第127話「めちゃ美さんから、よく一緒に下着について話してるって聞いたよ?」

 女性用の下着売り場。ランジェーリーショップ。

 もし男性の「彼女と買い物に行く時に、連れてこられたら困る場所ランキング」があったら上位に入る場所だろう。

 モールの一角にあるその店は、人通りが激しいというのに店の前にも数々のマネキンが下着姿で飾られていた。

 その店の前を通る時、男性は心なしか早歩きになっていたり、出来る限り反対方向を向くようにしている。

 そんな店の前に、オタク君は委員長といた。

 

(適当に返事をしやがって、僕のバカ!!)


 オタク君は絶賛後悔中である。

 それもそのはず。彼女と行く事ですら躊躇われるランジェリーショップ。

 そんな場所に、彼女でもない、友達の委員長と来ているのだ。


 チラっと、一瞬だけ店の中の様子を見るオタク君。

 女性客が数人、友達同士で来たのかブラジャーを取り何やら仲良く談笑をしている。

 もしここに自分が入って行けば、親の仇のような目で見られ、ゴミのような嫌悪感を与えてしまうだろう。

 下手をすれば警察を呼ばれるかもしれない。

 嫌な想像ばかり頭に浮かび、不安でいっぱいである。


 なら、ここで委員長を置いて自分は近くで待てば良いのでは?

 いや、YESと返事をしておきながら、ここで怖気づいて「入るのはやっぱり無理」というのは委員長に失礼だろう。

 

(そうだ、もしかしたら委員長は店の前まで一緒に来てって意味だったのかもしれない!)


 そうだ、きっとそうだと頷くオタク君。

 自分の背中にピッタリと寄り添っている委員長に振り返る。


「どうしたの?」


 首を傾げる委員長。


「あ、いえ……僕も一緒ですか?」


「うん」


 委員長、即答である。

 確認をした事により、オタク君はランジェリーショップに委員長と入ることが確定してしまった。

  

「その、お店の中に女性もいますし、男の僕が入るのは嫌がられないかなと思いまして」


 往生際の悪いオタク君。

 はははと笑いながら「僕はここで待ってた方が良いと思います」と言おうとした時であった。


「大丈夫ですよ」


 にこやかに出てきたのは、オタク君や委員長より一回り年上の、温和な笑みを浮かべたお姉さん。

 ランジェリーショップの店員である。


「でも、他のお客さんをジロジロ見たりしてはダメですよ」


 人差し指を立て、軽くウインク。

 男連れの客の対応には慣れているのだろう。

 どうぞと促すように店の横に立たれ、オタク君の逃げ場が完全になくなった。


 軽く頭を下げ、ついでに視線も下げながら意を決し店の入って行くオタク君。

 オタク君にぴったりくっつくように、委員長がついて行く。


「あらっ?」


 そんな委員長の様子に、店員さんは何か気づいたようだ。


「もしかして、つけてないのですか?」


「ホックが壊れちゃって……」


「そうでしたか。それでしたら、本日は付けて帰られますか?」


「はい」


「では、先にサイズをお測り致しましょうか?」


 そう言って、オタク君をチラリと見る店員。


「その、サイズが大きいようなので」


 サイズが大きくなると、着用できる種類が減ってしまう。

 なので、あらかじめサイズが分かっていれば、サイズに合う物があるかどうか答えることが出来る。

 しかし、男性の前で「サイズが大きい」というのは、やはり言いづらいのだろう。

 悩んだ末に、彼氏の前なら言っても問題ないだろうと判断したようだ。

 実際は彼氏ではないのだが。 


「……お願いします」


 頬を赤らめ、俯きながら店員に返事をする委員長。

 店員に案内されるままに試着室へ入って行く。

 店員は委員長が試着室に入ったのを確認し、小走りでカウンターへ。

 そしてメジャーを取り出すと、委員長のいる試着室へ入って行く。


 委員長と店員がいなくなり、一気に不安になるオタク君。

 とりあえず試着室の前で直立不動の体制を取る。

 自分は付き添いで来ている者です。相手は今試着室にいますアピールである。

 確かに下着の並ぶ棚の前や、下着姿のマネキンの前で一人で立っているのは辛いだろう。

 だが、試着室の前にいても地雷は存在するのだ。


「サイ――で――カップで――」


 店員は、外で待っているオタク君に極力聞こえないように小声で言ってくれているのだろう。 

 それでも聞こえてしまうのだ。オタク君と委員長は今、薄い布一枚でしか隔てていないのだから。

 驚き、思わず片手でアルファベットを指折り数えようとしてしまうオタク君。

 

「待った?」


 シャーっと試着室のカーテンが開けられる。

 一瞬ビクッと反応し、ピンと背筋を伸ばし気を付けの姿勢になるオタク君。


「いえ、大丈夫ですよ」


 委員長はそんなオタク君の反応に「?」を頭に浮かべる。

 だが、店員は気づいていたのだろう。

 クスっと笑うと「ごゆっくりどうぞ」と言ってカウンターへ戻っていく。

 

「小田倉君は、どういうのが良いと思う?」


「えっと、男の僕に聞いても参考にならないんじゃないかな?」


「めちゃ美さんから、よく一緒に下着について話してるって聞いたよ?」


 オタク君、思わず真顔である。

 確かにめちゃ美とは、下着について話す事もある。

 だが、それはネトゲーのアバターの話である。決してリアルではない。


 もうちょっとリアルとゲームの区別をつけて欲しいと思うオタク君。

 とはいえ、ゲームの中とはいえ、年頃の女の子相手に下着の話をするオタク君もオタク君である。 


「ダメ?」


 見つめる委員長に対し、もはや断れない空気になっていた。


「本当に参考にならないと思いますが、僕で良ければ」


 というか、断れば次は何を言われるか分からないので、傷が浅いうちに諦めることにしたようだ。

 それだけめちゃ美との会話は、冷静に考えるとアウトだからである。


(やった、小田倉君に選んで貰える!)


 そんなオタク君とは裏腹に、委員長はテンションが上がっていた。

 テンションが上がっているが、下着をいざ目の前にすると顔を赤らめて言葉少なになってしまう。

 やはり男の子と一緒に下着を見るのは、恥ずかしいからである。


 それほど恥ずかしいというのに、何故オタク君と選びたがるのか?

 好きな人の色に染まりたい、恋する乙女心である。 


 元はオタク君と仲良くお喋りするための変身だった。

 だが、今はオタク君の好きに染まりたいのだ。

 髪の毛一本からつま先までの全てを、オタク君の好きな物に。


 髪型、メイク、服装。

 どれもオタク君の趣味に合わせたものだ。

 しかし、オタク君が選んだものは何もない。

 あの時くれた付け爪もリンボンも、たまたまオタク君がその時に持っていた物で、彼女の為に選んだわけではない。

 どうしても欲しかった。オタク君が自分のために選んだ何かを。

 だから、ホックが壊れたことをこれ幸いにと、恥ずかしい気持ちと葛藤しながらも、勇気を出してオタク君をランジェリーショップに連れて来たのだ。


「そうですね」


 隣で少しだけ嬉しそうにする委員長を見て、迷いながらも一緒にあれこれと考えるオタク君。

 オタク君の思う、委員長が好きそうな下着はいくらでもあった。

 ならば適当にその中から選べば良いのだが、オタク君はそうはしない。

 それらの下着を見て、一考する。


 確かに一見すると、黒地の上からピンクが重なり、レースやリボンといった物が付いている下着は地雷系の委員長が着用すれば似合うだろう。

 似合いはするが、それは学校に着ていくのに適しているのか?

 体育の授業などで着替える際に、他の女子が見たらどう思うか?

 きっと、可愛いでなくイタイと思われるだろうとオタク君は予想した。


 かつてイタイオタクファッションでバカにされ、中学時代はそれで苦い思いをしたオタク君。

 その時のことを思い出すと、この手の下着をお勧めする事は出来なかった。

 

「こっちの、ちょっと大人向けの物とかどうでしょうか?」


 そんなオタク君が選んだのは、レースをあしらった、落ち着いた花柄デザインのものである。

 流石に手に取る勇気はないので、指さしをしている。

 

「じゃあ、これで」


 委員長、即決である。

 店員の勧めにより、一応サイズを確かめるために試着室に入り着用する委員長。

 試着室にある大きな鏡で、自分の下着姿を見る委員長。


(下着姿で「どうかな?」ってオタク君の前に出たら、どんな反応するかな?)


 オタク君が選んだ下着を着た自分を見て欲しい。

 でも、そんな事をすればオタク君は大いに困るだろう。


(せっかく付き合ってくれたのに、困らせたらダメだよね)


 委員長はそう自分に言い聞かせ服を着る。

 帰り道、オタク君と別れた後に、ちょっとだけ自分の胸を見る。

 先ほど買ったばかりの新しい下着は、新品特有の違和感がある。 

 そんな違和感が、なんだかオタク君に包まれているようでくすぐったい気持ちになる。

 だからだろうか。頭の両サイドについたドリルのようなツインテールも、いつもより喜んでいるように動き回る。


「あっ……」


 それは、自分が気づけばスキップしていたからだと気づく。

 委員長は一度立ち止まると、浮かれていた自分に顔を赤らめる。

 そして、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。ちょっとご機嫌で外れた鼻歌を歌いながら。

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