閑話「ときめきの思い出」

「オタク君、ここってどうやって縫うの?」


「ここは返し縫していくだけですよ」


 クラスメイトが全員揃った文化祭準備期間。

 オタク君がクラスメイト全員分の型紙を用意し、衣装作り講座を始めた。


 まぁ作ると言っても文化祭と体育祭の間だけ使えれば良い物なので、とても簡素な作り方になっている。

 布を張り合わせただけ、そんな表現が似合いそうな物だ。


 小学校の時の家庭科のエプロンくらいの難易度なので、簡単に作れますよと説明したオタク君。

 作り方を聞いたクラスメイトがそれぞれ手縫いで布を張り合わせていく。

 人数分のミシンを用意するのも、ミシンの使い方を説明するのも時間がかかるために手縫いである。

 まぁ、多少は時間がかかっても、手縫いなら確実に出来る。


 だが、実際はクラスメイトの半数近くが、作業を難航させていた。

 優愛もその一人である。


「オタク君マジうまっ!」


「これくらいなら、優愛さんも練習すればすぐ出来るようになりますよ」 


 オタク君の両肩に手を置き、後ろから覗き込みはしゃぐ優愛。

 針を扱っているので大変危険である。


 だがオタク君は優愛のスキンシップに全く動じる様子も無く、針が優愛に当たらないように位置を調整しながら縫っていく。

 完全にオタクモードに入っている。


 そんな様子を見せつけられるクラスメイト、となると起こるイベントは決まっている。


「田所、アンタどうせ不器用だから全然進んでないんでしょう」


「うるせー、気が散るからあっち行けって」


「小学校の時も、エプロンが完成しなくてお母さんに作って貰ってたよね」


「あーもう。そんなの昔の話だろ」


 オタク君のクラスメイトの田所と宮本。

 2人は幼馴染のようで、昔の事で宮本が弄っているようだ。


「ほら貸してみ。やってあげるから」


「チッ、ほらよ」


「全く、こんな事してくれるの、幼馴染の私くらいよ?」


「はっ、どうせなら小田倉みたいに彼女でも居ればもっと楽しめただろうな」


「ふーん。じゃあ可哀そうだから私がなってあげようか? 田所かどうしてもって言うなら」


「ハッ、言ってろ。宮本がどうしてもって言うなら考えてやっても良いけどな」


 2人にとってはいつもの口喧嘩である。

 だが、今日は違った。売り言葉に買い言葉とはいえ、恋人になってあげようかとお互い言ってしまったのだ。


「「……」」


 お互いに口にした後にしまったという顔をして無言になってしまう。

 俯き顔を赤くしながらも裁縫を続ける宮本に、赤くなった顔を背けた田所が話しかける。


「い、良い感じの喫茶店見つけたからよ。帰りによってかないか?」


「……うん。良いよ」


 そう、甘酸っぱい青春の一ページときめきメモリアルである。

 普段は勉強をする学び小屋で、日常とはかけ離れた非日常の文化祭準備期間。

 思わず告白まがいの事を口にしてしまったのは、そんな空気のせいだろう。



 そんな2人を見て、遠巻きにからかう者達が居る。

 

「うわっ、田所たちこのまま付き合うのかな」


「何言ってんの、前々からそんな空気出てたし今更じゃない」


「マジかー、良いなー」


「ほんと、羨ましいわよね」


(ここで「じゃあ俺達も付き合おっか」と言ったらどうなるだろ。でも振られた時に「冗談で言っただけだし」って言っても通じないよな)


(あーもう、ここは冗談でも「俺達も付き合おっか」って言う場面でしょ、何やってんのよ)


「お前も恋人欲しいって思ってるのか」


「そりゃそうでしょ」


 お互い好き合っているのに素直になれず、相手に好きと言わせるため恋の駆け引きが始まってしまっている。 

 これも、甘酸っぱい青春の一ページときめきメモリアルである。


 

 そして、男同士でつるんでる3人組。


「あいつら青春してんな」


「そういう浅井だって、隣のクラスに好きな子いるんだろ?」


「ちょっ、なんで知ってるんだよ!」


「ほほう。樽井、詳しく!」


 恋愛には興味ありませんと言わんばかりだった浅井だが、樽井と呼ばれた少年には意中の相手が居る事がバレバレだったようだ。


「聞いてくれよ池安、コイツ隣のクラスのさ」


「わー、やめろ!」


 必死に止めようとするが、それだけドタバタすればクラスメイトの注目を集めてしまうというもの。

 浅井の好きな人は隣のクラスに居る。結局この騒動でクラスメイト全員に知られる事になる。


「それで、今度の日曜日その子とその友達2人誘って遊びに行くことになったんだけど、お前らも来るか?」


「お、行く行く。浅井も当然行くだろ?」


「い、行ってやらんでもない」


 その後も恋バナで盛り上がる3人組。 

 彼らも甘酸っぱい青春の一ページときめきメモリアルである。



 文化祭準備期間、それは1年で最も甘酸っぱい青春の一ページときめきメモリアルが発生する時期である。

 学校中のあちこちで甘酸っぱい青春の一ページときめきメモリアルが発生している。


 普段は授業の始まりと終わりを告げるだけのチャイムでさえも。


(チャイムが鳴ったら、告白する!)


(チャイムが鳴ってる間に、クラスメイトにバレないように校舎裏に呼び出そう)


(チャイムに合わせて好きって言ったら、バレないで告白できちゃうかな)


 そう甘酸っぱい青春の一ページときめきメモリアルになるのである。



 そんな甘ったるい空気とは無縁の第2文芸部室。

 中に居るのは、チョバムとエンジン2人だけだ。


 何やら人間サイズの人型ロボットのような物を組み立てている。

 文化祭で出す展示物だろう。


「はー、どこもかしこもリア充ばっかりで嫌になるでござる」


「リア充はイッテヨシですぞ」


 お互いに女っ気がない事をグチグチと言っているが、表情は明るい。


「まぁ、彼女が居ないのは寂しいでござるが、エンジン殿とこうやって作業するのは楽しいでござるよ」


「チョバム氏、そんな事言われたら恥ずかしくてアボーンしてしまいますぞ」


 なんだかんだ言いながらも、文化祭の準備をする作業は楽しいのだろう。


「小田倉殿も呼べばよかったでござるな」


「そうですな。とはいえ、小田倉氏には優愛氏やリコ氏が居るから、完成まではそっちの相手をさせてあげようですぞ」


「そうでござるな。完成間際に呼んで、『手伝えなくてごめん』と申し訳なさそうな顔をする小田倉殿が目に浮かぶでござる」


 そう言って、チョバムとエンジンは少し笑う。

 彼らもまた甘酸っぱい青春の一ページときめきメモリアルである。

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