閑話「異世界帰りのオタク君が現代最強(中編)」

『……勇者様、申し訳ないのですが』


「力が弱まっている影響で街まで送れない、ですよね!」


 オタク君が光の柱から出ると、そこは街中ではなく、木々が生い茂る山の中。

 木の合間からは、遠くにうっすらと街らしきものが見えている。


『……理解が早くて助かります』


 申し訳なさそうにしゅんとした声で脳内に語り掛ける女神に対し、オタク君は相変わらずウキウキである。

 

「代わりに街に行くまでの道中で、戦闘のチュートリアルですね! 宝箱にある剣はもう取っても良いでしょうか?」


『……はい、どうぞ』


 自分の行動とセリフが、オタク君に先回りをされる現状に「もはや自分は何も言わなくても良いのでは?」と職務放棄をしたい気分になる女神。

 とはいえ、自ら呼び出しておいて、何も説明しないわけにもいかない。

 やや消極的ではあるが「何か分からない事はないでしょうか?」と女神が聞こうとした時だった。


「あの、スキルの使い方を教えてもらいたいのですが、宜しいでしょうか?」


『はい、スキルですね。まずは剣を持って右手に力を入れてみてください、いつもと違う感じがしますよね? それがスキルが使える証拠です。今勇者様が使えるスキルはバッシュのみです。丁度目の前にボアベビーが居ますので、こいつらでスマッシュを試してみましょうか!』


 まさかのオタク君からの質問に、テンションが上がり早口になる女神。

 これでやっとまともな会話と説明が出来る。そう思った矢先。


「なるほど。それじゃあこの山の裏側にいるエルダートレントで試してみようかなと思います」

  

『……えっ?』


 右手に剣を、左手に虚無を持ったオタク君が、くるりと反対方向へ歩き出す。

 そして歩く事数分、そこには大きく立ちはだかる、山の斜面が見えてきた。


『勇者様?』


 壁のような山を前に、歩みを止める事なく、オタク君は斜面の中へと消えていく。

 そして歩く事数分。


「よし、壁の中から攻撃すれば向こうは手も出せないはず……」


 山の中から顔だけ出して、オタク君が外の様子を窺う。 

 先ほどまでは木々に覆われつつも、明るい感じのした山の中だったが、こちらは打って変わって薄暗く淀んだ空気の感じられる。

 異世界へ転移した事でテンションの上がっていたオタク君だが、流石に異質な空気を感じ取りやや及び腰になっている。

 

 やはり一旦戻って、ボアベビーを狩るか悩むオタク君だが、脳裏に浮かぶボアベビーは、猫くらいの大きさのイノシシの子供である、ウリボーのようなモンスター。

 ぷぎぷぎと愛らしく鳴き声を上げて歩く小動物に対し、武器で一方的に殴り掛かるのは、一般的な日本人的な感覚を持つオタク君には無理である。

 なので、無機物ならイケるだろうと思い、山向かいにある、ラストソードのシナリオをある程度進めた場所にある狩場に来たのだが……。


「クケケケケ」


 横幅1メートルは有りそうな切株のモンスターエルダートレントが、根っこを足代わりにしてけたましい笑い声を上げながら徘徊している。

 ボアベビーは愛らし過ぎて手が出せなかったオタク君だが、こちらは逆に不気味過ぎて手が出しづらく、思わず苦悶の表情を浮かべる。

 壁の中だから相手の攻撃は届かないはず。そう思いつつも、剣を持つ手が震える。


「て、てい!」


 もしもの場合は全力で山の中に逃げれば良い。

 そう自分に言い聞かせ、エルダートレントに意を決して斬り掛かったオタク君。

 斬りかかったは良いが、表面をちょっと傷つけただけのダメージしか与えられない。

 そもそも、物語中盤の狩場。明らかに装備もレベルも足りていない。

 なので、壁に隠れては斬りつけるを繰り返し、時間をかけて倒そうと考えていた。 


「クケ?」


 攻撃された方を見るエルダートレントだが、そこには山があるだけ。

 明らかに攻撃を受けた跡はあるが、誰もいない。

 なので気のせいかと思い、もう一度だけ山肌を見て、そのまま立ち去ろうとした時だった。


「クケケ!」


 エルダートレントが背中越しに鋭い痛みを感じる。

 振り返るエルダートレントだが、壁のようにそびえたつ山がそこにあるだけ。実際は山の中にオタク君が埋まっているのだが、当然エルダートレントからは見えていない。

 腕のような枝を壁にバシバシと叩きつけ、怒りと苛立ちを見せるエルダートレント。 

 流石に今姿を見せれば、山の中に隠れている事がばれてしまうので様子を窺うオタク君。

 しかし、一向に怒りが止まないエルダートレントに対し、オタク君が別の個体を狙うか悩んだ時だった。


「キキッ!」


 壁のような山相手に、必死に腕のような枝を叩きつけるエルダートレントに対し、挑発するかのように笑い転げるサルの集団。

 いや、正しくはサルのようなモンスター、サルコングである。


 エルダートレントが壁相手に怒る姿が、サルコングの目には滑稽に映ったのだろう。手を叩き笑い転げている。

 そんな事をすれば、エルダートレントの怒りが彼らに向くのは当然の結果である。

 エルダートレントが足代わりの根っこで器用に走り出すと、サルコングの集団へと真っすぐに向かっていく。


「あっ、ちょっと!?」


 せっかくの獲物が離れて行ってしまい、ガックリと肩を落とすオタク君。

 仕方がないと諦め、次の獲物を壁の中から探している時だった。


『勇者様、おめでとうございます。レベルが上がりましたね』


「えっ、レベルが上がったって?」


『エルダートレントを使役し、サルコングの群れを倒すとは流石です』


「使役?」


『サルコングにけしかける作戦でやったのではないのですか?』


「いえ、ゲームではそんな事出来なかったので……」


 オタク君と女神の間に気まずい沈黙が流れたのは言うまでもない。

 サルコングが仲間を呼び、その度にエルダートレントが撃破していく。

 頬をポリポリと掻きながら、オタク君は苦笑を浮かべその様子を静観していた。


 エルダートレントとサルコングの争いが終わる頃には、オタク君はレベルが20に上がっていた。


『勇者様、レベルは十分上げたかと思いますが』


「そうですね。これだけ上げれば十分かな」


『はい、それでは最初の街へ……』


「それでは早速、魔王ブラッド=カオスを倒しに行きましょうか!」


『……』


 虚無を両手に装備し、空を飛び始めたオタク君に対し、女神は「そうですか。そうですね」と諦めの入った声で返事をしたのは言うまでもない。 

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