閑話「甘え上手の鳴海さん」

 四時限目の授業が終わった昼休み。


「うわーん。オタクくーん!!」


「どうしたんですか!?」


 まるで国民的アニメに出てくる少年のような泣きつき方をする優愛。

 唐突な行動が多いのはいつもの事だが、今回はいつもよりも唐突である。

 

「見てよこれ、ヤバくない?」


 優愛はオタク君の前でくるりと半回転をすると、後ろ髪を見せる。

 いつもはサラサラとした綺麗な髪が、少しだけしっとりと湿った感じがするのは、四時限目が水泳の授業だったからだろう。

 その後ろ髪を見て、ヤバイと感じるオタク君。


(なるほど、分からん)


 ヤバイくらいに、なにがヤバいのか分からないのだ。

 優愛が「ほらここ見てよ」と指さすが、オタク君にはやはり分からない。 

 分からないが、優愛のファッション的には「ない」と感じるくらい大変な事になっているのは分かる。

 優愛はあまり器用な方ではない、どちらかといえば不器用に近い。


 それでも毎朝時間をかけ、髪をセットし化粧をキッチリこなしてから学校に来るほど、オシャレには気をつかっている。

 そこまでこだわるのだから、今の状態は優愛としては見過ごせないのだろう。


「丁度昼休みですし、良ければセットしましょうか?」


「えっ、マジで!?」


 オタク君の言葉に、優愛がパッと笑顔になる。

 早速カバンから道具を取り出し、オタク君の机の上に並べていく。


「それじゃあ座ってください」 


「はーい」


 オタク君の席に座る優愛。

 オタク君はブラシを手に取ると、優愛の髪をいていく。


「希望の髪型とかありますか?」


 オタク君の質問に、腕を組み悩む優愛。

 試してみたい髪型が多すぎて、どれにするか決まらないようだ。


「じゃあ、今日は暑いから涼しそうな髪型で」


「そうですね。分かりました」


 そんな二人を生暖かく見守るのは、去年同じクラスだったクラスメイトである。

 相変わらずこの二人はイチャイチャしてるなと思い、バレない程度にその様子を見ている。

 良い雰囲気のオタク君と優愛だが、それを良しとしない者もいる。


「鳴海さん、俺器用だからやってあげようか?」


 優愛の事を狙っている男子である。

 去年のオタク君と優愛を見ていれば、二人の間に入れるなんて思う者はそういない。

 だが、今年同じクラスになった者からすれば、オタク君は優愛にいいように使われてるだけの存在にしか見えない。

 優愛に声をかけた男子生徒はここで良いところを見せ、自分のがオタク君よりも役立つと、少しでも気を引きたいようだ。


「ううん。オタク君にやってもらうからいいよ」


 当然撃沈である。

 とはいえ、男子生徒は勇気を出してまで声をかけたのだ。

 はいそうですかと引き下がれない。


「そう言わずさ、こう見えて俺結構得意なんだよね。将来美容師目指しててさ……」


「いや、マジで良いから」


 優愛、真顔のマジトーンである。

 男子生徒は喋っているのを無理やり中断させられ、苦虫を潰したような顔になる。

 ここまで分かりやすい拒絶をされれば、もう何も言えない。


「あっ、そうだ。ダチと約束があったんだ」


 男子生徒はわざとらしくそう言うと、教室から出ていった。

 流石にこの状況で教室には残れないだろう。


「ほらほらオタク君。構わず続けて」 


 先ほどのマジトーンとは打って変わり、明るい声で催促する優愛。

 はははと軽く苦笑いを浮かべながら、オタク君は優愛のヘアセットを再開するのだった。


「おぉ、サイドテールじゃん。確かにこれだと首元スッキリするからめっちゃ涼しい!」


「優愛さんの髪は綺麗なストレートなので、似合うかなと思って。これなら涼しいですし」


「うんうん。オタク君マジ感謝なんだけど!」


 新しい髪型に挑戦したのが楽しいのか、優愛はその場でくるくる回ったりスマホで写真を撮ったりしている。 

 髪型は優愛のお気に召したようで、スマホで撮った写真を早速オタク君に見せては「これ神ってない?」などと喋り続けている。


「それより、そろそろお昼ご飯にしましょうか」


「あっ、そうだった。お腹減ってたよね。ごめんね」


「僕も楽しめたから良いですよ」


 オタク君は隣の席のイスを拝借し、自分の席で弁当を広げる。

 優愛も気にせずオタク君の席で弁当を広げる。

 昼休みの時間は既に半分が過ぎていた。


「そういえば、オタク君。今度夏物の服一緒に買いに行かない?」


「夏物の服ですか」


 少しだけ悩むオタク君。

 去年優愛やリコに選んで貰った服があるしと思わなくもないからだ。

 だが、去年買った服はあくまで春用と秋用。夏に着るには少々暑い。

 それなのにこのままずっと着続ければ、汗のニオイが付いたりもするだろう。

 流石にそれは避けたいところである。


「良いですね。行きましょうか!」


「じゃあ今週の日曜ね! それとオタク君と行ってみたい店あるんだけど、良いかな?」


「最近は実行委員で忙しくて、一緒に出掛けたりしてませんでしたからね。僕で良ければいくらでも付き合いますよ」


「やったー!」


 あそこに行きたい、ここにも行ってみたいと次々とマシンガントークを始める優愛。

 そんな優愛に「良いですね!」と頷き返事をするオタク君。

 

「オタク君」


「どうしました?」


 昼休みの残り時間が少なくなったために、急いで昼食を取ったオタク君と優愛。

 弁当に残った白米をかき込み、お茶で流し込み一息つくオタク君。

 そんなオタク君の名前を呼ぶ優愛。


「ううん。なんでもない」


「?」


 優愛はいたずらっぽく微笑むと、席を立ち、自分の席まで帰って行く。   

 心の中でオタク君に語りかける。


(本当は、髪型ヤバイって言ったの、嘘だよ)


 先ほどヤバイヤバイと言っていたのは、オタク君に髪をいじってもらい、一緒に出掛ける口実を作るためについた嘘である。

 オタク君に甘えるための。

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