第30話「はぁ、何言ってんだ。アタシがやっても似合わないよ……チビだから似合う物ないだろうしさ」

 商店街を歩きながら、気になったコスプレイヤーが居たら、写真を撮って良いか声をかけるリコ。

 コスプレの優劣に関わらず、有名な作品のキャラばかり撮っている。


 中には列が形成されているので、諦めたりもするが大体は撮れて満足しているようだ。

 

「リコさんもコスプレしてみます?」


「はぁ、何言ってんだ。アタシがやっても似合わないよ……チビだから似合う物ないだろうしさ」


「そんな事ないと思いますよ?」


「そんな事あるよ。それにだ……」


 リコが喋っている最中に言葉が遮られた。


「おーい、小田倉」


 リコとオタク君の会話を遮ったのは、オタク君のクラスメイトだ。


「山崎か、おはよう」


 オタク君のクラスメイトに出合い、動揺するオタク君とリコ。

 夏休みにクラスが違う男女が2人きりでイベントに来てるのだ、どんな風にからかわれるか分かってものではない。

 だが、オタク君の不安は杞憂に終わる。


「さっきさ、柱が居たのよ柱! それであまりにスゲーから写真撮らせてもらったんだわ」


 山崎はオタク君とリコが二人っきりの事など気にも留めず、興奮しながら携帯を取り出し、写真を見せる。

 どうやら興奮のあまり、山崎の目にはオタク君しか映っていないようだ。

 山崎の携帯を覗き込むオタク君とリコ。そこには鬼殺の刃に出てくる炎使いの柱のコスプレした人の写真が写っている。


「確かに凄いな」


「だろ? もはや本物が出てきたようにしか見えないだろ!?」


「はい。相当凝ってるよこれ」


「そうそう、それでお願いがあるんだわ」


 もじもじしながら、やや上目づかいでオタク君を見つめる山崎。

 男がやってもキモいだけである。


「この人にどんな風に化粧したかとか教えて貰ったんだけど、さっぱり分からないんだわ。俺文化祭でこの人みたいになりたいんだけど出来るか?」


 そう言って山崎は一枚の紙をオタク君に手渡す。

 どうやらどんな化粧をしたかメモを取っておいたようだ。

 

「なるほど」


 メモの内容を見て「これは、いや、そう言う事か」などとブツブツと呟きながら目を通していくオタク君。

 全部見終わり、軽く頷いた。


「うん。この写真の人には敵わないけど、ある程度なら出来るよ」


「「マジで!?」」


 驚きの声を上げたのは山崎だけではない。リコもだ。

 普段オタク君に化粧してもらう機会はあるが、確かに化粧のレベルは高い。

 しかし、写真に写るコスプレイヤーはもはや化粧というレベルを超えている。だというのにオタク君は出来ると言ったのだ。


 だが、オタク君からすれば、化粧は限られた道具とおしゃれの枠を飛び出さないようにしなければいけない縛りプレイ。

 キャラに近づける為なら道具の使用は何でもありで、不自然な髪型にしてもOKなコスプレの方がむしろやりやすいまであるのだ。


「小田倉頼む、俺を柱にしてくれ!」 


「分かりました、でも道具がいくつか必要なので……」


 ちょっとお金の話はしにくいな、そう思うオタク君がいくらかかるか脳内計算をする。


「とりあえずこれだけ渡しとく、足りなかったらまた言ってくれ」


 ポンと万札をオタク君に握らせる山崎。

 オタク君としては化粧道具はある程度持っているから、後は細かい道具とウィッグくらいなので2-3000円のつもりだった。


「いや、こんなにもいらないよ」


「あれだ、余った分は手間賃とかで貰ってくれ。じゃあ頼んだぞ」


 材料費だけでなく、それに対する手間賃も考えている山崎。良い奴である。

 まぁ、本当に良い奴なら女の子と二人きりでいるクラスメイトに声をかけたりしないのだが。


 手を振って「頼んだぞ」と言いながら去っていく山崎。

 山崎が見えなくなったのを確認してから、リコが口を開く。


「さっき言いかけた事だけどさ、こうやって知り合いにあったら恥ずかしいからやっぱり無理だな」


「あー、まぁそれはあるかもですね」


 コスプレしている所を知り合いに見られるのは、確かに恥ずかしいかもしれない。

 クラスメイトに見られたりしたら、後日それをネタにからかわれる可能性だってある。


「それなら今度、僕の地元でコスプレ祭りとコラボしてるお祭りがあるので、そこでコスプレしてみませんか?」


 リコは言った。

 アタシがやっても似合わない。

 チビだから似合う物はない。

 知り合いに見られたら恥ずかしい。と。


 だが、やりたくない。興味がないとは一言も言っていない。

 つまり、本当はやってみたいのだろう。


「でも」


「ほら、見てください。あそこ」


「ん?」


 そこには女子高生キャラのコスプレをしているおじさんや、原作のキャラとは似ても似つかない体型のコスプレイヤーが居る。

 それでも楽しく笑い合い、他の人と仲良くやっているのだ。


「似合う似合わないなんてどうでも良いんですよ。楽しみましょうよ」


「でもさ」


 否定の言葉を口にするリコだが、言葉に覇気がない。

 歩いている時に、女性のコスプレイヤーを見て羨ましそうに一瞬立ち止まったりしているリコに、オタク君は気づいて居た。

 ちょっとあまのじゃくな性格だから、素直になれない事も。


「それに本当は僕もコスプレに興味があるんですけど、一人じゃ参加しにくくて。リコさん一緒にお願いできませんか?」


「……ったく。しょうがないな。良いよ、小田倉がそこまで言うんだ。付き合ってやるよ」


 やれやれといった感じのポーズを取るリコだが、口元がニヤケきっている。

 嬉しくて仕方が無いのだろう。


「それでいつあるんだ? 来月か?」


「えっと……来年の7月です」


「……はっ?」


 既に終わっているようだ。

 明らかにリコのテンションがガタ落ちする。

 オタク君、日程はちゃんと調べてから言うべきだ。

 文字通り、後の祭りである。


「あっ、そうだ。それならどんなコスプレをしたいか決めませんか?」


「そうだな。何が良いだろう」


「そうですね。リコさんが気に入りそうな漫画やアニメあるか調べる為に、ウチに来ます? 色々あるので」


 流れるような会話で家に呼びこむオタク君。プレイボーイである。

 まぁ、今のオタク君には下心は一切ない。テンションの落ちたリコをリカバリーしようと必死なだけだ。


「そうだな。暑くなってきたし、小田倉の家に行くか」


 リコ、漫画やアニメが色々あると聞いて目の色が変わる。

 弟から漫画を借りて読みはするが、弟の漫画だけではどうしても趣味が偏ってしまう。

 オタク君はどんな漫画を持っているのか、興味津々なリコであった。


「それじゃあ行きましょうか」


 帰りに山崎に頼まれたウィッグを購入し、2人はオタク君の家へ向かった。

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