閑話「異世界帰りのオタク君が現代最強(前編)」
それはいつもの帰り道の事だった。
その日の授業が終わり、オタク君が優愛と共に駅へと向かっている最中のことだった。
『……ます……か……わた……のこえが……』
唐突に脳内に響く声に、驚き振り返るオタク君。
だが、振り向いた先には誰もいない。
「オタク君? 急にどうしたの?」
「いえ、声がしたので」
「声? 何か聞こえた?」
何も聞こえなかったけどと、首を傾げる優愛。
優愛の反応を見て、自分の空耳かなと思い、オタク君が歩みを再開しようとした時だった。
『……聞こえますか……勇者よ……今あなたの脳内に直接語りかけています……』
「ッ!?」
微かだが、今度こそ確実に人の声が聞こえ、辺りを見回すオタク君。
だが、優愛以外に人影は誰もいない。
「どうしたの?」
「いえ、なので声が」
「何も聞こえないけど?」
なおもオタク君に語りかける声は止まず、段々とハッキリとしていく。
声はするが、声の主は見当たらずおろおろするオタク君。
様子のおかしいオタク君に対し、優愛が怪訝な表情を浮かべた時だった。
「えっ!?」
「きゃっ!?」
眩いばかりの光の柱がオタク君を包む。
咄嗟に手を伸ばすオタク君、その手を掴もうとする優愛だが、その手が届くことはなかった。
「えっ……うそ……」
どさりと、カバンを落としてその場に立ち尽くす優愛。
今の今まで隣にいたオタク君が、突如光の柱に包まれ、そして消えたのだ。
「オタク君……?」
オタク君を呼ぶ優愛だが、その言葉に返事はない。
優愛の耳に、街の騒音だけが、静かに響いていた。
「……ここは?」
オタク君が目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。
自分の足元があるのか分からない。まるで真っ白な一枚の絵の中に捕らえられたかのように、どこまでも続く真っ白い空間。
ゆっくりと、足元がちゃんとあるか確認をしながら歩いてみるオタク君。
足元には自分の影すら映らない白い空間。
少し歩いてみたが、自分が本当に進んでいるのかどうかすら全く分からない。
「すみませーん。誰か居ませんか?」
人を呼んでみるが、声が響く様子もなく消えていく。
段々とオタク君が焦燥感に駆られ始めた時だった。
『勇者よ。私の呼びかけに応じてくれた勇者よ。あなたにお願いがあります』
突如、目の前に現れた女性。
彼女自体が芸術品だと言われても、納得出来るほどに整った顔立ち。
腰まで伸びた金の髪をたなびかせ、女性はゆっくりとオタク君に近づいて来る。
『あなたが私の召喚に応じてくれた勇者様ですね』
「えっ、いえ、その」
召喚に応じた勇者と言われても、強制的に連れて来られただけ。
そう言おうとして、口を開きかけ閉じる。
ここがどこでどんな状況か分かっていない。それなのに女性の話の腰を折るような真似をして機嫌を損ねるのは得策ではない。
まずは出来る限り情報を得るために、女性の話を聞こう。そう思ってオタク君が女性の顔を見る。
「ッ!?」
『勇者よ。どうしましたか?』
「あの、質問宜しいでしょうか?」
『はい、構いませんが』
「もしかして、女神ヴェルダンディ様ですか?」
『そうですが、何故勇者様が私の名前をご存じで?』
女神ヴェルダンディに、何故名前を知っているのか聞かれたオタク君。
だが、オタク君は何も答えない。押し黙り、プルプル震えるオタク君。
『あの……』
「凄い! じゃあ、ここってプロローグに出てくる『始まりの間』ですよね!?」
『あっ、はい。ここは『始まりの間』です……プロローグというものは分からないですが』
「なるほど。というとここは『ラスト・ソード』の世界なのか、となるとこの後の展開は……」
『あの、勇者様?』
一人でブツブツと呟き始めるオタク君に対し、女神がオロオロしながら本気で困っている。これではどっちが唐突に呼び出された側か分からない。
普段のオタク君は気遣いが出来る性格なので、ここまではっちゃけた行動を取る事はない。
ただ、まるでラノベノような展開に興奮してしまい、気をつかうどころじゃなくなってしまているのだ。
『あの、それで勇者様、お願いがあるのですが』
お願いって魔王を倒しに行くことでしょ? 倒しに行きます。
そう元気よく答えようとしてオタク君は留まる。
「その前に質問が二つあるのですが、良いですか?」
確かに夢にまで見た異世界。
冒険の旅に出るのは男の子にとって永遠のロマン。
だが、その浪漫よりも大切な物がある。
「優愛さん……えっと、僕と一緒に居た女性もここに来ているんですか?」
『いいえ、呼んだのは勇者様だけです。一緒に居た女性はこちらに連れて来ておりません』
「なるほど、もう一つ質問なのですが、元の世界に帰る方法ってありますか?」
『あるにはあるのですが、その為には魔王を倒さないといけないので』
「分かりました。それなら魔王ブラッド=カオスを倒しに行きます」
『はい……』
なんでオタク君が魔王の名前を知っているのかと聞こうとした女神だが、喉元まで出かかったため息とともに飲み込む。
多分、何を聞いてもまともに答えてくれなさそうなので。
『それでは勇者様、街まで貴方を送り届け』
「あっ、ちょっと待ってください」
その場で四つん這いになりながら、何かを探すように歩き周るオタク君。
探す事数分。オタク君の右手が何かに触れる。
「おぉ、本当に『 』があった!」
何もない空間から、目には見えない何かを拾い上げるオタク君。
「という事は、ここにももう一つ……あった!」
またもや、目には見えない何かを拾い上げるオタク君。
嬉しそうに両手で掲げてみせるが、勿論見えないので何を持っているのか分からない。
『勇者様、ここには何もないはずですが』
「いえ、それがあるんですよ。虚無が」
『……そうですか』
必死に厳格な表情を崩さないように努める女神。
「この虚無はこうやって使う事で、空中浮遊が出来るんですよ」
『……そうですか』
突如浮き始めたオタク君を見て、それでも必死に厳格な表情を崩さないように努める女神。
「あ、地面にも潜れた!」
『……そうですか。それでは街まで勇者様を転送致します』
「はい、お願いします」
オタク君の返事を聞き届け、女神が腕を軽く振ると、光の柱がオタク君を包み込む。
今度は驚く事なく、抵抗せずに光の柱の中へ消えていくオタク君。
オタク君が居なくなってから、女神は頭を抱えその場に蹲る。
『なによあれ……』
この世界に危機が訪れ、世界を救ってもらうために勇者に呼びかけたというのに、召喚された勇者が唐突に自分の名前や魔王の名前を当てたと思えば、今度は空に浮いたり地面に埋まったりしているのだ。
女神が頭を抱えてしまうのは当然である。
なにはともあれ、オタク君の異世界を冒険する旅が、ここから始まる。
もう既に嫌な予感しかしない。
次回予告!
オタク君の異世界RTA、カテゴリはANY%でお送りいたします。
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