そうですね!」


 思いもよらぬ点数に、興奮を隠せないオタク君。

 そんなオタク君を、リコがただじっと見つめていた。


「どうしたんですか?」


「いや、良い点数出せたよな」


「そうですね?」


「ほら、何かあるだろ?」

  

 何かと言われても、何か分からずおろおろするオタク君。

 だが自分に頭を向けてくるリコを見て察したようだ。


(頭を撫でてくれって事かな?)


 本当に撫でて良いのだろうかと葛藤しながら、恐る恐る手を伸ばし、ゆっくりとリコの頭を撫でるオタク君。

 

「分かってると思うけど、優愛の前では絶対にするなよ」


「あっ、はい」


「まぁ分かってるなら、良いんだ」


 このまま続けていれば優愛が帰ってきてしまう。

 しかし、辞めろと言われないせいで辞め時が分からず、リコの頭を撫で続けるオタク君。


「お待たせ―!」


「うおっ!」


「ひゃっ!」


 バーンと言った感じで扉を開けられ、慌てて飛びのく。

 

「どうしたの?」


 2人の驚き様に、優愛がキョトンとした表情を浮かべる。

 そんな風に出てきたら誰でも驚く。普段ならそう突っ込む所だが、オタク君とリコは直前までしていた行為のせいで冷静さを欠いている。


「そ、そうだ。見てよ100点出たんだよ」


「そうそう。満点ですよ。凄くないですか?」


 あからさまに怪しい話題のすり替えである。


「うわっ、マジじゃん! 100点とか初めて見たわ。ヤバッ!」


 そんな怪しい様子の二人を疑問に思う事なく、リコが差し出した携帯の画面を見て優愛が驚く。


「ん? ってかリコ顔赤くね? 大丈夫?」


「あぁ、ちょっとトイレ我慢してたからかな。悪いちょっとトイレ行って来るわ」


 そそくさと、逃げ出すようにリコが部屋から出ていく。

 そんなリコが出て行くのを見送ってから、優愛がオタク君に近づく。


「あっ、鳴海さんもデュエットしませんか?」


「それよりさ、さっきリコの頭撫でてたっしょ?」


 そう言ってニヤァと小悪魔のような笑みを浮かべる優愛。

 優愛が扉を開ける直前まで頭を撫でていたのだ、見られていないわけが無い。

 実は二人の様子に気付いた優愛は、あえて入らずに中の様子を見ていたりする。


 目を逸らして誤魔化そうとするオタク君だが、逃がさないと言わんばかりに密着して顔を寄せてくる優愛。


「オタク君はリコだけ頭を撫でるんだ~」


「いや、鳴海さんも言えば撫でますよ」


「本当にぃ?」


「ほ、本当ですよ?」


「じゃあ撫でて」


 頭を撫でようにも密着している。

 この状態で頭を撫でるには、腕を優愛の背中まで回してから後頭部を撫でるしかない。

 流石に正面から撫でるのとは難易度が違う。オタク君のメンタル的な意味で。


「まだ~?」


 このまま居ても優愛は離れてくれないだろう。

 こんな所をリコに見られれば何を言われるか分からない。

 この状況を説明をしたら、リコの頭を撫でていた事を見られていた事まで説明しないといけなくなる。

 頭を撫でていた事をバレればリコは怒るだろう。きっと。


 ぎこちない動きで、腕を回し優愛の頭を撫で始めた。

 手には優愛のサラサラとした髪の感触が伝わる。

 フフーンと満足そうな笑みでオタク君を見つめる優愛。


「オタク君、リコの事はリコって呼ぶのに、私の事は鳴海さんて他人行儀過ぎない?」


「それはリコさんがリコって呼んで欲しいと言ったので」


「じゃあ、私も優愛って呼んで」


「えっと、それじゃあ……優愛さん」


「うんうん。オタク君の態度に免じて、リコの頭を撫でていた事は不問にしてあげよう」 


 しばらくオタク君に頭を撫でられて満足したのか、優愛がオタク君から離れていく。

 

(男の人に頭を撫でられたの初めてだけど、確かに嬉しいかも。ちょっと恥ずかしいけど)


 頭を撫でられる感覚が気になり、オタク君に撫でて貰い満足した優愛。

 頭を撫でられたから嬉しいのではなく、撫でてくれたのがオタク君だから嬉しいという事に、彼女はまだ気づいていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る