リコルート END

「コラー、いつまで寝てるつもりだ」


 住宅街の一角にある、ごく一般的な二階建ての一軒家。

 台所から、天井に向かってそう声を上げているのは、オタク君こと小田倉浩一(おたくらこういち)の妻、小田倉瑠璃子(おたくらるりこ)である。

 エプロンを身にまとう瑠璃子は既に年齢は三十代後半なのだが、年相応な化粧以外は学生時代からあまり見た目が変わっていない。


 瑠璃子が叫んでから数分。瑠璃子が痺れを切らし、いよいよ二階に乗り込もうとした時だった。

 のしのしと階段から足音を立て、めんどくさそうに頭をボリボリ掻きながら欠伸をして二階から降りてきたのは浩一と瑠璃子の息子の小田倉剛(おたくらつよし)である。

 チリ一つ付いていない、ピカピカと言う形容詞が似合う学生服を身に纏い、眠そうに目を擦りながら居間にあるテーブルへと向かっていく。


「ったく、入学式だっつうのに、いつまで寝てるんだ」


「ははっ、どうせ剛の事だから、夜更かししてたんだろ」


 瑠璃子の小言を聞こえませんと言わんばかりにスルーする剛。

 このままにしておけば、瑠璃子の怒りのボルテが上がり爆発しかねないので、コーヒーを啜りながら「まぁまぁ」と宥める浩一。

 今も昔とあまり変わらない妻を見て、その姿や叱咤の仕方はまるで、学生時代の瑠璃子が共通の友人に取っていた態度と少しだけ被り、思わず頬を緩ませる。


 いまだに小言を繰り返しながら、瑠璃子が朝食を盛りつけた皿を隣に立つ少女に渡す。

 少女は笑顔で皿を受け取ると、剛の座るテーブルへと皿を運んでいく。


「はい。お兄ちゃん」


「ん。サンキュー」


 剛が左手で皿を受け取りながら、右手でお兄ちゃんと呼ぶ少女の頭を雑に撫でる。

 頭を撫でられた少女がにぱっとチャームポイントである八重歯を見せながら「えへへ」と笑顔で笑う。

 少女の名は亞里珠(ありす)、ちなみに小田倉亜里珠ではない。剛とは実の兄妹ではないので。

 亜里珠の母は、浩一の妹の希真理。近所に住む従兄弟である剛とは、親族としての付き合いもあり、幼い頃よりずっと一緒だったので、年齢が二つ上の剛をお兄ちゃんと呼び懐いている。

 

「剛、それくらい自分でやりなさい」


 亜里珠から箸を受け取り、朝食に手をつけ始める剛に、剛の隣に座ってコーヒーを飲んでいた少女が呆れたように声をかける。


「亜里珠がやりたがるんだから、別に良いだろ」


「亜里珠も剛を甘やかさないの」


「えー」


 剛と亜里珠が声を揃え「別に良いじゃん。ねー?」というと、全くと眉間をぐりぐりと指で押さえながら、少女が不機嫌そうに「大体この前も……」と小言をブツブツと呟く。


「久理寿(くりす)ちゃんは怒ってるんだから、ちゃんと話聞かないとダメだよー?」

 

 そんな不機嫌そうにしている少女が、名前を呼ばれ、キッと目を吊り上げる。


「だったら、貴女も私の話をちゃんと聞いてくれる? とりあえずその服装どうにかしなさい!」


「んー、やっぱり久理寿ちゃんの話は聞かなくて良いやー」


 不機嫌そうな少女こと久理寿に服装を指摘され、やや眠そうな瞳を剛に向け「ねー?」と言う少女。

 そんな少女の言葉に、苦い顔で目を逸らしながら剛が答える。


「いや、それは久理寿の言う通りだと思うぞ」


「えー、なんでー?」


「いや……だって……」


 何がダメかハッキリ言わない剛に対し、少女は視線を逸らした先に立ち、目線を合わせるように前屈みをする。

 前屈みに合わせ、少女の胸にある、たわわに育った果実が大きく揺れる。

 男としては当然興味があり、出来ればそのたわわな果実を拝みたい気持ちはあるが、親や他の女子がいる手前、それを見ないように更に顔を背ける剛。

 だが、そうはさせまいと、少女が両手で剛の顔を押さえ、無理矢理視線を合わせる。

 その手を振り払いたい剛だが、顔は万力に締め付けられたかのように、微動だにすることが出来ずにいた。

 決して剛が貧弱だからではない。相手が悪いからである。

 剛の顔を尚も押さえて「ねーねー」という少女の身長は、180を余裕で超えている。

 大きいのは身長と胸だけではない、腕も太ももデカく、それでいて太っているわけではないというワガママボディ。

 高身長でミニのスカートというだけでも目立つのに、胸元のシャツがはち切れんばかりにパッツンパッツンになっている。

 久理寿とは同じ制服を着ているのに、まるで別物である。

 少女の名は、知恵(ちえ)。エンジンと詩音の間の娘で剛と久理寿より一つ年上の先輩にあたる。

 彼女の高身長はきっと、エンジンの遺伝だろう。


 そんな知恵に、尚も噛み付くが完全に無視をされている久理寿。

 ちなみに彼女はチョバムの娘である。怒りっぽいところはチョバムから遺伝してしまっているのだろう。

 朝からぎゃーぎゃーと騒がしい事この上ない小田倉家。その様子を、困ったような笑顔で浩一が見守るいつもの光景。

 そして、この後に瑠璃子が「うるさい」と一喝をして静かにさせるのがお約束である。


「いつまでも人の家ひとんちでくっちゃべってないで、さっさと学校に行け!」


 瑠璃子のカミナリから逃げるように、居間から出ていく剛、亜里珠、久理寿、知恵。


「良いな、私もお兄ちゃん達と一緒に秋華高校に通いたいな」


「そうだねー、でも二年後なら亜里珠ちゃんも一緒に通えるよー」


「亜里珠と一緒に通うって事は、お前知恵は留年してるって事になるぞ?」


「そっかー、私留年しないといけないねー」


 バタバタと音を立てて、玄関から出ていく剛たち。

 居間では、段々と剛たちの声が遠ざかっていき、やがて聞こえなくなると同時に瑠璃子がため息を吐く。

 ため息の理由は手のかかる息子だから、だけではないだろう。

 そんな様子を見て、浩一が苦笑いを浮かべる。


「全く。あれだけ好意を向けられてるのに、全く気付かないとか。男としてはどうなんだろうね」


 息子ももう高校生。

 好意を持っている女の子たちが毎朝家まで押しかけて来ているのだから、浮いた話の一つや二つあっても良いはずなのに、全くそんな素振りを見せない。

 鈍感な息子のために、女の子たちがアプローチを強めていっている事を、浩一も瑠璃子もとっくの昔に気がついている。

 無自覚ハーレムを形成する息子のあまりの鈍感さに「一体誰に似たのやら」と、ため息混じりにやれやれと両手をあげ首を振る浩一。

 そんな浩一を、見て、瑠璃子が盛大な溜息を吐いた後、少しだけ微笑む。

 どこまでも鈍感な剛に、必死にアプローチをかける少女たちは、かつての自分たちのようだなと思いながら。


 ニコニコと浩一に近づく瑠璃子。

 妻に対して「僕と同じ事を思ったんだな」と笑顔で返す浩一。

 そんな浩一の頭を瑠璃子がぽかりと殴り、抱きしめる。


最終話

「安心しろ。ちゃんと父親似だよ。鈍感男」

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