第28話「優愛さん。僕以外の男の人にベタベタしたらダメですよ」

「オタク君オタク君。次は何の準備する?」


「そうですね。メニュー表は今女子がやってて、衣装は皆で集まった時に作るので、飾りつけをしましょうか」


「うん」


 飾りつけは、折り紙を2つに切って輪っかを作るアレだ。

 凝った造りの物は美術部員のクラスメイトが作ってくれるので、簡単な飾りつけをオタク君達は作り始めた。


 本番を意識したレイアウトにしているが、いくら飾っても物足りなく感じてしまうのだろう。

 それぞれが思い思いに飾りつけを考えると、次から次へと追加されていく。

 教室はカラフルを通り越して、若干カオスになっている。


 そんなごちゃごちゃとした教室だが、誰から見ても楽しいが感じられる。

 これぞ文化祭の喫茶店といった感じだ。


「オタク君オタク君。どうよこれ、世界記録じゃね?」


「いやいや、長くし過ぎですよ。これじゃあ飾ろうにも地面についてしまいますよ」


 折り紙同士を張り付け、2mはありそうな、カラフルな輪っかが完成している。


「あはは、確かに。これどうしよう」


「そうですね……そうだ、試着用に作った衣装を貸し衣装にして、撮影スペースにこの輪っかを背景にすれば面白そうじゃないですか?」


「おお、確かに必殺技出してる感じが出るかも」


「後で使えるか僕が委員長に聞いておくので、これはこのまま置いておきましょうか」


「うん」


 普通に話しているように見える2人だが、今日はちょっと様子が違っている。

 優愛が事あるごとに「オタク君オタク君」と言いながら、引っ付きたがるのだ。

 作業しているオタク君の背中に張り付いて、何をしてるのか見たりと、積極的である。


 というのも、優愛はオタク君の事が好きかもしれないと意識してしまった。

 結果、自分がどのくらいの距離感だったか分からなくなっているのだ。


(わ、私普段こんな感じだったよね)


 急に意識してオタク君から距離を置いたりしたら怪しまれるかもしれない。悲しませるかもしれない。

 なんなら嫌われてしまうかもしれない。

 そう思って普段通りに接しようとしているが、普段よりもめちゃくちゃ近くなっているのである。


 もしここでクラスメイトが男子ばかりだったら、オタク君達はからかう対象にされていただろう。

 しかし女子が居る手前、男子は借りてきた猫のように大人しく2人を見守る事しか出来ないのだ。


 下手な事を言って女子の反感を買えば、自分たちが標的にされる。そして口喧嘩では女子に敵わない。

 なのでひっそりと、機会をうかがいながら見守るしかないのである。


「おーい、鬼まんじゅうの試作品が出来たぞ」


 そんなオタク君達を見ていたクラスメイトだが、鬼まんじゅうの試作品が出来たと聞くと、オタク君達への興味を失ったように鬼まんじゅうに群がり始める。

 花より団子である。


「おお、鬼まんじゅう久しぶりに食べたけど凄い美味いな」


「これだけ美味しいんだから、文化祭はうちのクラスが優勝じゃない?」


「さっき小田倉たちが貸衣装やるって言ってたから、かなり客が来ると思うぞ」


 普段は勉強をする場で料理を作り、それを食す。

 そんな非日常が、鬼まんじゅうを余計に美味しく感じさせているのだろう。


「オタク君は食べに行かないの?」


「うーん。あの輪に入るのは難しそうだし、まだ作ってるから今は良いかな。優愛さんは?」


「私もオタク君と一緒かな」


 なおも鬼まんじゅうに群がるクラスメイトを、全く仕方がないなと温かい目で見ている2人。

 先ほどまで同じような目で自分たちが見れらていたとはつゆ知らずである。


「次のが来るまで時間があると思うので、ちょっとトイレに行ってきますね」


「じゃあ来たらオタク君の分も確保しとくね」


「ありがとうございます」


 そそくさとトイレへ駆け出すオタク君。

 実はちょっとだけ我慢していたりする。女の子の前だからである。

 対する優愛は、オタク君の前でも平気で「ごめん、ちょっとオシッコ」というオープンぶりだが。


 文化祭の準備期間中だけあってか、トイレは大盛況であった。

 漏らすほどではないが、出来れば早くしたいオタク君。

 どこか空いていないかキョロキョロすると、丁度廊下の奥側のトイレが誰も並んでいないのが見えた。


「あっちに行こう」


 廊下の奥へ小走りするオタク君。

 トイレに入ろうとするが、中から聞こえる声に、思わず立ち止まってしまう。


「なぁ、E組の鳴海優愛って良くね?」


「あぁ、分かる。いっつもエロい格好してるよな」


「なんかショボイオタクみたいな奴に胸押し当ててたりするの見るし、絶対ヤリマンだぜあれ」


「俺、今度『やらせて』って頼んでみようかな」


 なおも卑下た会話は続いて行く。どんな体位でやりたいか、3Pしようぜ等と、オタク君からすれば聞くに堪えない内容だ。 

 オタク君、軽く深呼吸をしながらトイレへと入っていく。


「うおっほん」


 わざとらしい咳払いだ。

 だが効果は抜群だったようで、中で話していた2人組は「やべ」と言いながら逃げ出した。


 正直喧嘩になれば勝てる自信はなかった。筋肉があると言っても、オタク君のは伊達筋肉なので。

 それでも引けない何かを感じ、突入してしまったのだ。


(でも、あいつらの言う事も分からなくはないんだよな)


 普段から自分にべたべたしてくる優愛に、その無邪気さからオタク君は危険を感じていた。

 男女分け隔てなく優しいから、そういう勘違いを生んでしまう。それは優愛の悪い所だ。


(そうだな。その辺はさり気なく注意しようかな)


 悶々とした気持ちを胸に、教室に戻るオタク君。

 教室に戻ると優愛が出迎えてくれた。


「遅かったじゃん。オタク君の分も貰っといたよ。はいこれ」


「ありがとうございます」


 紙皿に乗った鬼まんじゅうを差し出され、受取頬張るオタク君。

 アツアツの鬼まんじゅうがその甘さを口の中全体に広めていくが、オタク君の気持ちは晴れない。


 不意に、オタク君の腕に優愛の肩が触れた。

 お互いが触れ合うような距離で、優愛が鬼まんじゅうを食べ始めたのだ。


(やっぱり言うべきだよな)


 こんな風に体を触れさせれば、相手に勘違いをさせてしまうだろう。

 しかし教室の皆が居る前で、聞こえるように言うのは流石に宜しくないだろう。

 だからオタク君は、こっそり優愛に耳打ちをする。


「優愛さん。僕以外の男の人にベタベタしたらダメですよ」


「は、はひ!?」


「分かりましたか?」


 顔を真っ赤にして、首を縦に振る優愛。


 (僕以外の男性にそんな事したら勘違いされるので)僕以外の男の人にベタベタしたらダメですよという意味で言ってるのだが、オタク君、完全に言葉が足りていない。


 誰もが突っ込まずにはいられないだろう。

 勘違いさせてるのはどっちだ。と。

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