閑話「異世界帰りのオタク君が現代最強(後編)」

『……ところで勇者様、もしかしてとは思うのですが、神剣の眠る地へ向かわれようとしていませんか?』


「はい、そうですよ?」


 空中をテクテクと歩くオタク君へ、女神が声をかける。

 ちなみにオタク君は歩いているだけだが、魔法の効果により、普通に走るよりも速い速度で歩いている。


『確かに魔王ブラッド=カオスを倒すには神剣ラストソードが必要不可欠です。ですが神剣ラストソードは悪きものの手に渡らぬよう、封印されており、台座から引き抜けません。なのでまずは三つの封印石を集める必要があるのですが……」


 ですがの後に、軽くため息を吐く女神。

 この規格外な行動を取る勇者の事だから、そんなもの無くても引き抜いてしまうのだろう。

 とはいえ、説明放棄をするわけにもいかないので虚しい気分になりながら、女神は説明を続ける。


 今まで彼女は幾度となく英雄や勇者に助けを求め、その最後はどれも悲惨なものであった。

 数多の屍を築き上げた事を憂いながら、それでもと縋り続けてきた。

 それがまさか、こんなお散歩気分で救われるとあっては内心複雑になってしまうのも、仕方がないと言えよう。

 苦労なんかしないに越したことはない。そう自分に言い聞かせ。


「それなら大丈夫ですよ」


 ニッコリと笑みを浮かべるオタク君に、「そうですか」と返事をして女神は黙る。

 そのまま歩く事数十分。


「ゲームの中ではそんなに時間かからないけど、やっぱり現実になると遠いですね」


『たびたび「ゲーム」という単語が出てきますが、勇者様は何かの遊びでこの世界を知っていらしたのですか?』


「えっ、あ、はい。そんな感じです」


 独り言を呟いたつもりだったが、女神から返事が来たことに驚き、しどろもどろに返事をするオタク君。

 姿が見えないせいで、自分の近くにいるという感覚が湧かないので。

 どう説明したら良いものか悩み、下手に隠しても余計分からなくなるだけだと判断し、包み隠さず説明する。


「そ、そうなんですか」


 自分たちの世界が「ゲーム」と呼ばれるものと瓜二つで、その世界をどれだけ最速で救うかが競技になっているなどと言われて当然女神に理解出来る訳もなく。あるのは「世界を競技感覚で救うやっべー奴らが、その辺にゴロゴロしている異世界がある」という恐怖心だけである。


「さてと、到着ですね」


 当然のように虚無を使って急下降をするオタク君。

 着いた先は、森の奥地にある小さな祭壇上。

 祭壇上の中心には、台座に突き刺さった剣が一振り。

 地面に着地したオタク君が台座の前まで歩き、試しに剣を引き抜こうとするが、剣はびくともしない。


『それで勇者様、神剣ラストソードをどうやって引き抜くのですか?』


「いえ、引き抜くことはできません」


『……えっ?』


 大丈夫と言っておいて、引き抜けないと言い出すオタク君。

 話が違うと女神が口にする前に、オタク君が口を開く。


「なので、まずは地面に埋まります」


『あ、はい』


 当たり前のように虚無を使ってオタク君が地面に埋まっていく。


「そして地中から押し出せば、ほらっ、この通り」


 静寂な森の中に、カランと乾いた音が響き渡る。

 

『流石勇者様です。それでは次は……』


「はい、魔王ブラッド=カオスを倒しに行きましょうか!」


 神剣を拾い上げると、虚無を使い浮かび上がるオタク君。


『勇者様、まだ伝説の盾と鎧が……』


「それならノーダメで倒せるから大丈夫ですよ」


『魔王城付近には特別なバリアが張られていて……』


「バリアは空中まで判定がないので、この高さならすり抜けられます」


『魔王城の城門が閉じたままですが……』


「それなら玉座まで直接行きましょう」


 このままでは難関が立ち塞がると説明するが、その全てを「大丈夫です」と説明し、まるでそんなものは存在しないと言わんばかりに走り抜けていくオタク君。

 

「ここで、ジャンプ!」


 空中でジャンプし、そのまま急下降。

 魔王城の屋根に着地、せずそのまますり抜け、オタク君は落ちていく。


「だ、誰だ貴様は!?」


 そして、オタク君が着地した先はだだっ広い大広間。

 壁を背に、玉座に腰をかけるのは、黒づくめに神官のような法衣を身につけた男。

 しかし、その男の口は大きく裂けており、魚のエラのように広っがった大きな耳。

 そして爬虫類を思わせるような瞳、一目で人間でないと異形の姿をしている彼こそが魔王ブラッド=カオスである。


 突然降ってきたオタク君に驚きの声をあげる魔王に対し、オタク君は真っ先に駆け寄っていく。

 

「ふん、良いだろう。貴様が何者だろうと関係ない」


 そう言って立ちあがろうとする魔王の手を掴むと、オタク君は勢いを弱めることなく走り続ける。

 玉座のすぐ後ろには壁が、そんな壁の中へ当たり前のように入っていくオタク君。魔王の手を引いて。

 オタク君に手を引かれた魔王も同じく壁の中へ吸い込まれるように入っていく。が、その体が半分入った辺りで動きがとまる。


「こ、これはどういうことだ!?」


 左半身が壁に埋まったまま、身動き一つ取れない魔王が困惑の声をあげる。


「さてと……」


 そんな困惑する魔王の言葉に耳を傾ける事無く、壁から出てきたオタク君が神剣を構える。

 最初は魔王の血飛沫と生の肉を切る感触に戸惑っていたオタク君だが、途中から慣れてきたのか、無心で魔王を背中からズバズバと切り刻む。


「お、おのれ! 小癪な人間の分際で。ならば見せてやろう、我の本当の姿を!」


 オタク君に一方的に切り刻まれる事数分。ついにキレた魔王がゲーム内で最終形態と呼ばれる龍の姿へと変化していく。壁に埋まったまま。

 龍の姿に変化したところで、壁から抜けられるわけでもなく、相変わらず半身が壁に埋まったままである。


「クソッ、何故壁の中に埋まったままなのだ。おい女神、聞こえているのだろう! これはどういう事だッ!」


 咆哮のような叫び声を上げる魔王に、女神は何も答えない。

 否、何も答えられない。

 何故なら、女神もどうしてこうなったのか、さっぱり分からないからである。

 

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 そしてさらに数分後、魔王城全体に響き渡るような断末魔の声が上がる。

 まだ何か「たとえ我が倒されようとも……」と最期の言葉を残しているが、オタク君は魔王そっちのけで「そろそろ女神さまが出てくる事かな」などと呟き周りをきょろきょろしている。

 待つ事数秒、突如光の柱が現れ、そこから数時間前にオタク君が出会った女神が現れた。


「ありがとうございます。勇者様」


 めちゃくちゃ引きつった笑みを浮かべながら。


 次回、異世界編エピローグ!

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