閑話「二人はラブキュア」
平日の放課後。
第2文芸部の部室には、オタク君と委員長の二人きりである。
優愛は村田姉妹と談笑中、リコは去年のクラスの友達に連れられてどこかに行ったようだ。
優愛やリコがいない事はままある事なので、こうして委員長と二人きりになる事には慣れているオタク君。
「チョバムとエンジンはまだ来てないみたいだね」
「うん」
とりあえずパソコンをつけながら、椅子に座りオタク君がいつものように委員長に話しかける。
話したい事は色々あるが、とりわけ委員長が好きそうな話題を選んで話す姿は実に紳士的である。
普段なら会話が盛り上がり花を咲かせるというのに、隣に座る委員長の返事はどこか歯切れが悪い。
「コミカライズでは告白シーンが大幅にカットされてるのちょっと残念だったよね。あのシーン好きだったのに。雪光さんはどう思う?」
「えっ……うん。私も、好き、だよ」
そう言って顔を赤らめ俯く委員長。
何か普段と委員長の様子が違うなと思いつつも、オタク君は話を続ける。
ここで黙ってしまったら、気まずい沈黙が流れてしまいそうなので。
(明らかに委員長の様子がおかしいし、何かあったか聞くべきだよな)
そう思い口を開こうとした瞬間だった。
部室のドアが開かれた。
開けたのはチョバムとエンジンである。
「おはようでござる」
「おはようですぞ」
「あぁ、おはよう」
「……おはよう」
何か良い事でもあったのか、チョバムとエンジンがいつもより大きめの声量で挨拶をする。
今にも踊りだしそうな足取りで歩く姿は、普段より二割ほどテンションが高めである。
ゴキゲンな二人が、オタク君と委員長にバレないように目配せをするとゆっくりと近づいていく。
(まずは拙者が行くでござるよ)
(分かったですぞ)
「小田倉殿と委員長殿、今日は二人きりでござるか。仲良しでござるな」
更にテンションを上げたチョバムが、オタク君の横に立つ。
「うん。今日は優愛さんもリコさんも来ないからね」
「そうでござるか。となると委員長殿と二人で一緒に来たのでござるな。ヒューヒューでござる」
この上ないウザ絡みである。
ただでさえウザイ絡み方なのに、チョバムのハイテンションがウザさを更に増長させている。
軽くイラっとするオタク君だが、チョバムは気づかない。
「そんなに仲が良いなら、もう二人とも付き合っちゃいなよ。それそれでござる」
座っているオタク君に、腰を押し当て、委員長の方に寄せようとするチョバム。
座っているオタク君と立っているチョバムでは、立っているチョバムの方が押し出すのに有利である。
更に体重差も加わり、チョバムが腰をオタク君に当てるたびに、椅子を引きずる音をたてながらオタク君が委員長に寄せられていく。
やめろと抗議をするオタク君だが、チョバムは聞く耳も持たず、なおもオタク君を押し続けている。
パシン。
乾いた音が部室に鳴り響く。
先ほどまでハイテンションだったチョバムが、赤くなった頬を抑えながら固まっていた。
チョバムの頬が赤くなっているのは、エンジンが平手打ちをしたからである。
エンジンは軽くため息を吐くと、チョバムの肩を両手で掴む。
「チョバム氏、それは『ない』ですぞ」
諭すように、ゆっくりと低い声で言うエンジン。
そんなエンジンの顔を見た後に、オタク君達を見るチョバム。
チョバムの目には、明らかにうんざりそうなオタク君が写っていた。
「拙者、失敗したでござるか?」
「そうですな」
「そうでござるか」
ガクリと肩を落とすチョバム。
彼なりに何かをなそうと頑張ったのだが、どうやら失敗に終わったようだ。
「で、チョバムはいきなりなんでそんな事したの?」
唐突の展開についていけないオタク君と委員長。
しょうもなさそうなので正直聞きたくはないが、このままの雰囲気でいられる事には耐えられなさそうなので、なんでそんな事をしたのか仕方なく聞くことにしたようだ。
「実は某とチョバム、陽キャになろうと作戦を立ててたのですぞ」
やっぱりしょうもない事だったと、聞いたことを後悔するオタク君。
「鳴海殿や姫野殿は気にしないと思うが、やはり陰キャとつるんでいると影で何か言われそうでござる」
「だから、陽キャになろうとしたのですぞ」
「そっか。でもさっきのチョバムの行動は痛すぎない?」
「陽キャになったと思い込んでウザ絡みをして、周りからハブられるタイプですな」
オタク君とエンジンの言葉が刺さったのだろう。胸を抑えるチョバム。
多分今晩彼は悲しみと羞恥心で枕を噛んで寝るに違いない。
「というわけで、次は某の番ですな」
「ごめん、他でやってくれる?」
もうごめんだと言わんばかりのオタク君に、チョバムとエンジンが必死に食い下がる。
「小田倉氏、あと一回だけだから、お願いですぞ」
「嫌だよ。二人でやって来れば良いだろ?」
「第三者視点の感想も欲しいでござるよ。拙者とエンジン殿が陽キャになったつもりで外してたら小田倉殿だって嫌でござろう?」
「そりゃそうだけどさ」
「どうしてもだめというなら、明日から拙者とエンジン殿が金髪に染めて『ウェーイ』とか毎日部室で騒ぐ事になるでござるよ」
髪の毛を金髪に染めたチョバムとエンジンが、毎日部室で「ウェーイ」と騒ぐ姿を想像するオタク君。
そんな事をされたら先ほどの比でないくらいにウザい事になるだろう。
ついでになんちゃってチャラ男語で話されようものなら手を出しかねない。
「はぁ……どうする? ゆき、委員長」
「ちょっとだけなら、聞いても良いんじゃないかな」
チョバムの行動に対しては思うところがある委員長。
だが、陽キャになるという考えには賛成であった。
オタク君の周りにいるギャルは陽キャばかり、陰キャの自分と比べれば陽キャのギャルの方が魅力的だ。
もしかしたら、陽キャになればオタク君が自分に振り向いてくれるかもしれない。そう思いエンジンの話を聞こうと思ったのだ。
「ほら、委員長氏もこう言ってますぞ」
「分かったよ。それで何をするの?」
オタク君の返事を聞き、エンジンがにやりとほくそ笑む。
それだけ自分の作戦に自信があるからだろう。
「ズバリ、これですぞ!」
そう言ってエンジンがカバンから取り出したのは、お菓子である。
細い棒状のスナックにチョコがかけられたチョコ菓子。それを手に掲げ得意気な顔をしている。
「ここまで来ればもうお分かりですな。そう、ポッキーゲームですぞ!」
ポッキーゲームとは、陽キャが合コンでやる王様ゲーム並みに有名なゲームの一つである。
男女がチョコ菓子を端から食べあい、どこまで近づけるかを競い盛り上がるゲーム。
しかし、ポッキーゲームをしたところで陽キャにはなれない。そんな事はエンジンも分かっている。
ならばなぜポッキーゲームなどを選んだのか?
彼らの本当の目的が陽キャになる事ではないからだ。
彼らの本当の目的は、オタク君と委員長を付き合わせることにある。
なのでチョバムはあのような行動を取ったのだ。大失敗に終わっているが。
あの日、屋上で彼らは誓い合った。オタク君と委員長が付き合えるように全力で応援すると。
そして二人の恋を応援するラブリーキューピッド同盟、略してラブキュアを結成したのだ。
「さぁチョバム氏。某とポッキーゲームですぞ」
チョコ菓子を咥え、チョバムに近づくエンジン。
まるで恋する乙女のように頬を赤らめながら、目を瞑る。
パシン。
乾いた音が部室に鳴り響く。
「ぐふっ」
チョバムに平手で殴られ吹き飛ぶエンジン。
倒れた拍子にチョコ菓子が音を立てて崩れる。
頬を抑え、抗議の声を上げるエンジン。
そんなエンジンの言葉をガン無視し、チョバムが倒れたエンジンの前で腰を下ろし不良座りをする。
「おい、エンジン」
「な、なんですぞ?」
「食ってみろでござる」
そう言ってチョコ菓子を咥え、無表情で顔を近づけるチョバム。
「ほら、食ってみろでござるよ」
段々と近づくチョバムの顔を見て、エンジンが気付く。
これは、めちゃくちゃキモイ。
なおもチョコ菓子を咥えながら、まるでキスを迫るように近づくチョバム。
近づくチョバムから逃げるようにエンジンは後ずさりながら、助けを求めるようにオタク君を見た。
エンジンは自らの作戦の成功を信じていた。いや過信していたと言っても良いだろう。
何故ならこの作戦の立案は、相談を受けた村田(妹)によるものだったからだ。
「他の子がやってるの見ると、女子は同調してやってくれるもんよ」
とは村田(妹)の言である。それは間違いではない。
実際に一年の遠足の際、オタク君と優愛の手を握らせるために、村田姉妹が率先して手を繋ぎ同調する空気を作り、見事オタク君と優愛の手を繋がせている。
自分とチョバムが楽しそうにポッキーゲームをすれば、委員長も同調してやってみようとなるだろう。エンジンはそう見立てていたのだ。
彼の失敗点を挙げるとすれば、エンジンとチョバムがポッキーゲームをやっていてもキモいだけという点が頭から抜けていた事だろう。
こんなキモイ雰囲気で「じゃあ私達もやろう」となるわけがない。当然である。
エンジンの目に映るドン引きをしたオタク君も委員長。そこでようやく自らの作戦の失敗を理解したようだ。
「チョバム氏。すまんでござる」
エンジン、土下座である。
立ち上がり、やっと理解したかと言わんばかりにエンジンを見下ろすチョバム。
フンと鼻息を吐くと、手を使わずに器用にチョコ菓子を食べていく。
「拙者達は失敗した。次の作戦を考えるでござるよ」
「そうですな。次こそは」
そう言って部室から出ていくチョバムとエンジン。
あまりの展開に、オタク君は何も言えずただ二人が出ていくのを見守るだけだった。
気まずい沈黙が訪れる。
先ほどまで歯切れが悪かった委員長と、せめてこれ以上気まずくならないようにと話しかけていたオタク君の努力が台無しである。
「まったく、何なんだろうね」
ハハッと困ったように委員長に笑いかけるオタク君。
当たり障りのない会話である、が。
「う、ウェーイ」
先ほどエンジンが置いて行ったチョコ菓子を、委員長が口に咥えオタク君を見ていた。
別にチョバムとエンジンのポッキーゲームに同調したわけではない。
ただ、それでも陽キャになれるかもという一縷の望みと、オタク君に近づきたいという欲求によるものである。
「陽キャになったほうが、鳴海さんとかに迷惑かけないかなって」
チョコ菓子を咥えながら言う委員長。
そんな事で陽キャになれるわけないだろう。
そう思うオタク君だが、先ほどのチョバムの言葉が脳裏に浮かぶ。
『鳴海殿や姫野殿は気にしないと思うが、やはり陰キャとつるんでいると影で何か言われそうでござる』
こんな事しても変わらないだろう。
そう思うが、もしかしたら何かが変わるかもしれない。そんな風に考えてしまう。
もしかしたら……そう思うと、段々その気持ちが強くなっていく。
(ここで断ったら失礼な気がするし、どうせ失敗しても何かあるわけじゃないし)
一瞬の間ではあるが、様々な思考が飛び交い、そして委員長とポッキーゲームをする事を決心したオタク君。
委員長にまっすぐに向き合うオタク君。そして彼はまず、両手を委員長の肩に置いた。
鍛えぬいたオタク君に掴まれ、まるで万力で抑えたかのように微動だにする事も出来なくなった委員長。
ゆっくり近づくオタク君。まるで本当にキスをするかのような行動である。
だが、実際は違う。
彼は気づいていた。こういう時にラブコメでは絶対にラッキースケベが起きるシーンだと。
何かの拍子で委員長か自分がバランスを崩し、キスをしてしまうシーンだと。
少しだけ腰を浮かせ、空気椅子をするオタク君。これで今この瞬間に偶然椅子が壊れたとしても自分がバランスを崩す事はない。
そして両手で委員長を抑えているので、委員長がバランスを崩す事もない。
ゆっくりと真剣な顔で近づいてくるオタク君を見て、委員長がそっと目を閉じる。
(この雰囲気。もしかして小田倉君、本当にキスしようとしてるのかな?)
残り数センチのところまで近づくと、ポキッという音と共にチョコ菓子が折れる。
多分フラグも一緒に折れたのだろう。オタク君が委員長とキスする事はなかった。
即座に離れるオタク君。
「いやー、恥ずかしいですねこれは」
「そ、そうだね」
誤魔化すように照れ笑いをする二人。
もう一度とチョコ菓子を掴み、再起を図る委員長。
「そういえば、前言ってたラノベの新刊出ましたね」
「あぁ、あれですね。小田倉君はもう読みました?」
恥ずかしさを誤魔化すために話題を変えるオタク君。
一瞬自分の行動を見透かされたような気がして、恥ずかしさを誤魔化すために話題に乗る委員長。
その後は少しギクシャクしながらもいつものように会話をする二人。オタク君、気まずい空気を回避する事には成功したようだ。
色々あったが、最終的にはラブキュアの活躍で良い雰囲気になったオタク君と委員長。
頑張れラブキュア。どうせ次回も失敗するだろうがキミ達の活躍を期待している。
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