第93話「今日はオタク君来ないって」

「相方、今日は沢山狩りっすね!」


「うん、普段は中々まとまった時間取れないからね」


 モニター越しに、女の子キャラクターへ話しかけるオタク君。

 話しかけると言ってもチャットである、決してモニターに話しかけてるわけではない。


「そういえばギルドマスターがまだログインしていないっすね」


「さっきSNS見たら『今日は平日、平日なのでお仕事』とか呟いてたよ」


 ゴールデンウィークだというのに悲しいつぶやきである。 


「可哀そうっすね。ギルドの皆で狩りしてる様子を貼っておくっす」


「わざわざ『今日は祝日っすよ?』のコメントまで付けて、お前は鬼か」


「心に安らぎを与える天使っすよ」


 SNSを見たギルドマスターの心はさぞざわついている事だろう。

 時刻は朝の八時を回ったところ。少しでも休日を楽しむために早起きをしてネトゲー、実に退廃的である。

 オタク君とその相方、それにギルドのメンバーも一緒になってモンスターを狩るゲームを始める。

 キャラの見た目は可愛い女の子だが、中身はどうせ全員男だろう。


 狩りが上手くいったのか、皆でぴょんぴょん跳ねたりしながら喜びを表している。

 そんな様子に、思わず笑みが零れるオタク君。


「相方、今日はいつもの友達と遊ぶ約束は大丈夫だったんすか?」


「あぁ、大丈夫だよ」


 本当は優愛たちに買い物に行かないか誘われていたオタク君。

 だがオタク君は優愛たちの買い物を断り、こうして部屋でネトゲーをしている。

 普段は誘われれば大抵ついて行くオタク君が何故断ったのか?


 買い物が水着だからである。

 ゴールデンウィークに去年みたいに温水プールに行こうとリコが提案し、オタク君と優愛、そして今年は委員長もその誘いに乗った。

 

『プールに行くなら水着を買いに行こうよ』


 優愛のこの一言により、本日は水着の買い物が予定に入った。

 リコと委員長は特に断る理由もなくOKを出したが、オタク君は用事があるといってやんわりと断った。


「多分、ついて行ったら優愛さんが大胆な水着を着てからかって来るだろうしな」


 オタク君の脳内の優愛が際どい水着を着て「オタク君、こんな水着どうかな?」といたずらっぽい笑みで問いかけてくる。

 脳内だからまだ苦笑で済むが、実際に目の前でやられたら目のやり場に困ってしまうのは分かりきっている。

 そしてそんな風に困れば困る程、優愛が面白がって引っ付いたりしてくることも。


 一方その頃。

 ショッピングモールを歩く優愛、リコ、そして委員長。

 

「今日はオタク君来ないって」


「まぁ仕方ないだろ。用事があるなら」


 ちぇーと声に出しながら、つまらなさそうな顔をする優愛。

 そんな優愛に仕方ないだろと言い聞かせながらも、どこか表情は晴れないリコ。


「水着売り場って、ここ?」


「そうそう、ここ、ここ」


 そんな曇った表情も、水着売り場に着くなりパッと笑顔に変わる優愛。

 オタク君がいないのは残念だが、なんだかんだで楽しい様子である。


「全く現金なやつだ」


 などといいながらも、リコもキョロキョロと自分に合う水着がないか早速物色し始めている。

 二人が色々と水着を漁る数歩後ろで、水着を見てはコテンと首を傾げる委員長。

 

 早速優愛が色々な水着を服の上から重ねて確かめる。

 あーでもないこーでもないといいながら、気にいるものがないか片っ端から確かめているようだ。


「あっ……」


「どうした、優愛はそれにすんのか?」


「ううん。何でもないよ」


 そっと手に持った水着を元の場所に戻す優愛。

 戻した水着はいわゆるハイレグである。少々、というかかなりきわどいタイプの。


(あーあ。オタク君がいたら、さっきの水着試着してどんな反応するか見れたのになぁ)


 オタク君、見事に予感が的中である。

 そんなオタク君はというと。


「出た出た出た! レアドロップしたよ!」


「おぉ! 相方おめっす!」


「いやぁ、やっと出たね」


「その間にこっちは三個出たっすけどね」


「僕の運取ってない?」


 オタク君の発言に、その場にいたメンバー全員が笑い顔のスタンプを連打する。

 笑い顔のスタンプだらけになったモニターを見て「全くこいつらは」などとニコニコしながら悪態をつくオタク君。


「それじゃあ一旦休憩にしましょうか」


 メンバーからそれぞれ「了解」と返事が届いたのを見て、ふぅと背もたれに深く腰掛けなおすオタク君。

 2時間以上狩りを続けていたので少し疲れたのだろう。


「優愛さん達まだ水着選びしてるのかな。優愛さんもだけど、こういう時はリコさんも一緒になってからかって来るからなぁ」


 全く困ったものだと言わんばかりの顔で、オタク君は深くため息を吐いた。


 一方その頃。

 優愛たちはまだ水着選びをしていた。


「あははは、ねぇねぇリコ、リコこれなんて似合うんじゃない?」


 ゲラゲラと笑いながら優愛が手に取ったのは、ビキニである。

 しかもただのビキニではない、布面積があまりに少ない、いわゆるマイクロビキニである。


「ほら、オタク君がこの前見てた漫画でも小さい女の子がこんなの着てたし、あははは」


「確かに、ロリキャラにはマイクロビキニを着せるのが流行ってる」


「お前らなぁ……ったく。着ねぇからさっさと返してこい」


 首をコテンと傾け「着ないの?」と言いたげな委員長に「着ないっつうの」と返すリコ。

 そんな二人の様子を見て更に笑いながら優愛がマイクロビキニを元の場所へ返しに行く。 


「あんな露出狂みたいな水着着るわけねぇだろ」


 そう言うと深く溜め息を吐く。

 返しに行く優愛の手にあるマイクロビキニ。それを見て、以前オタク君から借りた漫画のキャラが水着回で着ていた物になんとなく似てるなと思うリコ。


(……まぁ、小田倉がどうしてもっていうなら着てやっても良いけどさ)


 オタク君をからかうために買うのも有りかと思ったリコだが、すぐに頭を振ってその考えを振り払う。

 そもそも凹凸の少ない自分の身体でオタク君が喜ぶものかと、自嘲気味の笑みを浮かべる。

 優愛相手に張り合うのは無理なのは分かっているが、他の同年代相手にすら張り合えないのだから悲しくなるというものである。

 じっと隣に立つ委員長の姿を見る。


「どうしたの?」


「いや、なんでもない、です」


 思わず敬語になるリコ。

 どうやら委員長のある秘密に気付いたようだ。

 

(コイツ、胸でかくね?)

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