閑話「2代目ギャルに優しいオタク君」

 オタク君こと浩一がリコとの結婚して、もう十数年。

 息子は高校に通うようになり、やっと生活も落ち着き始めた。わけがなかった。

 小田倉家は、今日も朝早くから騒がしい。


「お兄ちゃん。はいどうぞ」


 そう言って、オタク君の息子である小田倉剛が腰かけるテーブルまで、朝食の乗った皿を運んでくる少女。

 オタク君の妹の希真理の娘、亜里珠である。

 血は繋がっていないが、剛の事を兄のように慕い、兄以上の感情を心の底に抱いている。

 剛の前に皿を置くと、満面の笑みで、チャームポイントである八重歯を見せながら「どうぞ」という亜里珠。


「ありがとな、亜里珠」


 右手で箸を持ち、左手は亜里珠の頭を撫でる剛。

 剛のあまりに自然な様子から、それが普段からよくやっている行動だと分かる。


「ったく、それくらい自分でやりなさいって、いっつも言ってるでしょ」


 そんな剛と亜里珠のやり取りに対し、右手にコーヒーカップを持った少女が、もう片方の手で眉間をぐりぐりとしながら疲れた様子でツッコミを入れる。


「はい。コーヒー。いつものぬるめよ」


「サンキュ」


 コーヒーカップを持った少女こと、久利須がコーヒーカップを剛の前にトンとおく。

 まるで我が物顔で台所を使い、コーヒーを入れている久利須だが、もちろん彼女も小田倉家の人間ではない。

 彼女はチョバムの娘で、剛とは同い年の幼馴染である。


「いつもいってるけど、亜里珠がやりたいって言うんだから良いだろ」


 剛は右手に持った箸を置くと、今度はコーヒーカップを取り、ズズっと軽く中身の液体を一気に飲み干す。左手は亜里珠の頭を撫でたまま。

 猫舌である剛が、母であるリコにコーヒーを入れてもらうといつも熱すぎるため、学校に行く時間になってもコーヒーを飲むことが出来ない。

 なので、剛のコーヒーを淹れる係は、自然と久利須が受け持っていた。


「はいはい。おかわりはいる?」


「いや、もう食べ終わるし大丈夫だ」


 左手を亜里珠の頭から離すと、かき込むように朝食を平らげる剛。

 剛が時計に目を向けると、遅刻をするような時間ではないが、あまりゆっくりしていられる時間でもない。

 食器を持ち、立ち上がろうとする剛だが、後ろから頭部を、柔らかく、そして重量感のある球体に挟まれ動くに動けない状態にされた。 


「知恵……、どうした」


「なんで私って分かったのー?」


 剛が振り返らずに、自分の名前を呼んだことに驚きの声を上げる知恵。

 もはや言うまでもないが、知恵と呼ばれた少女も小田倉家の人間ではない。彼女はエンジンと詩音の間の娘である。

 何故分かったかと言われても、頭部を包み込むように形を変える二つの球体。そんな立派な実りの果実を持っているのは彼女くらいしか居ない。

 もし亜里珠や久利須が同じ事をしても、ここまでの重量感は味わえない。


 とはいえ、そんな事は口が裂けても言えない。

 もし言おうものなら、亜里珠はいじけ、久利須は目を吊り上げブチギレ、知恵は「そうかな?」と言いながら余計に押し付けてくるだろうから。剛の経験則がそう言っている。

 

「消去法だよ」


 なので、当たり障りのない理由をでっちあげる剛。

 その言葉に「そっかー」と納得したのかしていないのか、よく分からない間延びした声で返事をする知恵。


「それで、どうかしたのか?」


「えっとねー、剛君、久利須ちゃんなんだけど……」


「言わなくても分かってるから大丈夫だ」


 知恵を退けようとするが、最近は成長期で更に身長が伸び、190cmになろうかという知恵に、腕力ではビクともしない。なんなら頭を押さえる力が強くなる一方である。

 無理に退けようとして、腕力で叶わない剛が、隣に居る亜里珠を掴む。


「ほら、こっちにハグしとけ」


「はーい」

 

「お兄ちゃん!? ちょっと、知恵お姉ちゃん、苦しい!!」


 亜里珠をイケニエにし、テーブルを立つ剛。

 台所の流しで、先ほど剛が使ったコーヒーカップを、久利須が丁寧に洗っている。

 そんな久利須の隣に立ち、剛は食器を流しに置く。


「久利須」


「ん、何?」


「いつもありがとな」


 そう言って、久利須の頭を撫でる剛。

 突然の事に、フリーズする久利須。状況を段々と理解し、顔を赤らめていく。


「バ、バカな事やってないで、さっさと学校に行くわよ」


 目を吊り上げ、洗い途中のコーヒーカップを流しの中に放り投げると、逃げるように玄関へ向かって行く久利須。


「あっ、久利須お姉ちゃん。私も!」


 必死に知恵の腕から抜け出した亜里珠が、久利須の後を追っていく。

 久利須の後姿を見て満足気な知恵。


「じゃあ、私たちも学校にいこっか?」


「そうだな。その前に知恵、ちょっとしゃがめ」


「んー? こおー?」


「あー、もうちょっと頼む」


 剛の視線よりも、やや低めにしゃがまされる知恵。

 そんな知恵の頭に、剛がそっと手を置く。


「知恵も、いつも姉らしくあいつらの面倒見てくれてありがとな」


「わー、珍しいー」


「まぁ、一番年上だからあまり頭撫でられる事ないだろうしな」


「それじゃあ、今度から撫でられなかった分、撫でてもらおー」


 そう言うと、ふらーっと玄関まで歩いていく知恵。

 そんな彼らの様子を見ていた人物が、口を開く。


「へぇ、知恵が頭撫でて欲しそうなの、よく分かったな」


 剛の母、リコである。

 ちなみに隣には、新聞紙を広げ、必死に剛たちの様子を見ないようにしている浩一もいる。

 浩一もリコも最初からリビングのテーブルで一緒に食事をとっていたが、剛ハーレムが出来た辺りから無言になっていた。剛たちが完全に自分たちの空間を作っていたせいで。

 3人の少女が居なくなった事で、やっと口を開いたリコ。

 ニヤニヤとからかうように、というか実際息子をからかい気味にそう言うと、剛はからかわれたというのにどこ吹く風。鼻で笑い返し余裕を見せる。


「そりゃあ、久利須が撫でて欲しそうにしてるよとか言ってる時点で、自分も撫でて欲しいって事だろ。大抵」


「まっ、そうだな。なんだ、お前も女の子の気持ちがわかるようになってきたのか」


 上機嫌のリコに対し、剛が「当たり前だろ」と返事をする。

 どこぞの遺伝により、度を越えた鈍感な息子だと思っていたリコだが、この様子ならきっとあの子達も苦労はしないで済みそうだと、悩みの種が一つ減った事に安堵のため息を吐く。


「でも、あいつらもまだまだガキだよな」


「ガキって?」


「俺の気を引いたら勝ちみたいな意地の張り合い遊びを、この歳でもやってるんだから。ガキだろ」


 そう言って勝ち誇ったような笑みを浮かべる剛。


「全く、おこちゃまな幼馴染を持つと大変だよ」


 もう一度鼻で笑うと、片手を上げながら「行ってきます」とリビングを出て玄関へ向かう剛。

 玄関からは、久利須の「遅い」という声と、剛に構ってもらおうとあれこれ話しかける亜里珠の声が聞こえる。

 やがて、扉が閉まると音共に、その声は遠のいて行く。


 新聞を広げていた浩一が立ち上がると、一緒に立ち上がるリコ。


「聞いた?」


「あぁ、しっかり聞いた」


 2人はその場でゴロゴロと転がりながら、想いを吐きだし始めた。

 鈍感系主人公みたいな息子が、やっと気の利いた行動を取れるようになったと思ったらこれである。


「なんでそこで自分に気があるって分からないのアイツ!」


「あれは絶対僕の遺伝だけじゃないって!」

 

 しばらく悶絶した後に、やっと落ち着いた浩一とリコは、服についた埃を払いながら立ち上がる。

 賢者タイムである。


「久しぶりにキレちまったよ」


「リコさん。この想い、ぶつけよう!」


 チョバムとエンジンに招集をかけ、10年以上ぶりに再結成されたサークル「第2文芸部」。

 彼らは後に「2代目オタク君に優しいギャル」という同人を出し、一世を風靡ふうびする事になる。

 かつて第2文芸部の同人誌を読んだ事ある人達に「もし初代に息子が居たとしたら、こうなるよな」と騒がれ話題になるが、それはまた別の話である。

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