第92話「私、いっぺんこういうガッツリしたの食べてみたかったんだよね」
「よっしゃー、宿題終わり!」
イエーイと言いながらペンを机に放り投げ、伸びをする優愛。
時刻は午後七時を過ぎたあたり。
昼から時折オタク君にちょっかいをかけながらも真面目に宿題をしたかいがあり、全て終わったようだ。
「お疲れ様です」
そう言ってオタク君も肩を回し、優愛と同じように伸びをする。
優愛を手伝う形とはいえ、宿題を全て終わらせる事が出来たので、表情は晴れやかである。
宿題は半分くらい終われば十分だろうと思っていたオタク君だが、思いのほか優愛が真面目に宿題をしていたので、やめ時が分からず、気がつけば最後まで付き合っていた。
これで優愛の宿題の心配をせず、ゴールデンウィークを思う存分満喫できるだろう。
「さてと、それじゃあ僕は」
帰る準備をし始めるオタク君。
そんなオタク君を優愛が慌てて止める。
「ちょっとちょっと、オタク君も夜一緒に食べるでしょ?」
「えっ、でも……」
優愛が父からお金を貰っているとはいえ、やはりご馳走になるのは気が引けるオタク君。
そんなオタク君の腕に優愛が絡みつく。
「えー、良いじゃん。一緒に食べに行こうよ」
「ゆ、優愛さん!?」
腕に当たる二つの柔らかい感触に、思わず声が上ずるオタク君。
そんなオタク君の様子など気にも留めず、優愛は振り払われまいと更に力を加える。
「オタク君が良いって言うまで絶対離してやらなーい」
「分かりました、分かりましたから!」
振り払おうと腕を動かせば、柔らかい感触は更にオタク君の腕に主張をしてくる。
顔を真っ赤にして「ごはん一緒に行きましょう」と叫ぶようにいうオタク君。
オタク君の返事に満足した優愛。「にっひっひっひ」と笑いをしながら、腕をほどく。実に小悪魔的である。
「それじゃあ着替えるから、ちょっとだけ部屋から出てもらって良いかな?」
「分かりました。着替え終わったら教えてくださいね」
「勝手に帰ったりしたらダメだよ」
「そんな事しませんから、慌てないで良いですよ」
荷物をまとめ、部屋を出ていくオタク君。
ドアが閉まると同時に、優愛の顔が赤くなる。
この小悪魔、あれほど大胆な行動を取っておきながら恥ずかしがっているのである。
もしオタク君がこのまま帰っていたら、枕に顔をうずめ叫びながらベッドの上でゴロゴロと転げまわっていただろう。
両手を顔に当て、自分が今恥ずかしい顔をしていないか鏡と睨めっこを始めるのであった。
その頃オタク君は。
「全く、優愛さんは危なっかしいな」
これが自分以外の男子だったら、俺の事が好きなのではと勘違いするだろう。
もし勘違いしなかったとしても、優愛の事を邪な目で見るに違いない。
そんな心配をするオタク君。
前に文化祭準備期間の時に、自分以外の男子にベタベタしないように注意した事を思い出したオタク君。
注意して以降、優愛がオタク君は自分の目の前で他の男子にくっ付いたりするところは見ていない。
実際は注意される前から優愛はオタク君以外の男子にベタベタしていないし、注意された後もオタク君にしかベタベタしていないが。
なので、優愛が何故自分ばかりにベタベタしてくるかはオタク君も何度か考えた事はある。
もしかしたら、優愛さんは僕の事が好きなのでは?
そんな結論に達した事は何度もある。
だが、自分は仲の良い友達だから。リコや村田姉妹と同じポジションだ。自己評価が低いせいで最終的にはそう考えてしまうのである。
「優愛さんは大事な友達だから、そんな目で見ないようにしないとな」
自分に言い聞かせるように、小声で言う。
が、意識すればするほど余計に先ほどの感触を思い出してしまう。
顔を赤らめるオタク君が落ち着くまでは、もうしばらくの時間を要した。
「お待たせー」
着替えにしては少し時間のかかった優愛。
時間がかかったのは、着替えるからではなく落ち着くためである。
「着替え終わりました?」
優愛が時間をかけたおかげで、オタク君も冷静になれたようだ。
「うん。それじゃ行こっか」
「はい」
普段通りのやりとり。
いつもの二人に戻ったオタク君と優愛。
変に意識する事も無く、家を出た。
「ところで、どこに行くか予定はあります?」
「うん。決まってるよ」
「どこです?」
「オタク君が好きそうなところだよ」
ヘッヘッヘと笑みを浮かべる優愛。
不穏な笑みを浮かべる優愛に、オタク君が行き先を尋ねるが「着いてからのお楽しみ」とはぐらかされるばかりである。
夜の商店街。
若い男女が二人。
「もしかして、ここに入るんですか!?」
「もちろん!」
優愛が向かった先は、そう。ラーメン屋である!
店の外にいても漂う独特なにおいだけで、どんなラーメンか予想がつくほどである。
「えっ、本当にここで良いんですか?」
「うん。だって私一人じゃ入りにくいし」
確かに若い女性一人では入りにくそうな店ではある。
なんなら女性二人でも入りにくそうな店構えである。
優愛が前々から気にはなっていたが、入りづらかったお店である。
かつて優愛はリコや村田姉妹を誘って来た事はあるが、結局気後れし入る事はなかった。
なので今回はオタク君を連れて来たのだ。
「それじゃあ入りましょうか」
優愛が幾度も挑戦し、開ける事を出来なかった扉を、オタク君は難なく開けて店に入って行く。
そんなオタク君の後を、ワクワクした様子が隠せない優愛がついて行く。
「ヘイラッシャイ!!!! カウンター席が二つ空いてますよ!!!!」
言われるままにカウンター席に向かおうとする優愛を、オタク君が止める。
「優愛さん、食券買うの忘れてますよ」
「あっ、そっか」
食券のある店は別に珍しいわけではない。
だが、食券に気づかない程、優愛は浮かれていたのだ。
「オタク君、何食べる? ってかオススメどれ!?」
「いや、僕も初めてなので」
とりあえず、無難に安い物を選ぶオタク君。
「えっ、優愛さん?」
対して優愛は、トッピングマシマシである。
「私、いっぺんこういうガッツリしたの食べてみたかったんだよね」
「大丈夫ですか?」
「ヘーキヘーキ」
食券を店主に渡し、席で待つ事数分。
オタク君の前に来たのはスープが無く、油でギトギトに光る麺と具、そしてタレの入ったラーメン。
油そばである。
並盛だというのに、見た目の量に反し、凶悪さが出ている。
そして優愛の前に来たのは、オタク君と同じもの……に明太子とマヨネーズと半熟卵とチーズがぶっかけられた更に凶悪な物である。
凶悪さを一切隠す気のない、一種の清々しさまで感じられる。
「兄ちゃん達初めてだろ? 食い方はそこに書いてあるから参考にしな!」
気の良さそうな店主の優しいアドバイスである。
……そう、多分親切心なのだろう。
書かれているのはこうだ。
酢とラー油をぶち込んで、とにかく混ぜて食う。
狂気である。
だが、初めてのオタク君も優愛もそのヤバさに気づいていない。
「美味しそうですね」
「うん。すっごいねこれ!」
きちんと手を合わせ、頂きますをして食べ始めるオタク君と優愛。
初めは暴力的なまでのガッツリした味わいに驚き、感動をしていた。
だが、それは初めだけである。
食べてもなぜか量が減らないのだ。
スープで麺が伸びているわけではない。
というかそもそもスープは無い。
もちろん勝手に麺が増殖しているわけでもない。
だが減らないのだ。
何故か。
ガッツリし過ぎて麺一本ですら質量がおかしい事になっているからである。
それでもオタク君は余裕で食べきることが出来た。
対して優愛はというと。
「ヤバイ……」
まだ半分も食べていないのに顔を蒼くし眉が垂れ下がっている。
ヤバイ状態である。
あれほどトッピングしておいて、半分以上残すのは気が引ける。
だが、食そうとしても彼女の胃が拒むばかり。
口に含む事すら出来ない状態である。
「優愛さん、貸してください」
「えっ」
オタク君。優愛から丼を取るとまだ半分以上残る麺を消化していく。
ずるずると音を立て、見事に完食である。
「ふぅ、流石にこの量はちょっとキツイですね」
ここまでガッツリした物を、優愛の分まで食べてちょっとキツイで済ますオタク君。
男前である。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした……ごめんなさい」
申し訳なさに店主へ頭を下げる優愛。
「気にすんな嬢ちゃん。また彼氏と来な」
ガハハと豪快に笑ってオタク君たちを見送る店主。
恋人じゃないと突っ込む気力すらなく、なんなら少しでも声を張り上げればうら若き乙女として致命的な何かをしてしまいそうな優愛。
もちろんオタク君もである。
「帰りましょうか」
「うん」
いっぱいいっぱいなオタク君と優愛。
帰宅し、落ち着いてきてから「あれ? オタク君(優愛さん)恋人否定しなかったんだけど?」と思い悶々としたのは言うまでもない。
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