第10話「オタク君の服を買いに行こうか」

 ゴールデンウィーク。

 それは日頃の疲れを癒すための長期休暇。

 

「今日はアニメ見て、漫画読んで、ゲームをやって、プラモを作って、ドールのお世話に衣装作成もして……」 


 だが、多趣味のオタク君に休んでいる暇は無かった。

 あれもこれもと手を出そうとするオタク君だが、そのままベッドに横たわり携帯を弄り始める。

 やる事が多すぎて順番が決まらず、気づけば横になって携帯を弄っているだけで時間だけが過ぎていく。


「おや?」


 そんなオタク君の携帯にラ●ンメッセージが飛んできた。


『明日暇なら服買いに行かない?』


 優愛からのメッセージだった。


『アタシは良いけど、小田倉はどうする?』


 即座にリコから返事が来た。

 優愛、リコ、そしてオタク君の3人のラ●ングループだ。 


「服かぁ……」


 苦い顔をするオタク君。

 というのも、オタク君は服についてちょっとしたトラウマがある。

 それに服を買うとなるとお金がかかる。上下揃えるとなると新作のゲームを買うよりも高くつく。


「やめとこうかな」


 断ろう。そう思ってライングループの画面を開いた。


『ってか、小田倉はオタクを隠すなら普通の服いるんじゃね?』


「むっ、失礼な」


 リコのメッセージだが、悪意はない。

 ただオタク君がオタクファッションをして、オタクバレしないか心配しているだけだ。


『普通の服くらいありますよ』


『えっ、オタク君の普段着見てみたい。写真撮って!』


「しょうがないなぁ、どうしてもって言うなら見せるか」


 ちょっとウキウキしながら着替えを始めるオタク君。

 服装でオタクバレしては意味が無い。なので、彼は脱オタクファッションをするための服を、それなりに用意していた。


『こんな感じです』


 オタク君が写真を送信する。

 黒のジャケットに黒のシャツ、黒のズボンを穿いた全身黒ずくめファッション。

 そう、脱オタクをしたと勘違いしているオタクファッションである。


『小田倉、明日は妹に服選んでもらってから来いよ』


『ファッションだから好きな服を着れば良いと思うけど、オタクっぽく見られたくないなら、それはちょっとヤバイかな』


 当然のダメ出しだった。

 


 翌日。

 オタク君は駅前にある大きな時計まで来ていた。

 優愛たちと待ち合わせをした場所だ。


 昨日優愛とリコに送った写真の格好ではなく、薄い茶色のブレザーに濃い茶のパンツ。オタク君の通っている学校の制服だ。

 妹に服選びを頼み、オタク君のタンスを開けたのだが、中は黒一色だった。

 悩んだ末に妹が「お兄ちゃん、これ着て行きなよ」と差し出したのは、制服だったのだ。


「オタク君やっほー」


「わりぃ、待たせた」


 程なくして到着した二人だが、オタク君が制服姿でいる事についてはツッコミを入れない。

 何も言わない優しさである。


「まずはオタク君の服を買いに行こうか」


「小田倉、予算どんなもん?」


 女の子の服選びは時間がかかる。それは彼女たち自身がそれを良く知っている。

 なので、まずはオタク君の服を選ぶ事を優先したようだ。

 時間がある内にじっくり決めないと、適当な服を選びかねないので。


「とりあえず1万円で揃えれば良いかなと思ってますが、厳しいですか?」


 予算である1万円は、オタク君が趣味で塗装したプラモデルを売ったお金だ。

 普段からプラモデルを買って塗装し、ある程度満足したら売ってそのお金でプラモデルを買ってを繰り返している。

 オタク君はそこそこの腕を持つので、塗装したプラモデルは原価の倍近い値段で売れたりする。


「それだけあれば十分じゃないかな」


「変に気取ったおしゃれをしないで、普通の服を買うだけなら十分だろ」


「普通の服の方がありがたいので、普通の服でお願いします」


 いきなり一足飛びでおしゃれをしようとするのは危険である。

 この事はオタク君は良く分かっている。


 中学時代にオシャレになろうとしたオタク君が選んだ服。

 黒をベースに十字架や英語がプリントされてチェーンがジャラジャラした服。両足がチェーンで繋がれたズボン。

 極めつけに、足元まである黒のロングコート、ファー部分には白い羽が付いている。


 自分の中では最高のおしゃれをしたつもりだが、同級生からはバカにされ、同じオタク仲間からも距離を置かれた程だ。

 

「それじゃあ行こっか」


 優愛を先頭に、オタク君達が歩き出す。

 たどり着いた先は、ユ●クロだ。


「ここが一番無難だと思うけど、どうかな?」


「僕は大丈夫ですよ」


 そもそも、どのお店が良いのかオタク君には分かっていない。


「オタク君、ちょっとそこに立って、これとかどうかな?」


「細く見えるのはやめた方が良いんじゃね? オタクっつうよりガリ勉っぽくなる」


「えー、それじゃあニットとかは?」


「有りだな。それより黒い服が多いから、明るめのデニム選んどけば着回しが出来るんじゃね?」


「それな! 上から羽織るのも何か買っといた方が良いよね」


「どうせ小田倉の事だから秋も着まわしそうだし、どっちでも行ける色で選ぶか」


 オタク君を着せ替え人形に、あれでもないこれでもないと言いながら次々と服を持ってくる優愛とリコ。

 普段男物の服を選ぶ事はないため、楽しくなってきているようだ。


「ありがとうございました」


 予算よりややオーバー気味ではあるが、オタク君の服は無事買えたようだ。

 どれも地味な普通の服だ。


 だが、そんな普通の服は、オタク君にとってはキラキラして見えた。

 オタクっぽくない服、ようやく普通が手に入ったのだ。


 まぁ、実際の所は優愛とリコが選んだだけあって、女性ウケしやすい服だったりする。

 パッと見地味ではあるが、清潔感があり、ちゃんと季節に合わせたコーディネートを決めている。

 どちらかと言うとオシャレである。


「それじゃあ次は私達だね」


「小田倉、お前が選んでくれても良いぞ」


「あっ、それ面白いかも」


 オタク君に選ばせてどんなトンデモファッションを飛び出すか、それをちょっとからかうつもりの発言だった。


「そうですね。リコさんは身長気にしてるならハイヒールのような靴を選んで、それに合わせた露出の多めな衣装とかどうですか? こっちなんて大人っぽく見えて良いですよ」


「流石にこれは、アタシには似合わないんじゃないか?」


「そんな事ないよ! リコもこういうの着た方が良いって!」


「逆に鳴海さんは露出が多すぎますよ。肌が白くて綺麗な髪をしているので、落ち着いた感じの服を着た方が似合うと思います。たまには派手な服ではなく落ち着いた服とかどうですか?」


「そ、そうかなぁ?」


「これなんてどうです?」


「あっ、これなら良いかも。オタク君めっちゃセンス良いじゃん!」


 オタク君のファッションセンスは、男物は散々であったが、女性物を選ぶ腕はあった。

 近年ではネトゲーのキャラがリアルになってきたために、それに合わせてキャラのファッションのセンスも問われるようになってきたのだ。


 女キャラを使っているオタク君は、ゲーム内のファッションスレで勉強をしていたために、リアルでも問題なく服を選ぶセンスは出来ていた。

 ただの萌え衣装ではなく、誰から見てもセンスが良いと言われるような服を選べる程に。


 下手をしたら自分たちよりも服選びのセンスがあるオタク君を見て、優愛とリコは内心こう思った。

 オタク君が女子高生だったら良かったのにな、と。

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