第97話「もしかしてキミは……」

「明日から学校か」


 連休の最終日の夜というものは、何故か物悲しくなるものである。

 それは学生も社会人も変わらない。

 椅子にもたれ掛かりながら、机を見るオタク君。

 連休中に完成させようと思っていたプラモデルは製作途中。

 見ようとしていたアニメは未消化で、それ以外の事も中途半端なままである。

 

「う~ん、連休でどこか一日使えば終わる量だったはずなのにな」


 事実、オタク君が本気を出せば一日で全部を終わらせることは可能だった。

 だが最近は、いや、割と前々からオタク君は予定通りに物事を終わらせることが出来なくなっていた。

 理由は休日になると優愛達と遊ぶようになったからである。


 遊ばない日でも、メッセージアプリなどで頻繁に連絡を取るために、長時間集中する事がめっきり減ったのだ。

 本人にも、その自覚はある。


「仕方ない、また今度やるか」


 そう言ってため息を吐くオタク君の顔は、満足そうであった。

 確かにオタク君のオタク趣味に避ける時間は減りはしたが、代わりに友達と遊ぶ時間が増えたからである。

 決してどっちが良いというわけではない。オタク君にとってはどっちも大事なのだ。


「軽くネトゲーやって寝るかな」


 机の上を片付け、パソコンを起動しいつものようにネトゲーにログインするオタク君。

 ログインをするとファンタジーな格好のキャラたちが「明日から仕事だ」「明日から学校だ」とリアルな話をしていた。

 皆口にする内容は一緒である。苦笑いをしつつも、その会話にオタク君も飛び込んでいった。


 翌日。

 連休明けの学校というのは、全体的に気怠い雰囲気である。

 誰もが教室へ向かう足取りが自然と重くなる。

 だが、教室に入り仲の良い人間を見つけると、ワイワイと休日何をやっていたのかと話を始め、気が付けば連休前の日常に戻っていた。


「オタク君おはー」


「あっ、おはようございます」


 そんな教室に、とびぬけて明るい声が響く。

 鳴海優愛である。

 毎日会うかメッセージアプリで連絡していたというのに、オタク君の席まで来て、休日何をしていたか話し始めた。


「っつかゴールデンウィークもほぼ会ってたろ」 


 既に教室に来ていて、オタク君と話していたリコが当然のツッコミを入れる。

 そんなリコのツッコミに委員長がクスリと笑う。


「なになに? 優愛達ゴールデンウィーク一緒に遊んでたの?」


 優愛の声に反応したかのように、村田姉妹が会話に割り込んでくる。


「うん。委員長とリコも一緒にプール行ったりしたよ。ほら、あのでっかい温水プール」


「ちょー、それ私達も誘ってよ。小田倉君、今度行く時は私達も誘ってね」


「良いですけど、僕がですか?」


「だって優愛の場合、私達忘れるかもしれないしぃ?」


 ニヤニヤと含み笑いをする村田姉。


「あー、確かに」


 姉の言葉の意味を理解し、同じようにニヤニヤと含み笑いで優愛を見る村田妹。


「はー、意味わかんないですけど?」


 顔を赤らめ抗議する優愛。

 何故優愛が顔を赤らめているのか分からず、まぁまぁと言いながら困り顔で宥めるオタク君。

 いつもの光景である。


「そういえば優愛は、宿題終わったのか?」


「勿論。初日にオタク君と一緒に終わらせたからね!」


 胸を張り、ドヤ顔で宿題を見せびらかす優愛。

 後顧の憂いなしである。

 そして、放課後。


「宿題をやっていない者と、間違えが多い者はこのまま教室で居残りだ。以上」


 号令の後に教師がそう言うと教室を出ていく。

 帰宅や部活の準備を終えた生徒たちが次々と出ていく中、教室に残るのはほとんどが居残り組である。

 その居残り組の中に、優愛はいた。


「早く終わらせようとして適当に書いたのがバレて居残りって……」


「とりあえずやっておけば良いかなと思ってさ……」


 優愛は宿題は確かにやっていた。

 だが、その殆どが間違っていたのだ。

 オタク君と一緒にやった英語以外はボロボロである。

 机の上に置かれた宿題の山を見て、オタク君とリコも苦笑いである。


「小田倉、優愛の宿題はアタシが見とくから、お前は部室行っとけ」


「いえ、僕も手伝いますよ」 


「お前がいたら優愛がくっちゃべって進まねぇから部室行っとけ、宿題を適当にやった罰にもなるしな」


「えーっ、リコ横暴すぎ、オタク君、一緒に自由と平和の為にリコを殴ろう!」


「平和の為に殴るってのはどうなんですか」


 見事なダブルスタンダード発言に、思わずツッコミを入れるオタク君。

 リコに「そういうとこだぞ」と軽く睨まれると何も言い返すことが出来ない。


「そうですね。それでは先に部室に行っておきます」


 このまま残っていても優愛が構ってくるだろうと判断し、逃げるようにそそくさと教室を出ていくオタク君。

 教室から聞こえる優愛の不満そうな声に後ろ髪を引かれながら、廊下を歩く。

 部室練を通り、ほどなくして第2文芸部の部室へたどり着いたオタク君。


「チョバム達はまだ来ていないか」


 誰もいない部室に入って行くオタク君。


(委員長は各クラスの委員長会議があるから、まだ来ないな)


 荷物を机に置き、さてどうしようかと考えていると、部室の戸が開かれた。

 

「えっと……」  


 開かれたドアを見て、オタク君が言葉を詰まらせる。

 そこにいたのは、褐色の肌に金髪のギャルだった。

 ブレザーを腰に巻き、いかにもギャルですと言わんばかりの格好である。


「すみません。部活見学、いい、ですか?」


「あぁ、はい。ここ第2文芸部ですけど良いですか?」


「はい。あってるので大丈夫、です」


「あっ、僕は第二文芸部の部長をやってる小田倉浩一です。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくです」


 何を話せば良いか分からず、とりあえず自己紹介をしてみたオタク君だが、会話が続かない。

 見た目こそ派手なギャルではあるが、喋る言葉は少したどたどしい。

 オタク君としては、逆に陽キャのノリで話しかけられた方が対応しづらいので、こちらの方がありがたくはあるのだが。

 挨拶が済むとギャルはおずおずと部室に入り、物色するかのようにキョロキョロし始める。


(校章見る限り、一年生か。いや、それより……) 


 派手な見た目とは裏腹に、何となくだが昔の自分のような雰囲気を感じ取ったオタク君。

 もしかしたら視線に敏感かもしれないのであまり見ないようにしようと思いつつも、何か引っかかりを覚えついギャルを見てしまう。

 すると不意に目が合い、お互いに「あっ」と小さい声を上げてしまう。


「あの……どうかした、しましたか?」


「いえ、すみません。ちょっとゲームに似たキャラがいたなと思って」


 そう口にして、やらかした事に気付くオタク君。

 初対面のギャルに対し「ゲームのキャラに似てる」は流石にオタク発言が過ぎるというものである。

 優愛達と仲良くなり、オタクな事を段々とオープンにしてきたからだろう。

 オタク君、自分の失言に、今すぐにでも逃げだした気持ちでいっぱいである。


「その、すみません。変な事言いました」


 すぐさま発言を撤回するように、オタク君は頭を下げた。

 あぁ、ここで頭を上げたら、ギャルはドン引きしているのだろう。

 なんなら気持ち悪いと言って帰ってしまうかもしれない。

 他のギャル仲間に言いふらされて、噂になったらどうしよう。

 不安になればなるほど悪い方向に考えを巡らせてしまうオタク君。

 だが、ギャルの口からは予想外の返事が返って来た。


「もしかして、似てるキャラって、ぷそ2ってネトゲーですか?」


「えっ、あっ、はい。そうです」


 思わず気の抜けた返事をするオタク君。

 そう、彼が似ていると思ったキャラはぷそ2のキャラである。


「となると……もしかして、クラッチさんっすか!」


「えっ、なんでその名前を?」


 オタク君の反応に、「うわっ、マジっすか」と言いながらギャルが笑顔を輝かせる。

 戸惑うオタク君だが、金髪褐色のギャルはオタク君の反応を気にも留めず、ぴょんぴょん跳ねながら「本当にクラッチっすよね?」と何度も確認をする。

 段々と冷静になって来たオタク君。

 彼女が似ているキャラはゲームに登場するNPCではなく、プレイヤーが自分でクリエイトし、操作するキャラである。

 更に語尾に「っす」が付いているとなると、目の前のギャルが誰なのか何となく想像がついたようだ。


「もしかしてキミは……」


「相方、会いたかったっす!」


 オタク君が確認をする前に、金髪褐色のギャルがオタク君に抱き着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る