閑話「オタクズライブクライ」

「チョバム、エンジン、準備は良い?」


「もちろんでござる」


「準備は万全ですぞ」


 夏休みの第2文芸部。

 部室の中で、オタク君、チョバム、エンジンが顔を見合わせ頷く。


「それじゃあ……オペレーションメテオ、開始する!」


 オタク君が号令をかけると、オタク君、チョバム、エンジンの三人は同時に立ち上がり、真剣な表情で部室を後にする。

 それぞれの使命を胸に。


 それから一時間後。

 部室に戻った、オタク君たちが、机を囲みそれぞれの成果を報告していた。


「それで、二人ともどうだった?」


 などと口にするオタク君だが、二人の勝ち誇ったような表情を見れば聞く必要もない。

 

「見ての通りでござるよ」


「事前に手を回しておいて正解だったですな」


 部室の机の上には、3人が持ち寄った2Lのペットボトルに紙コップ、様々なお菓子。

 そしてやや大きめの業務用プロジェクターと立派なスピーカーが置かれていた。


「小田倉殿の方こそ、などと言うのは野暮でござるな」


 そう言ってチョバムとエンジンが窓際を見る。そこには暗幕カーテンが掛けられている。

 オタク君が試しに部室の電気を消すと、昼間だというのに部室の中は夜のように真っ暗になる。

 カーテンの隙間から薄らと光が漏れてはいるが、気になるほどではない。

 十分な暗さを確認すると、オタク君は電気をつけなおし部屋を明るくする。


「後は、プロジェクターとスピーカーが問題なく繋がれば……」


 パソコンからプロジェクターにケーブルを接続し電源を入れる。

 プロジェクターからは、いつの間にか壁際に設置されたスクリーンにパソコンの画面が投影されていた。

 チョバムとエンジンが「おぉ」と興奮した様子で声を上げる。

 そんな二人に対しやれやれ顔のオタク君だが、彼もまた、内心は興奮していたりする。


 そして、スピーカーにケーブルを繋げると、パソコンの音がスピーカーを通じて流れ始める。

 安物のスピーカーとは明らかに質の違うパワフルな重低音に、チョバムとエンジンだけでなく、オタク君も思わず声を出し興奮し始める。


「小田倉殿、早く、早く電気消すでござるよ」


「まだ始まるのに時間あるよ?」


「それでも、消すですぞ!」


 しょうがないなーと言いながら、小走りで電気を消しに行くオタク君。

 部室の電気を消すと、スクリーンに投影された映像がハッキリと写りだす。映っている映像は、何かの会場の様子である。

 沢山の人が並べられたパイプ椅子に座り、光る棒を手に今か今かと待ちわびている。

 その映像の人達と同じように、オタク君たちも光る棒の電源を入れ、チェックをし始めた。


「夢見輝子のライブ、楽しみでござるな!」


 夢見 輝子(ゆめみ てるこ)とは、今流行りのVtuberである。

 Vtuberの中でも上位レベルの人気を誇り、今もなおファンが増え続け、チャンネル登録数が100万を超えそうな勢いを見せている。

 オタク君、エンジン、チョバムはオタクなので、共通の趣味は多いが、その中でも特に力を入れているのがこの夢見輝子の追っかけである。


 普段は距離やチケット代の関係で中々ライブに行けないオタク君たち。

 今回も、やはり場所とチケット代の問題でライブ会場には行けない。

 なので、代わりに配信を一緒に見ようという話になったのだ。


 だが、配信を見るにあたって問題があった。

 せっかく一緒にライブを見るのにただ見るだけではつまらない。

 どうせなら一緒にコールし、時には笑い、時には涙し、大いにライブを楽しみたい。

 しかし、家で見るには同居している家族や騒音の問題がある。


 そこで槍玉に上がったのが、学校の部室である。

 部室なら、事前に優愛やリコが来るか調べて置けば他の人物が勝手に入ってくることはそうそうない。

 騒音に関しても、吹奏楽部や、この時期なら文化祭にバンドのライブに出演する予定の生徒が演奏をしていたりする。

 それらと比べれば、オタク君たちがライブの音楽を流したりコールをするくらい大した問題ではない。 

 まさに、一緒にライブ鑑賞会をするにはうってつけの環境だった。

 そして、ライブを鑑賞する日にちを決めている時の事だった。


「どうせなら、もっと良い環境で見たいと思わないでござるか?」


 厭らしい笑みを浮かべながらそう言うチョバムを見て、オタク君とエンジンは嫌な予感がした。

 変な事を言いだす前に止めようと。


「学校にあるプロジェクターを借りて、大きな画面で見るとか面白そうだと思わないでござるか?」


 悪魔のようにニチャァと笑みを浮かべるチョバム。

 その言葉を聞き、寸前までチョバムを止めようとしていたオタク君とエンジンも、同じような笑みを浮かべる。


「それなら、スピーカーとかあったら良さそうですな」


「それなら暗幕カーテンとかもあると良いよね」


 こうして、オタク君たちは最高の環境を整えるためにそれぞれが動き出した。

 あまり人と関わるのは得意ではない彼らだが、それでもなんとか教師やバンドをする生徒たちと交渉し、機材を借りることに成功したのだった。


「おぉ、会場のカメラから、夢見輝子のムービーに切り替わったでござる!」


「これは過去のですな。こうしてスクリーンで見るとモニターなんかと迫力が段違いですぞ!」


「スピーカーも良いのを使ってるから、本当にライブ会場に居るみたいに聞こえる!」


 全身を突き抜けるような音。目に見えない音だというのに、立体感覚えるオタク君たち。

 そして目の前一杯に広がる推しの少女、夢見輝子。


 家で一人、パソコンのモニターで見ていた時とは全く違う感覚。それはまるで、初めて映画館で映画を見たような感動。

 見慣れたMVですら、まるで別物である。


「この曲、こんな音してたでござるか!?」


「体の奥にズンズン来るですぞ!!」


「大きい画面だと細かいところまで拘ってるのがよく分かるね!!」


 見慣れたMVでもこれだけ感動してるオタク君たち。

 当然、ライブが始まれば更に大騒ぎである。


「始まったでござる。準備は良いでござるか?」


「もちろんですぞ」


「コールも完璧に覚えてきたよ」


「うわぁ、楽しみだな」


 スクリーンに映し出された少女が、合図を出すと音楽が流れ始めライブが始まる。

 音楽に合わせ、オタク君たちがコンサートライトを振り、時にコールを行う。

 

『夏の思い出は♪』


「「「「いつまでもキミと」」」」


『笑い合ってばかりだね』


「「「「「宿題の話する?」」」」」


 時間も忘れるほどの、楽しい時間を過ごしたオタク君たち。

 最後のアンコール曲を、オタク君たちはお互い肩を組みながらの大合唱。

 ライブの終わり際にグッズや次回のライブイベントの情報が告知され、その後「ご視聴ありがとうございました」という画面に切り替わる。

 それでもすぐに部屋の明かりを付けるなどという野暮な真似をせず、しばらく余韻に浸るオタク君たち。


「あれ?」


 十分余韻に浸ったオタク君が、部室の明かりを付ける。


「コップってこんなに出してたっけ?」


「自分のコップがなくなったと勘違いして新しいのを出したんじゃないでござるか?」


「このお菓子って、誰か持って来ていたっけ? ですぞ」


「さぁ、僕じゃないと思うけど」


「拙者も違うでござるよ」


 机の上には、明らかに使用済みのコップとお菓子が増えている。

 おかしいなと首を傾げるオタク君たちだが、そんな事への興味はすぐに薄れる。


「それより、2月のライブ、この辺じゃん。チケット予約しない?」


「そうでござった。拙者もそれを提案しようとしてたところでござる」


「某も、某も行くですぞ!」


 オタク君たちは気づいていない。

 いくら近所から騒音の苦情が来ないと言っても、音は部室から駄々洩れ。

 夢見輝子のライブを第2文芸部で垂れ流してるのを通りがかったファンが部室に乱入し、一緒に盛り上がってライブを見ていた事に。


「しかし、このスピーカー凄かったでござるな。まるで現地で沢山のファンに囲まれてコールしてたように感じたでござる」


「某も、隣に誰かが居たように感じたですぞ」


「二人とも、流石にそれは大げさすぎだって」


 現地に行ったらもっと凄いんだろうなと言いながら笑い合う3人。

 彼らが夢見輝子のライブチケットを応募し、見事当選する事になるが、それは少し先のお話である。

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