第90話「宿題の話が全く出て来ない……もしかして」

 4月ももう終わりの時期。

 4月が終わるとどうなる?

 知らんのか。ゴールデンウィークが始まる。


 そう、ゴールデンウィークである。

 ゴールデンウィーク。

 それは日頃の疲れを癒すための長期休暇。

 

「明日はアニメ見て、漫画読んで、ゲームをやって、プラモを作って、ドールのお世話に衣装作成もして……」


 オタク君。去年と言っている事が全く一緒である。


「そうだ、優愛さんに新しいネイルもお願いされてたな。どうせ作るなら色々作りたいし、リコさんや雪光さんも何か欲しいのないか聞いてみようかな」


 いや、去年とは少しだけ変わっているようだ。

 ギャル達と仲良くなり、友達が増えた証拠だろう。

 明日からの楽しいゴールデンウィークをどう過ごすか、オタク君が考えている時だった。 


「あれ、メッセージが来てる」


『オタク君、明日から暇? 遊びに行かない?』


 優愛からのメッセージである。

 その後も行きたい場所やしたい事、今何してるのと言った雑談がマシンガンのようにオタク君の携帯に表示される。

 メッセージを読む間にも次から次へとメッセージが来るために、返事をする暇すらないオタク君。


「あっ、あっ、あっ」


 完全にフリーズ状態である。

 普段の優愛はそこまでメッセージを連投しないのだが、それだけ連休が楽しみなのだろう。

 滝のように流れるメッセージを読むオタク君だが、ある事に気付く。


「宿題の話が全く出て来ない……もしかして」


『優愛さん、宿題はどれだけ終わりましたか?』


 連休なので、休みの分だけ宿題が増えていくのは当然である。

 なのでどの教科が難しいとか、今どこまで進んだか話題に出てもおかしくないはず。

 なのに、優愛のメッセージには宿題の話題が一切ないのだ。


 オタク君のメッセージに既読が付くと、優愛からのメッセージがピタっと止まる。

 そして、何度もメッセージを書いては消してをいるのだろう。

 メッセージを書いている途中である「……」マークが表示されては消えてを繰り返している。

 しばらくたち、ようやく優愛から返事が返ってくる。


『そこそこ?』


『明日優愛さんの家に行くので、一緒に宿題をしましょうか』


『はい』


 軽くため息を吐きながら頭を抱えるオタク君。 

 まったく、困ったものだとぼやきながらも、そこが優愛らしいといえば優愛らしいなと思い少しだけ笑ってしまう。

 手のかかる子ほど可愛いというやつだろう。

 仕方がないなとブツブツ言いながら、明日の鳴海家へ行くための準備を始めるオタク君。  


 その頃。

 優愛はベッドに寝そべり、オタク君からのメッセージを見ていた。


『それじゃあ明日は朝九時からで、今日はもう眠いからおやすみ』


 そう送ると、スマホのメッセージアプリを落とす。

 スマホの通知画面にはオタク君からの返事で『はい。おやすみなさい』と表示されている。 

 オタク君の返事を見て、にやりと口角を上げる優愛。


「ふっふっふ。作戦通り」


 今までの一連の流れは、オタク君から見れば、いや他の人から見てもいつも通りの流れに見えただろう。

 だが、全ては優愛の手のひらの上である。


 二年になり、リコも同じクラスになったので、最近はオタク君と二人きりになる機会がめっきり減った優愛。

 決して他の人が邪魔というわけではないが、好きな人とは二人きりで話をしたいというのは、当たり前である。

 だが、変に誘えば怪しさが出てしまう。

 たとえオタク君が気付かないとしても、優愛自身が変に意識してしまうので、いつも誘えず仕舞いで終わっていた。


 なので、今回はあえて遊ぶ話を大量に送ったのだ。

 そうすればオタク君なら「あれ、コイツ宿題やってなくね?」と思うはずと予想して。

 実際にオタク君はそう思い、宿題の話を話題にした。

 そこで優愛はすかさず誤魔化そうとしている体を装う事により、心配したオタク君を誘い出す事に成功したのだ。

 そして、もう寝ると宣言する事により、リコ達を誘おうという話になる流れを見事に断ち切った優愛。

 友人とはいえ、家主の許可なしに勝手に他の人を誘うわけにはいかないので。

 策士である。


「明日はお父さんもお母さんも仕事で家にいないから、オタク君と二人きり」


 顔を赤らめ、デレーと笑う優愛。

 久しぶりにオタク君と二人きりになる事が楽しみで、ベッドでごろごろしていたと思えば、立ち上がり部屋をウロウロし始める。

 明日は何をしようかと考えると、文字通りいても立ってもいられないようだ。


「そうだ。明日オタク君が来るんだから掃除しないと」


 そう思い、部屋を出る優愛。

 夜だというのに構わず掃除機を持ち出しリビングの掃除をし始めるのだった。


 翌日。

 鳴海家の前についたオタク君がインターホンを鳴らす。

 ドタドタと大きな足音がオタク君のいるドアまで段々と近づいてくる。

 ガチャリとドアが開かれる。


「おはようございます」


「やぁ、おはようオタク君」


 開かれたドアの先にいたのは、優愛の父だった。

 まるでいつも会っている気の合う友人に接するような挨拶である。


「オタク君、久しぶりね」


 ついでに優愛の母もいた。

 片手を頬に当て、にこりと微笑みながら優愛の父と同じようにオタク君に挨拶をする。


 鳴海の家なのだから、優愛の父と母がいても何もおかしくはない。

 が、優愛の家で会うのは初めてなので、思わず反応に困るオタク君。


「えっと、ご無沙汰しております?」


 微妙に違う挨拶な上に疑問形である。

 オタク君は優愛と付き合っているわけではない。

 だが、それでも優愛の両親に対し畏怖を感じてしまう。特に父親に。

 優愛の家に行き慣れていたオタク君だが、改めて女の子の家に行くという事がどういう事か理解したようだ。

 

「ちょっと、お父さんお母さん。オタク君が困ってるじゃん!」


 少し遅れて優愛の登場である。

 両親の対応が恥ずかしいのか、顔を赤らめ声を張り上げる。

 そんな優愛の反応さえも可愛いと思っているのか、父も母もすまないと言いながら笑うばかりである。


「オタク君。こんなところではなんだから、ささっ、中へ入りなさい」


「アップルパイを焼いているから、良かったらオタク君も食べていってね」


「えっ、あっ、はい。それじゃあお邪魔します」


 完全に優愛の両親のペースである。

 靴を脱ぎ、リビングに向かうまでの間もずっと話しかけられ、「は、はぁ」と困ったような感じで返事をするオタク君。

 そんな様子を見て、恥ずかしそうに「もぉ!」と頬を膨らます優愛。

 どうやらオタク君と二人きりになる作戦は失敗に終わったようだ。

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