閑話「オタク・プリズン(前編)」

「小田倉殿、今日は一人でござるか?」


「うん。優愛さんとリコさんと委員長はクラスの女子たちと買い出しで、めちゃ美は自分のクラスの出し物を手伝うってさ」


「なるほど。となると今日は野郎ども三人だけですな」


 夏休みの第2文芸部。

 文化祭の出し物の準備のために、朝から来たのはオタク君、チョバム、エンジンの三人。

 他のメンバーはクラスの手伝いでいない。

 なので男連中しかいない。

 男だけになるとどうなるか?


「今からここは、オタク矯正収容所『オタク・プリズン』でござる!」


 アホになる。

 オタク君だけでなく、チョバムやエンジンも男である。

 なので、いくらはっちゃけても女子の前で一定のラインを超えるような言動はしない。

 だが、そのリミッターである女子がいない時は、抑圧された鬱憤を晴らすように、アホになるのだ。


「急に何言ってるのさ」


 チョバムの発言に呆れるオタク君。

 多少のアホな発言には慣れているが、流石に多少を超える意味不明さである。


「小田倉殿、文化祭では一般のお客様が来るでござる。そこでオタク丸出しな対応をしたらどうなるか分かるでござるか?」


「どうなるの?」


「隠れオタクであることがバレ、そこから学校中に拙者たちが隠れオタクであることがばれてしまうでござる」


「そしたら迫害の日々ですぞ」


 流石にそうはならないだろう。

 そもそも、文化部にはオタク向けの漫画研究部と、隠れオタク向けの第2文芸部という話が既に知られている。

 もはや隠れオタクがどうとかは、今更である。

 そんなアホな説得に応じるオタク君ではない。


「確かに!」


 否、応じていた。

 何故こんなアホな主張にオタク君が応じてしまったのか?

 オタク君もアホになっているからである。


「それで、ここをそのオタクプリズン(?)ってのにして、どうするの?」


「オタク矯正収容所『オタク・プリズン』では、オタクの言動を取ると罰則が与えられるでござる」


 ジャジャーンと言いながら、チョバムが取り出したのはプラスチックのバットである。

 罰則、そしてプラスチックのバット。

 そこから導き出される結論は一つ。


「ケツバットですな!?」


「正解でござる!」


 何が嬉しいのか、イエーイとハイタッチを決めるチョバムとエンジン。

 二人のテンションについていけないオタク君はため息を吐く。

 やれやれといった様子でカバンを漁ると、ノートを取り出し、ページを綺麗に切り取り始めた。


「はい、これ」


 オタク君は切り取ったノートのページに数字を書くと、チョバムとエンジンに一枚づつ渡す。 

 頭に「?」を浮かべるチョバムとエンジンの前に立ち、切り取ったノートのページを胸の高さで掲げた。


「あっ!!」


「なるほどでござる!!」


 そう。捕まった人間が番号の書いた札を持ちながら撮影させられる、通称マグショット。

 このオタク君。ノリノリである。


「囚人番号001。お前は何をして捕まったですぞ?」


「貧乳キャラの胸を盛ったイラストを描いて、ネットにアップしました!」


「なんて奴でござる!?」


 目が飛び出し、アゴが外れるのではないかというリアクションを見せるチョバムとエンジン。

 それだけオタク君が重罪を口にしたのだから仕方がないと言えば仕方がない。

 そんなリアクションに、思わずオタク君が吹き出すと、チョバムとエンジンも同じように噴き出した。

 流石にそれは死刑になってるでしょとジョークを交え笑いながら、オタク君はエンジンと場所を交代する。


「囚人番号002。お前は何をして捕まったでござるか?」


「男の娘キャラを、女の子にした同人誌を販売したですぞ!」


「暴動が起きるってレベルじゃないぞそれ!!」


 オタク君の罪状も中々であるが、エンジンは更にその上をいく罪状に、オタク君もチョバムもマジビビリである。

 もし大手サークルがしようものなら、炎上は不可避なのだから二人がビビるのは仕方がない。

 そんな事したら縁を切るでござると真顔で言うチョバムに対し、エンジンはその時は一思いにやってくれと返す。

 オタク同士の男の友情に感動するオタク君を横目に、エンジンがチョバムと場所を交代する。


「囚人番号003。お前は何をして捕まったんだ?」


「二次創作と称して、有名な作品の主人公の名前を自分の名前に置き換えて投稿したでござる」


「ぎゃああああああ。待った待った。それは冗談でも言ってはダメですぞ」


「えっ……じゃあ、自分の名前のオリジナルキャラを主人公の立場に置き換えて」


「待って。チョバムお願い、やめて!!」


 チョバムの発言に悶絶し始めるオタク君とエンジン。

 オタクなら誰しも想像した事はあるだろう。有名作の主人公を自分に置き換えた妄想物語を。

 だが、歳を取るにつれそれは黒歴史となり、記憶の奥底に封印される決して開けてはいけないパンドラの箱となる。

 それをチョバムは平気な顔で言い放ったのだ。


「あれ~? 拙者何かしたでござるか?」


 悶絶しながら床に倒れ込み、四つん這いになって必死に叫ぶのを我慢しているオタク君とエンジン。

 対してチョバムはまるでノーダメージのようにキョトンとしている。

 いや、実際にノーダメージなのだ。

 なぜならチョバムは、今現在進行形で自宅のPCの中に、有名作の主人公を自分に置き換えた物語を作っているからである。


『お前がハーレムの主かよ』


 そんな反応を期待していたチョバムだが、どうしてそんな反応をしているのか理解できないでいた。

 先ほどの発言も含め、未来の自分へ負の遺産を送り付けたことを、今の彼が知る由もなかった。

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