第31話 「ちょっとお兄ちゃん。私もシャワー浴びるんだから」

「クソ、マジかよ」


「通り雨だと思いますが、急ぎましょうか」


 コスプレ祭りの会場を離れ、電車を乗り継ぎ、オタク君の家に向かう途中だった。

 突然どしゃぶりの雨。この時期は天候が不安定なために時折こうやって通り雨に降られる事も珍しくない。


 オタク君の家に着くころには雨足は弱くなっていたが、それでも傘も無しに出歩けるほどではない。


「あー悪い、傘借りれるか?」


「良いですけど、帰る頃には止むと思いますよ?」


「いや、こんな状態で家に上がるわけにはいかないだろ」


 2人ともずぶ濡れ状態だ。

 体中からボタボタと水がしたたり落ちている。


「いえいえ、こんな状態で帰すわけにもいきませんよ」


 流石にずぶ濡れになった女の子を追い返す真似は、オタク君には出来ない。

 いや、女の子じゃなくてもしなかっただろうが。


「そのままだと風邪ひくのでシャワー浴びてってください。服は乾燥機があるので、1時間あれば洗濯して乾燥も出来ます」


「1時間って、その間服はどうするんだよ」


「あっ……えっと、僕のを貸すのでそれで我慢してもらう事になるのですが、良いですか?」


 妹の服を借りるという手もあるが、勝手に借りれば後で何を言われるか分からない。

 服とズボンだけでも貸して、下着については申し訳ないが我慢してもらうしかないだろう。

 オタク君のトランクスを穿かせるわけにもいかないので。


「まぁ、迷惑じゃないって言うなら。それじゃあ言葉に甘えるわ」


「タオル持ってくるので待っててくださいね」


 濡れたまま家に入って行くオタク君。

 家に入ったが、誰かが居る気配はない。どうやら両親も妹も出かけているようだ。


 洗濯機の中に自分の上着を放り込み、タオルを3つ、自分用とリコ用と、廊下を拭く用で持って行く。


「どうぞ、使ってください」


「サンキュー」


 オタク君からタオルを貰い、頭を拭いて遠慮がちに家に上がっていくリコ。

 脱衣所まで案内し、シャワーの使い方を教える。と言ってもどこの家庭も同じような物なので教えなくても大丈夫だろうが。


「洗濯機の中に入れておいて貰えれば、後はやっておきますね」


「やっておきますねと言いながら、なんで携帯でやり方調べてるんだ?」


「その、初めて使うもので……」


 オタク君は洗濯機の使い方を知らなかった。

 とはいえ、普通の高校生の男の子で洗濯機で使い方を分かる人は少ないだろう。

 一人暮らしをしなければ、30を過ぎても知らない場合だってある。


「はぁ、これならやり方分かるからアタシがやっとくよ」


「そうなんですか。それじゃあお願いします」


「ついでにアンタのズボンも洗っといてやるから、今の内に脱いで入れといて」


「今……ですか?」


「今だけど?」


 同性同士ならズボンを脱いでパンツを見られても恥ずかしくないが、流石に異性の前では少し恥ずかしく感じるオタク君。

 リコはというと、全く気にした様子が無い。

 なので、リコにはオタク君が何を躊躇っているのか分からず、頭に「?」マークを浮かべている。


「そ、それでは」


 このままでは埒があかないだろう。

 決心したオタク君がズボンを脱ぎ、恥ずかしそうにもじもじしながらズボンを洗濯機に入れていく。

 パンツ一丁姿になったオタク君のラッキースケベシーンだ。誰も特をしない。


「それじゃあリコさんが着れそうな上着とズボンを取って来るので」


 脱衣所を出て、部屋で適当な大きめのシャツと、ウエストをひもで調整できるズボンを探す。

 オタク君は前に自分の服を見せた時、黒一色で物凄く評判が悪かったことを思い出した。


「流石にしばらくの間とはいえ、黒一色で着るのは嫌かもしれないな」


 他の色の服を探し、やっと良さそうだと思う物を手に取りまた脱衣所へ向かう。

 


 その頃。



「あれ? お兄ちゃん帰ってきてたんだ?」


 オタク君の妹、小田倉 希真理きまりの帰宅である。

 彼女もまた、通り雨でびしょ濡れ状態である。


「ふーん。シャワー浴びてるのか」


 希真理が周囲を見渡すと、他に気配を感じない。

 どうやら両親は不在のようだ。


「これは、チャンスなのでは?」


 こっそり足音を立てないように脱衣所に入って行く希真理。

 どうやら洗濯機が稼働しているようで、兄であるオタク君は希真理が脱衣所に入って来た事に気付かずシャワーを浴びているようだ。


「ちょっとお兄ちゃん。私もシャワー浴びるんだから」


 言うが早いか、衣類を速攻で脱ぎ始める希真理。

 彼女は兄であるオタク君に対し、冷たく当たっていた。

 しかし、実際はお兄ちゃん大好きっ子なのである。


 だが、成長するに従い、思春期の彼女は上手く甘えれなくなった。

 どうするか悩んだ結果が、ツンデレキャラになると言うものだった。

 勿論結果は空回っている。なんなら妹に嫌われてるとさえオタク君は思っている。


 なので、あまり喋ったりすることが出来ない。

 そこで、一気に距離を縮めようと、思い切って一緒にお風呂に入る作戦に出たのだ。


「ごめん。シャワー借りてます」 


 だが、風呂場に居たのは兄のオタク君ではなかった。

 明らかに自分よりも年下の少女が、シャワーを浴びていたのだ。


「リコさん、服ここに置いておきますよ、って希真理お前なにやってんだそんな恰好で」


「えっ、ちょお兄ちゃんこそなんでパンツ一丁なのよ!?」


「あー、ワケを話す、ワケを話すから携帯電話を置け、どこに電話しようとしてる!」


「お兄ちゃん、自首しよ。私もついて行くからさ」


「違うから!」


 必死の説明で、何とか妹を落ち着かせることが出来たオタク君。

 まぁ、色々と勘違いされても仕方がないっちゃ仕方がない。

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