第94話「委員長はどんな水着が良いの?」

「そういえば委員長って水着持ってるのかな」


 ド派手なピンク頭に地雷系、となれば相当派手な水着を持ってる想像をするのが普通だろう。

 しかし、オタク君の中では委員長は見た目が変わっても委員長。

 清楚で大人しい少女、それが彼の中にある委員長のイメージである。


「友達と海やプールって話聞いた事ないし、もしかして学校指定のスクール水着しかないとか」


 いや、まさかと思いつつも、委員長が水着を着ている姿をイメージできないオタク君。


「もしそうだとしたら、女の子同士の方が選びやすいだろうし、行かなくて正解だったかも」


 独り言のようにぶつぶつと呟くオタク君。傍から見たらちょっとヤバイ奴である。

 オタク君は何かを考える時独り言をつぶやく癖があるが、こんなにも饒舌に呟く事はあまりない。

 嘘をついてまで断った事を後ろめたく思うあまり、言い訳のように呟いてしまうのだろう。


「さてと、お昼までまだ時間があるし、新作のVRゲームをやるかな」


 部屋のドアの鍵を閉め、「ヨシ!」と片足を上げながら鍵がかかった事を指さし確認。

 VRゴーグルを装着し、ゲームを起動する。

 

「おぉ、これは凄い」


 ゲームを始めると、オタク君は両手にそれぞれ剣を持ち、草原のような場所に立っていた。

 あちこちから鬼気迫った掛け声が聞こえる。どうやら合戦の最中のようだ。

 オタク君が親に頼みクレジットカードを借りてまで買った新作のゲーム。VR無双である。

 十字キーで移動しながらオタク君が腕を振ると、動きに合わせゲーム内で剣が振るわれる。

 

 モブのような兵士たちが、オタク君の剣に触れた瞬間にきりもみしながら吹き飛んでいく。

 360度の視界による無双の爽快感にオタク君はすぐさまのめり込み、独り言などする暇もないくらいに夢中になっていった。


 一方その頃。


「委員長はどんな水着が良いの?」


 一通り試着し、満足した優愛が委員長に声をかける。

 委員長も優愛やリコと同じように水着を手に取るが、まだ一着も試着はしていない。


「?」


 優愛の言葉に、委員長が首をコテンと傾ける。


「?」


 それに合わせて優愛も首をコテンと傾けた。


「……何やってんだお前ら」


 リコ、ちょっと引き気味のツッコミである。

 二人して首を傾げ合ってるのは流石に不気味だから仕方がない。


「水着、どんなの選べば良いか良く分からない」


「どんなのって、普段はどういうの着てるんだ?」


「……学校の水着?」


「「はっ?」」


 優愛とリコ、思わず声がハモる。

 学校の水着、つまりスクール水着しかないという事だ。

 もしかしたらこれは委員長の笑いを取るためのボケで、ツッコミ待ちかもしれない。

 そう思う優愛とリコだが、顎に手をやり思考を巡らせる。

 ボケで言ったとしても、試着までしないのは手が込み過ぎではないかと。

 そして水着をちょっとだけ手に取ってすぐに戻す、この行動を彼女たちは知っている。

 一年前に服を買いに行った際に、どんな服を選べば良いか分からなかったオタク君の行動と同じである。

 そこから導き出された結論は「ガチ」である。


「そっか、じゃあ水着選びは初めてなんだ」


「うん」

 

「誘ったのはアタシらなんだから、せっかくだし一緒に選んでやるよ」


「良いの?」


 もちろんと笑顔で答える優愛とリコ。

 女同士の友情である。

 実際はオタク君がいないので、代わりの着せ替え人形だが。


「とりあえずコイツ試着してみたらどうだ?」


 適当な水着を掴み、委員長を試着室に押し込むリコ。

 しばらくし、ガサゴソと衣類の擦れる音が聞こえ始める。


(おい、優愛)


 試着室で着替える委員長に気づかれぬよう、小声で優愛に話しかけるリコ。


(どした?)


(委員長の奴、けっこう胸でけぇぞ)


(マジで!?)

  

(マジ!)


 ニチャっとした笑みを浮かべる優愛とリコ。

 胸が大きい女の子が好きなのは、男だけではないようだ。

 優愛とリコにとって、今日のお買い物はとても楽しい物になった。

 オタク君も来れば良かったのにと思われているが、来ていたらさぞからかわれていただろう。

 とはいえ、来ていればラブコメ展開もあり得たというのに、フラグクラッシャーである。

 そんなフラグクラッシャーなオタク君は。


「よぉし、ステージクリアだ!」


 元気にVRの中を駆けまわっていた。

 満足気にVRゴーグルを外すオタク君。


「あっ、お兄さん次は私やってみても良いですか?」

 

「うぇ、うわあああああ!?」


 誰もいないはずの部屋で声をかけられ、素っ頓狂な声を上げるオタク君。

 声をかけてきたのは、オタク君の妹の友達の向井玲である。 

 ベッドに腰かけ、キラキラした目で見ている。


「今やってたの、剣でこうブシュブシュってやるやつですよね!」


「あっうん。じゃなくて何でここにいるの!?」


「外から面白そうにやってるのが見えたので、窓から入ってきました」


 泥棒の手口である。


「いや、ここ二階だし」


「はい、よじ登って来ました。こう見えても木登り得意なんですよ」


 笑顔でハキハキと答える玲。

 完璧に泥棒の手口である。


「よじ登って来たって……」


 玲の足を見るオタク君。

 玲の服装はシャツにジャケット、そしてデニムのパンツである。

 オタク君の視線の意図を理解し、あっはっはと笑う玲。


「流石にスカートだったらやりませんよ」


 スカートでなくても普通はダメである。

 

「それで、次私やっても良いですか?」


 不法侵入を咎められている事など気にも留めず、オタク君のやっていたVRに興味津々の玲。

 既にコントローラーを手に取り、あとはゴーグルをかければ準備万全である。

 

「ちょっとお兄ちゃん、うるさいんだけど。それと玲ちゃんの声も聞こえたけど、もしかしてそこにいるの?」


 オタク君の部屋をドアノブをガチャガチャとする希真理。だが鍵がかかっているので当然開けることが出来ない。

 ドンドンとドアを叩きながら何度も声をかける希真理に、オタク君は苦い顔をする。

 勝手に入ってきたとはいえ、妹の友達を部屋に連れ込み、しかも鍵までかけているのだ。何を言われるか分かった物ではない。

 しかしこのまま無視するわけにもいかず、四面楚歌の状況である。


「希真理おはー」


 そのまま鍵をあけ、何事も無いように対応する玲。

 本当に玲がオタク君の部屋から出て来て焦る希真理。

 その後ろで控えめに頭を下げてオタク君に挨拶をする池安の妹、薙。


「えっ、玄関に靴なかったけど、どうやってお兄ちゃんの部屋に入ったの?」


「窓から入った」


「いや、ここ二階だし」


 兄妹揃ってに同じ反応である。

 あたふたと焦るオタク君を見て、希真理が軽くため息を吐く。

 判決を待つ囚人のような気持ちで希真理の言葉を待つオタク君だが、特に希真理は言及する事はなかった。

 似たような事が今までにも何度かあったのだろう。


「玲ちゃんはVRやるまで動かなさそうだし、お兄ちゃんの部屋で勉強会させてもらうけど良い?」


「えっ」


 なんで僕の部屋でと言いたげなオタク君。


「なに、二人きりになってVRやってる玲ちゃんに変な事する気なの?」  


「お兄さん変な事するんですか?」


「しない、しないよ!」


「私と薙ちゃんがいた方が不都合っていうなら、自分の部屋で勉強するけど?」


「分かった分かった。ここで勉強会してくれ」


 項垂れながらため息を吐くオタク君。

 優愛たちとの約束を断り、見事にフラグを壊したというのに、代わりと言わんばかりに別のフラグが立ち始める。

 もしかしたら彼は、ラブコメの主人公なのかもしれない。

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