第128話「小田倉君、私達って友達だよね?」
「おはよー」
朝の教室。
七時半を超えた辺りから、生徒たちが次々と登校をしてくる。
仲の良い者同士でグループを作り「宿題はやった?」「昨日のドラマ見た?」等、話題はグループによって様々だ。
そんな当たり前の日常ではあるが、この日はいつもと違っていた。
「委員長とオタク君、今日も実行委員会?」
「はい。なんとか今日で一区切りつきそうです」
こちらはいつも通りのオタク君と優愛の会話である。
オタク君の近くの席のイスを勝手に借りて談話する優愛。
委員長とリコもいるが、彼女たちは優愛のように勝手にイスを借りる事なく、立ったままだ。
「ごめんね。クラスや第2文芸部の手伝い出来なくて」
「気にするなって。クラスは何やるかまとまってないし、第2文芸部はやる事ほとんどないから」
申し訳なさそうにする委員長に、リコがフォローをかける。
実際にリコがいう通りクラスの出し物はいまだに何をやるかまとまっていない。
第2文芸部ではゲームバーならぬ、ゲームカフェをやる予定だが、それぞれゲームやボードゲームを持ち寄り、机やイスの配置を変えるくらいである。
ゲームをするためのモニターの準備なども、チョバムとエンジンがパソコン部より二台調達していた。R18と書かれたゲームソフトを賄賂に。
なので、オタク君や委員長がいようがいまいが、変わりはない。
ただ単に、ここ最近放課後はオタク君が実行委員の関係で委員長にべったりなので、オタク君しゅきしゅきな優愛がジェラシーを感じているだけである。
気にするなと言っているリコも、オタク君しゅきしゅきなので、内心では優愛と同じ気持ちであるが。
ちぇーと声に出す優愛が口をとがらせる。
拗ねてオタク君の気を引こうとしているが、拗ね方にキレがない。
なぜならオタク君よりも気になる事があるからだ。
そして、リコも優愛と同じようで、会話に対し今一つ気がない返事になってしまっている。
目線の先は、隣に立つ委員長。の胸!
オタク君に選んで貰ったブラジャーにより、委員長は本来の胸の姿になっている。
これが冬服だったなら、少し気になる程度だっただろう。
だが夏服である。薄い生地である。目立つのである!
優愛もリコも委員長の胸が大きい事は、以前の水着選びで十分に知っている。
だが、こうして制服でそのデカさを見せつけられると、やはり目がいってしまうのだ。
事前に知っていた優愛とリコがこれなのだから、他のクラスメイトはもっと反応してしまうのは必然だろう。
以前は無理やり胸を抑えるために小さめのブラジャーを付けていたせいで、少々不自然な形になっていた委員長。
男子はともかく、女子はそれに気づいていた。気づいていたが「そうだよね。委員長も女の子なんだから大きく見せたいよね」という勘違いをしていたのだ。
本来の姿を見て、気にならないわけがない。
教室の至る所から、少しだけぎこちない会話が聞こえる。
仲の良い友達と話しているようで、誰もが目線は委員長の胸に行ってしまう。
諸葛孔明の罠「
現代の諸葛孔明となったオタク君。彼もまた、石兵八陣の術中に陥ったのは言うまでもない。
策士策に溺れるとは、まさにこの事なのだろう。
そして、迎えた放課後。
被服部の部室である被服室に入るオタク君と委員長。
そんな二人の姿を見て、調理部、女子水泳部、被服部の女子達がギョッとする。
「お、おっす」
が、彼女たちはギョっとした表情を一瞬で戻し、まるで何事も無かったかのようにしている。
オタク君の影に隠れるように、少し恥ずかしそうに俯いている委員長を見て察したのだ。その話題は振れない方が良いと。
多分、クラスでは男子がいない隙を狙って、委員長が女子たちから質問攻めをされたのだろう。
「それで、各自希望のデザインは決まりましたか?」
「あぁ、こんな感じだ」
水泳部部長の犬山が、それぞれがどのメイド服を作りたいかの希望を書いた用紙をオタク君に渡す。
それを見て、オタク君は手に顎をやりながら、ふむふむと考え込む。
「これなら生地は……この人数だと……」
ブツブツと独り言をつぶやきながら、どの生地がどれくらい必要か計算をし始める。
「小田倉君、小物とかはどうする?」
「そうですね。委員長ってブローチとか日によって変えてたりしてますよね。どこか良い店あったりします?」
「えっ……」
「あれ、違いました?」
「ううん。あってるよ」
オタク君に見てもらうために、日によってちょっとだけコーデを変えていた委員長。
メイクや髪型だけでなく、ブローチや髪のリボンといった細かいところまで。
全てはオタク君に見てもらいたい一心である。
しかし、オタク君はあまり「〇〇変えました?」とは言わない。
もしかしたら何か理由があるかもしれないから……というのは建前で、ただ単に言うのが恥ずかしいからである。
普段からジロジロと見てると思われかねないので。
「えっと、買ってきたのもあるけど、手作りが多いかな。沢山作るなら材料を買って作った方が安くすむから」
「そうなんですか。それって難しい感じです?」
「ううん。簡単だよ」
「それなら、余裕があるなら手作りにしましょうか」
「うん!」
委員長、まさかのオタク君が気付いてくれていた事を知りテンション爆上がりである。
オタク君と委員長の会話に、他の女子達も加わり調理部、女子水泳部、被服部の合同出し物「メイドカフェ」の衣装とメニューをどうするか次々と決まっていく。
作業が終わるのと同時に、下校を告げるチャイムが鳴り響く。
「そういや、さっき一年に買いに行かせた衣装に使うための生地、どうしようか?」
その場にいた全員が、生地の入ったダンボール箱を見る。
被服室にそのまま置いておくと、他の授業で間違って使われたり、イタズラされる可能性がある。
かといって、他に置ける場所はない。調理部と被服部は他の生徒も授業で使う場所で、女子水泳部の部室はプールの近くにある小屋なので生地の保存に適していない。
「それでは、しばらくの第2文芸部で預かりましょうか? 部室が近くなので、必要な時にすぐ取りに来れますし」
「良いのか? それじゃあ頼む」
そう言ってダンボールを持ち上げようとする犬山。
「ついでに部室を見に行きたいので、僕が持って行きますよ」
「でも、もう一箱あるし」
「それなら、私が手伝うから大丈夫ですよ」
よいしょと声をあげ、委員長がもう一つのダンボールを持ち上げる。
ダンボールを持ち上げ、歩き始めた委員長を、オタク君が後を追う。
「分かった、じゃあ頼む」
被服部を出ていく二人の背に、犬山がサンキューとお礼を言う。
第2文芸部の前についたオタク君と委員長。
「あれ、鍵が締まってる」
既に部室には誰もいないため、当然施錠されていた。
「鍵取りに行きましょうか」
「うん」
一旦荷物をその場に置き、職員室へ向かう。
理由を説明し、鍵を受け取りまた部室へ戻ってきたオタク君と委員長。
鍵を開け、部室のドアを開ける。
出し物の準備のために、レイアウトが少々変わっている部室。
他の物と混じらないように、オタク君は部室の隅の空いてる場所にそっとダンボールを置いた。
委員長も同じ場所に置こうと、ゆっくりと歩いていく。
「あっ……」
ダンボールで地面が良く見えなかったのだろう。
何かに足を取られ、前のめりに滑る委員長。
咄嗟に反応し、委員長を支えようとするオタク君。
いくら鍛えているとはいえ、踏ん張りの利かない状況では厳しかったようだ。
オタク君を巻き込み、委員長が勢いのままに倒れ込む。
「いてて。雪光さん、大丈夫?」
「あっ、うん。小田倉君こそ大丈夫?」
「鍛えてるんで平気ですよ」
普段から鍛えているオタク君。強がりではなく本当に大丈夫なようだ。
委員長も、オタク君がクッションになる形で倒れ込んだために、ケガはなかったようだ。
お互いケガがなくて良かった、ホッとしたのか思わず笑ってしまうオタク君と委員長。
笑みを浮かべながら見つめ合い、今の状況に気づく。
床ドン状態である。
委員長が軽く身を起こす。
が、オタク君の上から退こうとはしない。
ただただ恍惚な表情でオタク君を見つめるだけである。
委員長の頭に浮かんだのは、かつてのリコの言葉である。
『ほら、友達同士でキスするとかあるしさ』
委員長がロッカーに隠れていた際に、オタク君がリコとキスをした話の事である。
「小田倉君、私達って友達だよね?」
「も、もちろんですよ!」
もしかして告白されるのでは?
この場面でオタク君がそんな期待をしてしまうのは、仕方がない事である。
顔を赤らめ、ごくりと生唾を飲む。
下校時間は既に過ぎているため、廊下からも生徒の気配は感じられない。
部室には鍵がかかっていたので、誰かが隠れている事もない。
確実に誰かが来る事はない。そんな要素も後押ししたのだろう。
委員長がゆっくりとオタク君に近づくと、キスをした。
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