第122話「来月一緒に行く予定だったコスプレ祭り、やめにしませんか?」

「丁度部屋が開いてて良かったですね」


「あぁ、そうだな」


 オタク君がドアを開ける、そこは小さな個室には長机とそれを囲むように置いてあるソファ。

 そして壁掛けの少し大きなTVに音響機器がある。カラオケルームである。


 よっこいしょとわざとらしく言いながら、オタク君が荷物を置き、椅子に座る。

 オタク君の隣で、同じように荷物を置きながらリコが座る。


「何か飲み物取って来ましょうか?」


「いや、大丈夫だ……その、さ……もう少し一緒にいて欲しい、かな」


 立ち上がろうとしたオタク君の服をリコが軽く掴む。行かないでの意思表示である。


「分かりました」

 

 警察官に質問をされた後、オタク君が彼氏ですと答えたからかは分からないが、リコと引き離される事は無かった。

 リコはオタク君に寄り添ってもらいながら、何が起きていたかを聞かれ、時折オタク君が答えたりしていた。

 オタク君が答える事に対して、警察官は何も言わない。

 捕まった男はそもそも現行犯な上に動画を取られ、カメラにも証拠となる写真が大量である。

 なので、被害者であるリコの心象を考え、無理に根掘り葉掘りしないように終わらせようとしたのだろう。


「被害届はどうしましょうか?」


 今すぐ出しても良いし、時間を置いて落ち着いてからでも良い。

 もちろんそのためには色々聞かれるから、嫌な事も答えなくてはいけない場合がある。

 余計に傷つくだからなら、無理に被害届は出さなくても良い。

 最後にそう説明し、警察官は去って行った。


 その後、コスプレイベントを周る気になれなかったオタク君とリコ。

 別にオタク君とリコが悪い事をしたわけではない。

 だが、今回の件でイベントの運営や参加者に迷惑をかけてしまったのでは、次回以降の開催に支障が出たら。

 そう負い目を感じてしまうのは、仕方がない事である。

 負い目を感じているからか、周りに見られてるように感じてしまう。

 実際にチラチラと見られていたわけだが、それは決して悪い意味ではない。

 同情や哀れみ、中には好奇心も含まれているだろうが。

 居心地が悪くなり、逃げるように会場を後にしたオタク君とリコ。

 

「この後ですが」


 チラリとリコを見るオタク君、同時にリコもオタク君を見上げ、思わず目線が合う。


「時間がありますしカラオケに寄っていきませんか?」


 リコの口数が少なく、いつものような覇気が感じられない。

 多分、まだ落ち着いていないのだろう。

 そんな状態でリコを家に帰せば、家族も心配するだろうし、心配させたリコの気が病むかもしれない。

 先ほどの男の件をどうするかはリコの判断に委ねたいと思うオタク君だが、その為には自分の身の振りを決めれるように落ち着かせた方が良いだろう。

 そう判断し、帰宅を遅らせるためにカラオケに行く事を提案したのだ。


(……ったく、そんな心配そうな顔するなよ)


 ここまでオタク君が配慮してくれて、気づかないリコではない。

 とはいえ、このまま帰宅して、家族の前でいつも通りを演じられるかは多少不安ではあった。


「あぁ、良いよ」


 なので、オタク君の提案に乗る事にした。

 そしてカラオケルームにつき、オタク君がドリンクを取りに行こうかと立ち上がろうとした時だった。


(あっ……)


 リコは無意識で、オタク君の服を掴んでいた。

 そこでリコは気づく。自分は思ったよりも先ほどの件を引きずっているんだなと。


「いや、大丈夫だ……その、さ……もう少し一緒にいて欲しい、かな」


 掴まれた瞬間に、一瞬困り顔をしたオタク君。

 だがリコにそれを悟られまいと、即座に笑顔で返す。


 座り直し、さてはてどうするかと考える事数秒。

 いつものように、リコの頭を撫でた。


 いつものようにリコを撫でるオタク君だが、いつもと違う点がある。

 リコが催促する前に自ら撫でたのだ。この場合はどうすれば良いか考え、流されるのではなく、自ら撫でる選択肢を選んだのだ。

 普段だったら、催促されない限りは何もしないオタク君が、言われる前に頭を撫でて来た事に驚き一瞬だけビクッと反応し、身じろぐ。

 

(あぁ、アタシ本当に、小田倉の事が好きなんだな)


 小動物のように大人しくなり、なすがままに撫でられ続けるリコ。

 もはや赤くなった顔を隠そうともしていない。


「リコさん」


「えっ、あはい!」


 言葉と共に、心臓が飛び出たかと思うリコ。

 オタク君は普段から気遣いのできる性格なので、もしかして、自分の心を見透かされているのではと、内心ドキドキである。


「来月一緒に行く予定だったコスプレ祭り、やめにしませんか?」


 だが、オタク君の口から出た言葉は、甘い愛の言葉なんかではなかった。

 

「えっ、なんで?」


 赤くなったリコの顔が、サーッと青くなっていく。


「ほら、さっきの人がいるかもしれないですし、さっきの人じゃなくても同じような目に合うかもしれないじゃないですか」


「あ、あぁ。そうだな」


「だから、やめておいた方が良いんじゃないかなと思いまして」


 オタク君の言い分が正しいのは、リコにも分かる。

 今回の件は、オタク君にも十分迷惑をかけた。

 だからここはオタク君の言う通りに、やめた方が無難である。


「アタシは……小田倉と一緒に行きたい」


 無難であるが、それでも行きたいと、リコはいう。

 段々小声になりながら、最期の方はボソボソとした喋り方だが、はっきりと行きたいといった。


「でも」


「……ダメか?」


 不安そうな顔をしながら、上目遣いでオタク君を見上げるリコ。

 そんな顔で「ダメ?」といわれて断れるほど、オタク君は男が廃ってはいない。


「分かりました」


 しばしの葛藤の後に、オタク君はそう返事をした。

 オタク君の返事に顔をほころばすリコ。


「それと……もう少しこのままでいても良いか?」


「はい、大丈夫ですよ」


 しばらくしてから退室の電話と共にカラオケを後にし、リコを家まで送ってから帰宅するオタク君。


(リコさん、コスプレ祭りがそんなに楽しみだったんだな)


 帰宅途中にそんな事を考えるオタク君。

 気遣いは出来るが鈍感な性格なので。

 だが、恋する乙女のワガママというのは、鈍感なオタク君にも十分効果があったようだ。


(そう、コスプレ祭りが楽しみなだけで、僕に気があるわけじゃない。きっとそうだ)


 リコの気持ちはオタク君の心に少しづつだが、伝わっていた。

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