第91話「ちょっと、お母さん。ここにいたら宿題の邪魔なんだけど」

 そもそも、何故仕事に行っているはずの優愛の両親がまだ家にいるのか?

 話はオタク君が来る前日の夜に遡る。

 突然居間の掃除を始めた優愛。

 当然両親は不審に思う。

 そして、話を聞けばオタク君が明日家に来るというではないか。

 ならば両親の取る行動はただ一つ。仕事はお休みサボりである。 


「オタク君、嫌いな食べ物とかはある?」


「いえ、基本は何でも食べれます」


「オタク君はどこに住んでいるんだい?」


「えっと、家はここから二駅ほど離れた場所で……」


 居間でテーブルに座り、優愛の母が作ったアップルパイを食べるオタク君。

 そんなオタク君に、優愛の父と母がマシンガンのように質問攻めをしている。

 優愛のマシンガントークはきっと、両親譲りなのだろう。


 愛想笑いを浮かべながらも、一つ一つ答えていくオタク君。

 皿に乗ったアップルパイは減る様子が見えない。


 可愛い一人娘の男友達なのだ。

 親としてはどんな子なのか気になり質問攻めをしてしまうのは当然の事だろう。


 否。

 実際は違う。

 優愛からオタク君の話を聞くうちに、段々とオタク君への好感度が上がっていく両親。

 結果、優愛だけでなく、優愛の両親もオタク君が好きになったのだ。

 オタク君大好き一家である。


 オタク君の対面でアップルパイを食べている娘の事などそっちのけで、オタク君に構ってばかりの父と母。

 流石に親の前では下手にオタク君に甘えられないのか、声をかけづらそうにしている優愛。

 

「そういえば優愛さん、宿題はどこまで終わりました?」


 なので空気を読み、オタク君から優愛に声をかける。

 オタク君は気が利く性格なので。


「それが全然終わってなくてさ!」


 オタク君に声をかけられ、パァっと笑顔になる優愛。

 全く宿題が終わっていない顔と声色ではない。


「アップルパイは後でで良いから、宿題しよ」


 そう言って立ち上がり、オタク君の腕を引く優愛。


「えっ、あ、はい」


 抗えば優愛の胸が腕に当たる。

 優愛の両親の前でそんな事を続けるわけにもいかず、立ち上がり引きずられるように優愛の部屋へと連行されていくオタク君。 

 そんな二人を「あらあら」と微笑みながら見送る母、少し名残惜しそうな父。

 何はともあれ、優愛はオタク君を部屋に連れ込むことに成功したようだ。


 優愛の部屋で


「それで、何から始めます?」


「英語が苦手だから、英語からやろう!」


 英語のテキストを開く優愛。

 分からない所をオタク君に教えてもらいながら、宿題は進んでいく。

 ようやくオタク君を独り占めする事が出来たようだ。

 勉強とはいえ、オタク君と二人きりの状況に頬を緩ます優愛。

 優愛に勉強を教える事に夢中で、肩がくっつくほど近づいている事に気付かないオタク君。

 こっそりとオタク君の横顔を盗み見しながら、優愛は満足そうに微笑む。


 コンコンッ。


 だが、無情にもノックと共に開かれるドア。

 ケーキとジュースをお盆に乗せた優愛の母である。

 ノックの音に反応し、ビクッと跳ね上がるオタク君と優愛。


「もう、お母さんなに?」


「宿題は進んでるかなと思って」


 明らかに不機嫌そうなぶーたれた顔をする優愛に対し、ニコリと微笑み返す優愛の母。

 母は強しである。


「オタク君がいるんだからちゃんとやってるって」


「そうね。オタク君がいるから問題はなさそうね」


 オタク君に対する謎の信頼感である。

 カチャカチャと軽い音を立てながら、ケーキと飲み物を机に置いていく母。

 そんな母に、「もう」と牛のように言いながら、優愛がある事に気付く。

 ケーキの乗った皿が、三つある……。


 優愛の母、居座る気満々である。


「ちょっと、お母さん。ここにいたら宿題の邪魔なんだけど」


「大丈夫よ」


 優愛と優愛の母の視線が交差し、まるで電気が走ったかのようにバチバチとして見える。

 オタク君。何も言えずにただ愛想笑いを浮かべるだけである。

 だが、来るのは優愛の母だけではない。


「来ちゃった」


 そう言って、開け広げられたままのドアから入って来たのは優愛の父である。

 同じくケーキの乗った皿に飲み物。そして小脇には何やら一冊の本らしきものを挟んで。


 父親とは、年頃の娘に嫌われる悲しき生物である。

 たとえ嫌われなかったとしても、部屋に入り込もうものなら汚物のように罵詈雑言を投げかけられる。そんな悲しき生物である。

 なので、全国のお父さんは、出来るだけ娘の機嫌を損ねないように必死に距離を測るのだ。娘に嫌われず、近づける距離を。


 だが、それでも優愛の父は、優愛の部屋に入って行った。 

 大好きなオタク君とお話をするために!


「どっこらしょういち」


 あまりのおっさん臭い座り方に、「マジ勘弁してよ」と言いながら優愛は顔を赤らめ目を逸らす。

 優愛の父としては軽いジョークで場を和ませ、娘の好感度が下がるのを防いだつもりだが、実際はだだ下がりである。

 なんなら妻からの好感度も下がっている。


「オタク君。そう言えばこんなのがあるんだけど、良かったらいるかい?」


 優愛の父が取り出したのは、ゲーム版「魔法少女みらくる☆くるりん」の関係者専用の台本である。

 それを見て、アゴが外れるのではないかというくらいに口を大きく広げるオタク君。 

 しかも台本には声優のサインまで入っているのだ。


「こ、こんな大事な物を良いんですか!?」


「いやぁ、仕事柄色々貰うんだけど、溜まっていく一方でね」


 はいと言って、台本をオタク君に手渡す。

 手を震わせながら受け取り、何度もお礼を言うオタク君。

 その後、優愛の両親からゲームの開発の裏話などを聞かされ、オタク君は子供のように目を輝かせる。 

 気の利く性格のオタク君だが、優愛の両親の話に夢中になり過ぎて、優愛が「むぅ」と不機嫌そうにしている事に気が付かない。


 ここで優愛がオタク君に話しかければ、オタク君も気が付き宿題を再開しただろう。

 だが、優愛は水を差す事はしなかった。

 普段話をする時オタク君は良く笑う。困ったような愛想笑いの時もあるが、出会ったばかりの頃と違い何か遠慮をしたような笑い方はしなくなった。

 本当の笑顔である。


 しかし、やはりそれでもチョバムやエンジン達とオタク会話をする時の話とは違う笑顔である。

 そして、オタク君がチョバムやエンジンといる時は、優愛に遠慮しオタク会話が控えめになる。


 今隣にいるオタク君は、チョバムやエンジンといる時にオタクの話をする時のオタク君の顔をしている。

 普段は見れないオタク君の表情である。好きな人の中々見られない一面を見ていたいと思うのは当然の事だろう。

 とはいえ、両親にオタク君を取られっぱなしは癪なので、不機嫌そうに見つめるのだった。


「さてと、あなた、そろそろ出社の時間ね」


「えっ、今日は休みじゃなかったっけ?」


「昼からですよ」


 オタク君と一時間くらい話をしていた優愛の母が、突然そう言いだした。

 休みを取ったはずなのにと思う父だが、優愛の表情を見て気づく。やり過ぎたと。


「そうだな。それじゃあそろそろ準備をするか」


 ゆっくりと立ち上がる両親、やっとオタク君と二人きりになれるというのに優愛の表情は険しい。

 さっさと出ていけと言わんばかりの表情である。

 もしそんな事を言われれば、母はともかく父は大いに傷つくだろう。自業自得であるが。


 今は何も言わなくても、オタク君が返った後に何か言われるだろう。

 オタク君も好きだが、娘もちゃんと愛している優愛の父。

 なので、娘の機嫌を直す最善の方法に出る。  


「そうだ、お昼はオタク君と出前でも取りなさい」


 最善策はそう、金である。

 優愛の父は財布から一枚の札を取り出し優愛に手渡す。渡したのは五千円札である。

 少しだけ頬が緩む優愛。


「あなた、夜の分も渡しておかないと」


「そうだったな。オタク君、すまないが年頃の娘を一人でフラフラさせるわけにはいかないから、一緒に夕飯も食べてやってもらえないだろうか?」


「えっと、僕は構いませんが……」


 年頃の娘を年頃の男と夜を一緒にさせるのもどうかと思うが。


「ありがとう、助かるよ。優愛、これはオタク君の食事代の分もだからな」


 更に財布から一枚の札を取り出し優愛に手渡した。渡したのは一万円札である。

 優愛、完全に頬が緩む。

 バイトをしていない学生に取って、一万五千円は大きい。

 オタク君と二人で夕飯の許可まで出たのだ、十分な見返りだろう。


「うん。分かった。お仕事頑張ってね」


 現金である。

 出かける両親を玄関まで見送った後、オタク君と優愛は宿題を再開した。

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