第29話「リコさんって、割とオタク気質なのでは?」

 文化祭の準備もある程度は終わり、夏休みももう半分が終わる時期。

 セミの鳴き声すら聞こえなくなるような猛暑の中、オタク君は部屋でクーラーをつけて優雅に過ごしていた。

 

 文化祭、体育祭で使う衣装についてはクラス全員が何とか完成させた。

 鬼まんじゅうも試作品は問題ない出来だ。残りは体育祭の応援合戦だが、これは夏休み後半の文化祭準備期間に練習する事になっている。

 なので、オタク君は杞憂も無く、部屋でだらだらしていた。


『商店街でコスプレ祭りやるんだって! 見に行かない!?』


 オタク君の携帯の着信音がなり、画面を見ると優愛からのラ●ンメッセージが表示されている。 


「コスプレ祭りか、そういえば一回も行った事が無いな」


 2日間にわたり、商店街をコスプレOKにした大規模なお祭りで、世界中からコスプレイヤーが集まる日本最大級のイベントである。

 各国代表のコスプレイヤーがパフォーマンスを行い、どの国のコスプレイヤーが1番か選ぶコンテスト的な物もある。


 年2回の有明で行われるイベントに匹敵するほどの、オタク向けイベントではあるがオタク君はいまだに足を踏み入れた事は無い。

 何故か? 単純に中学生のお小遣いでは交通費だけでも高くつくからだ。

 では電車やバスを使わなければ良いのではと思うが、外の気温は軽く40度を超え、アスファルトが更に熱を帯び実際の温度は40程度じゃ済まない。

 そんな中、自転車で家から2時間もかけていくのは、自殺行為である。


 だが今年のオタク君は違う。定期券があるのだ。

 家から学校の中間地点にある商店街なので、定期券でいつでも実質無料で行けるのだ。


『興味はありますね。行きますか?』


『いや、ちょっと待った』


 ちょっと待ったコールをかけたのはリコだった。


『優愛、あんた遊んでばっかりだけど宿題は終わったの?』


 まるで母親のような言いぶりである。

 対して優愛の反応は無い。何度も書いては消してを居るのだろう。

 メッセージを書いている「……」マークが表示されては消えてを繰り返している。


『半分くらい?』


 やっと出てきたメッセージは、疑問形だ。

 オタク君は一連の流れで直感する。これは多分やっていない奴だ。


『半分って、全体の半分って意味ですよね?』


『英語が半分くらい』


『それ以外は?』


『半分の半分くらい?』


 つまり、あまりやっていないという事である。 

 画面を見て頭を抱えてため息を吐くオタク君。


『オタク君やリコはどうよ?』


『ほとんど終わっていますよ』


 オタク君は8割は終わらせている。真面目なので。


『アタシは全部終わらせたよ』


 リコはもっと真面目であった。

 この中で不真面目なのは、優愛だけである。



 そんなやり取りがあり、コスプレ祭りにはオタク君とリコの2人で行く事になった。

 優愛は家で宿題である。今日中に半分まで終わらせれば翌日のコスプレ祭りは3人で行こうと約束している。


「これは凄い熱気だな」


 商店街に近づくにつれ、体感温度が上がっていくのを感じる。

 人が多いせいか、場所的に熱しやすいせいかは分からないが、オタク君はサウナのような暑さを感じていた。


 普段からコスプレや奇抜な格好をしている人が多い商店街ではあるが、今日はいつもと比にならないほどのコスプレイヤーで溢れている。

 色々なコスプレイヤーが居るが、レベルの高いコスプレイヤーの周りには人だかりが出来たりもしている。


 レベルの高い人も居れば、ただ衣装を着ただけの人も居る。なんなら女子高生のキャラのコスプレしたおじさんだって居るくらいだ。 

 だが、コスプレのレベル関係なしに、誰もが笑顔で楽しんでいる。どんな人のどんなコスプレでも受け入れられている証拠だろう。


「噂に聞いていたが、思った以上に凄いな」


 商店街の入り口から見ただけでも凄い数だというのに、これが商店街の中に入ればさらに多くなる。

 ほぼ冷やかし参加でコスプレもせず、銃器のようなカメラも持っていない。そんな自分が入って良いのだろうかと悩み、立ち止まってしまうオタク君。


「お待たせ、そんなところ突っ立ってると邪魔になるよ。ほらこっち」


 思わず立ち止まっていたオタク君を、リコが見つけて人の邪魔にならないような所に移動する。


「いやぁ、凄い熱気で圧倒されてました」


「確かに熱気はヤバイね。ってかヤバすぎだろ。何度あるんだよここは」


 ちょっと毒づくリコ、見ると額だけでなく、腕や胸元にも汗が大量に噴き出ていた。

 オタク君も同じように汗が噴き出ている。

 優愛からもらった香水のおかげで匂いはある程度誤魔化せているが、このままでは効果が無くなるのも時間の問題だろう。


「やっぱり帰りましょうか?」


「なんでだよ!」


 あまりに場違いな上、コスプレはオタクっぽい。リコが嫌がるだろうとオタク君は気遣いをしたつもりだが、逆にリコが怒る結果になった。 

 しかし、リコが怒るのも仕方がない事だ。何故ならコスプレ祭りを一番楽しみにしていたのは、他ならぬリコだったからだ。


 アニメや漫画の好きなキャラをコスプレしてる人が見たい。でも行くのはオタクっぽい気がする。

 だから「小田倉がどうしても行きたいと言うから、付き添いでついて来て上げた」彼女の中ではそういう設定になっているのだ。

 なのにオタク君が帰ってしまっては、そんな自分への言い訳も出来なくなる。なので帰られるのは都合が悪かったのだ。


「ほら、明日なら優愛さんも居るから3人で来れますよ?」


「優愛が宿題終わらせてなかったら、どうするんだよ?」


「あー……」


 リコの言葉を否定が出来ないオタク君。

 だったら優愛が終わっていければ、明日改めて2人で来れば良いだけではあるが、そこまで思考が回らないようだ。


「そうですね。2人で見て回りましょうか」


「あぁ、それじゃあ早速写真を撮らせて貰おうか」


「えっ?」


 オタク君は見て回るだけのつもりだったが、リコは携帯片手にコスプレイヤーの元へ撮影して良いか突撃をしていた。

 許可を貰い、喜んで撮影するリコ。その姿を見てオタク君はふと思った。


「リコさんって、割とオタク気質なのでは?」


 もしも本人に聞こえていたら、烈火の如くキレ散らかされていただろう。

 彼女はそう、アニメや漫画を見るのが好きで、その映画を見に行くのも好きで、最近ではコスプレにも興味を持っただけの普通のギャルなのだから。きっと。


「小田倉なにしてるんだ。さっさと行くぞ」


「ちょっと待ってください。水分だけ先に取りましょう」


 近くの自販機で水を購入し、2人は商店街へ入って行った。

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