第88話「それでも……某は」
「こんな顔……小田倉君に見られたら気づかれちゃうよね」
多分オタク君は委員長を見ても、恋心に気づかないだろう。鈍感なので。
自分の気持ちに気づいて欲しい反面、気づかれれば今の関係が壊れるのではないかと不安になる委員長。
しばしの葛藤の末、気づかれないようにする事を選択したようだ。
部室を出ていく委員長。
部室で落ち着くのを待っていれば、オタク君が現れるかもしれない。
なので女子トイレへと向かって行った。
そこならオタク君と鉢合わせる事はないからである。
誰もいなくなった無人の部室。
ギギギと控えめな音を立て、掃除用具入れのドアがゆっくりと開いていく。
中から現れたのは、チョバムとエンジンである。
足音をたてないよう細心の注意を払い、まるで泥棒のようにコソコソと部室から出ていく。
そのまま足音をたてないように、コソコソと廊下を走り抜け、階段を上っていく。
彼らが辿り着いた先は、屋上に出る扉の前。
こんな場所に来るのは不良ぐらいであるが、オタク君の通う学校は優秀なので不良はいない。
屋上に出る扉の鍵は閉まっているので、青春漫画のように屋上に出る事は出来ない。
なので、こんな場所に好んで来る生徒はあまりいない。
扉の前で、チョバムとエンジンが背中合わせになると、ストンと力が抜けたようにその場に座り込んだ。
一度ゆっくりと息を吐きだすと、バリバリと頭を掻いたり、首を傾げたりしている。
「見たでござるか?」
「見てしまったですな」
「聞いたでござるか?」
「聞いてしまったですな」
いつもならここで転げまわって羨ましがる2人だが、今日は違った。
既に賢者タイムである。
「あれは、ヤバいでござるな」
「思った以上にクルものがありますな」
それだけ言うと、2人はしばし背中を預け合いながら無言になる。
普段は掃除用具入れから出て来た委員長に驚かされる2人。今回は逆に脅かしてやろうと掃除用具入れに隠れていた。
隠れていたは良いが、驚かすタイミングを逃した彼らは、終始見届けてしまったのだ。
オタク君が委員長と2人きりの時は名字で呼んでいるところを。
鏡に映った自分を見て、委員長が恋に気づいてしまったところを。
似たようなシーンなら、彼らは普段からゲームや漫画で散々見慣れている。
だが、現実に目の前で少女が恋する乙女に変わるところを見てしまったのだ。
画面越しに見てきたものとは違う、本物の恋である。
それに対し、どう言い表せば良いか分からず、呻き声のように「あー……」と声を上げては止めてを繰り返している。
「尊いでござるな」
尊い。その一言で表すのが口惜しく感じ、奥歯を噛み締めるチョバム。
その言葉に硬さを感じさせる。
「そうですな」
同じように、硬い声で同意をするエンジンが、言葉を続ける。
「鳴海氏も、委員長みたいな事があったと思いますぞ」
「そうでござるな」
「きっと、姫野氏も同じですな」
「……そうでござるな」
優愛やリコがオタク君に好意を持っている事を、チョバムやエンジンは何となく察していた。
だが、それは自分たちと関係のない別世界の話。羨みはすれども、深く考える事なんてなかった。
どうしたら自分たちもオタク君のように、ギャルに好意を持たれるか。その程度だったのだ。
目の前で見た委員長の気持ちを考えると、チョバムもエンジンも胸が苦しくなる。
そんな委員長と同じ気持ちを優愛とリコも持っていると考えれば、胸だけでなく胃がキュっとする思いである。
今までオタク君側になる事ばかり考えて、オタク君に好意を抱く側の気持ちを考えていなかったのだから。
異世界物であればハーレムで全員選ぶのもありだろう。
だが、現実はそうはいかない。選ばれるのは誰か一人だけである。
誰かを選べば、誰かが不幸になる。
「それでも……某は委員長氏を応援したいと思いますな」
そんな自分の気持ちと向き合った上で、委員長を応援したいとエンジンは言う。
優愛やリコの気持ちを蔑ろにするわけではないが、目の前で委員長が変わる瞬間を見てしまったのだ。
たとえ、優愛やリコの方が気持ちが大きいとしても、委員長に幸せになって欲しいと考えてしまうのは無理もない話である。
「……拙者も同じ気持ちでござる!」
もし彼らが初めて恋に落ちるのを見たのが優愛だったら、優愛を応援していただろう。
リコが恋に落ちるところを見ていたら、リコを応援していただろう。
偶然という名の運命により、彼らは委員長を応援する事になった。
オタク君と委員長をくっつけるにはどうすれば良いか?
そんな事を背中越しに話し合いながら、彼らは笑う。
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