閑話「異世界帰りのオタク君が現代最強 エピローグ」
「勇者様が魔王を倒してくれたおかげで、無事に力が戻りました。その証拠に」
そう言って、女神が目をつぶると、オタク君の頭に直接声が響き始める。
『世界の皆さま、私の声が聞こえますか?』
『魔王ブラッド=カオスは、勇者様の手により倒されました』
自分だけではなく、きっと世界中の人間に言葉を届けているのだろう。
そう理解したオタク君は、何も言わず、脳内に語り掛ける女神をただじっと見つめていた。
『この世界を救ってくれた勇者様の名は……』
そこで女神の言葉が詰まる。
そもそもオタク君の自己紹介がまだだったので、女神はオタク君の名前を知らないのである。
異世界から呼び出しておいて名前を聞かないのは、女神の落ち度かもしれない。
しかし、初対面で話を聞かずにいきなり空を飛んだかと思えば地面に埋まるような相手である。そんな相手に誰が冷静に名前を聞けるだろうか?
「えっと、小田倉と申します」
名前を聞きたいが、あまりに今更過ぎて少しだけ気まずそうな笑みを浮かべる女神。
そんな女神に対し、軽く自己紹介をするオタク君。オタク君は空気を読める男なので。今まで散々空気をぶち壊していたが。
『勇者様の名は、オタクラ様。世界はオタクラ様の手によって救われたのです』
女神の声は、世界中の人々に届いていた。
世界各地で、誰もが同じ言葉を口にする。
「勇者オタクラ様バンザイ!」
魔王の手により暗黒の時代に突入していた世界。
徐々に脅かされる人類の生存圏。次は自分たちの集落が、村が、そして国が魔王の手によって落ちるのではないか。
そんな不安の日々も、魔王が討たれた事で終わりを告げ、誰もが声を上げオタク君の名を称える。
「王、今の声は……」
「大臣、貴様にも聞こえたか」
「はっ、しかと!」
とある王宮の玉座で、王と呼ばれた壮年の男性と、大臣と呼ばれた中年の男性が険しい表情で女神の声に耳を傾けていた。
「そうか。勇者オタクラが、魔王討伐を成したのか」
「はい。そのようですね。とはいえ、民の中には本当に魔王が討たれたのかまだ不安に思う者も居るかと思われます。ここは王の言葉で民を安心させては如何でしょうか?」
「そうだな。とはいえ、今の言葉を鵜呑みにして魔王が討たれたと宣言し、実際は魔王が生きていれば民からの信頼が失われてしまう。まずは魔王が本当に討たれたかの確認だな」
王の言葉に、大臣が近くに居た兵士に声をかけ、真偽の確認のために早馬を出すように指示を出す。
「勇者オタクラが、ついに魔王をやってくれたか」
軽く息を吐くと、穏やかな笑みを浮かべる王。
(勇者オタクラって誰だ……)
聞きなれない名前な上に、姿を見た事もない勇者。
もし魔王討伐が本当だとしたら、民にどうやって勇者の事を説明するべきか、勇者を称えるために勇者の像を建てようと言われたらどうするか。
せっかく魔王の問題が解決するというのに、新たに湧いてきた「勇者オタクラって誰や?」問題に、少しだけ王は頭を抱えた。
また、とある玉座では。
「王、先ほど魔王城の国境付近に配置されていた騎士団から伝達が届きました。魔王領へのバリアが完全に消え、魔王城から魔物が逃げていく姿が確認できたそうです」
「おぉ、そうか! ついに魔王が! それで、魔王の四天王に攫われた我が娘はどうなった!?」
「それがその……四天王は健在のようです」
「はっ!?」
魔王が倒されたとあれば、当然その側近である四天王も倒されているはず。
しかし、報告によると、四天王も、魔王の城に居る魔物どもも手付かずのまま。
となると、魔王が討伐されたというのは、女神を名乗る何者かのガセだったのでは。
そう考えていたのも束の間、魔王は討伐されたと報告を受け、王を始め国の重鎮たちは頭を抱える事になる。
そして、頭を抱えているのは何も人間だけではない。
「大変です。配下の魔族たちが、魔王様が倒れた事の説明を求め、こちらへ向かっているようです。その数、1万はくだらないでしょう」
「説明と言われても、私にも何が何だか……」
女神の言葉は、人間だけでなく、魔族の耳にも届いていた。
魔王が本当に倒れた事を知った魔族たちが、そんな一大事に四天王は何をしていたのだと憤りを感じ、反乱一歩手前の状態に陥っていた。
簡単に魔王城が攻め入られないように、バリアを張り、更に魔王城を守護するように四天王がその周りの防衛を固めていた。
だというのに、魔王が討たれたのだ。四天王が誰一人倒れていないのに。
まさか、勇者であるオタク君がバリアよりも高く飛び上がり、城の壁をすり抜けながら魔王の玉座にたどり着いたなど、分かるはずがない。
真実を知らない配下の魔族にとっては、四天王の怠慢で勇者を見逃してしまい、魔王が討たれた思いようがない。
下手をすれば自分たちの生存に関わる一大事。なので説明を求めるために四天王の元へと魔族が集結していった。
世界を混乱させ、後に「勇者オタクラの変」と呼ばれるこの騒動。
勇者オタクラの痕跡もなければ、見たものも居ない。
「実は勇者オタクラなど存在しなかったのではないか?」
そう囁かれるが、同時期に世界各地で勇者オタクラを褒めたたえる文献などが数多く存在するために、歴史学者たちの中で幾度となく「勇者オタクラは実在するのか」論争を巻き起こす事になるが、それはまた別の話である。
そして現代日本。
「オタクくーん?」
消えたオタク君を探すように、優愛がオタク君の名前を呼ぶ。
だが、オタク君からの返事はない。
突然光が現れたと思ったらオタク君が消えた。そんな事、普通に考えればありえない。
本当はどこかに隠れていて、おろおろとしている自分を見て楽しんでいるんじゃないか。
そんな考えがよぎった優愛だが、彼女は知っている。オタク君はそんな事するような人間ではない事を。
もしかしたら事件に巻き込まれたのかもしれない。
無事かどうか確認するために、オタク君に電話をかけてみようと、スマホを取り出した時だった。
「優愛さん?」
「あっ、オタク君!?」
背後から声をかけられ、驚きの声と共に振り返る優愛。
そこには、先ほどと何ら変わらない姿のオタク君が立っていた。
「急に消えたけど、どこにいたの!?」
「いえ、その……ほら、いきなり光ったじゃないですか。驚いて尻もちをついていたんですよ。そしたら優愛さん、目の前にいる僕に気づかなかったので」
そんな事で気づかないわけがない。
そう反論したいところだが、実際にオタク君がどこか遠くへ行っていた様子もなく、周りは開けた場所で隠れれるようなところはない。
どこか釈然としない優愛だが、オタク君が転んでいたと思わなかったから、自分が見落としただけなのかもしれないと自分を納得させる。
「さてと、それじゃあ学校に行きましょうか」
「うん!」
オタク君と会話を再開する頃には、すでに優愛の気持ちは切り替わり、いつものマシンガントークでニコニコとオタク君に話しかける。
「オタク君、どうかしたの?」
「えっ、何がですか?」
「なんか、今日はいつもより機嫌が良さそうだなと思って」
(憧れた異世界も悪くはないけど、優愛さんや皆と一緒にいるこっちの世界の方が良いな)
「そんな事ないですよ」
「そう言って、本当は何か隠してるでしょ」
「はははっ」
「あー、笑って誤魔化そうとしてる。よーし、こうなったら無理やり吐かせてやる!」
こうして、オタク君の異世界冒険譚は幕を閉じた。
後に、女神から元の世界に戻る際に「一度だけ異世界の魔法を使える能力」で波乱を解決する事になるが。それはまた別の物語である。
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