第154話(委員長ルート)「それも良いけど、せっかくの文化祭だから小田倉君と周りたいかな」

 少し遅めの昼食を食べ終え、第2文芸部の部室を出たオタク君と委員長。


「あれ、メッセージが来てる」


 そろそろ優愛たちと合流しようかとスマホを取り出したオタク君。

 そのスマホには、優愛からのメッセージが表示されていた。


『もうしばらくここで遊んでるね』


 メッセージには、普段と違ったギャルメイクを施された優愛の自撮り写真が添付されていた。

 優愛の後ろでは、まんざらではなさそうな顔をしたリコが、めちゃ美にメイクをして貰っている。

 メッセージの後にも、何分か置きに別のメイクをしている優愛やリコの写真が添付されているので、きっと色々なメイクを試しているのだろう。


「優愛さん達はめちゃ美のところで楽しんでるみたいですね」


「そうなんだ」


 スマホを持つオタク君に顔を寄せ、一緒にスマホの画面を見る委員長。

 優愛の添付している画像を仲良く見ながら、どのメイクが良いか、このメイクってあのアニメを意識してるよね等と盛り上がる。 


「雪光さんもめちゃ美にメイクしてもらいに行きます?」


 めちゃ美はオタク君と仲が良い。なので、めちゃ美に「オタク君の好みのメイクをして欲しい」といえば、きっと希望通りのメイクをしてくれるだろう。

 だが、委員長はそこで思考を放棄したりしない。

 確かにオタク君ウケをするメイクをしてくれるだろうが、そこで優愛やリコも同じようにオタク君ウケするメイクをめちゃ美に頼むかもしれない。

 そうなると、せっかくオタク君ウケのするメイクをしても、優愛やリコと競合する形になってしまう。


(鳴海さんや姫野さんが隣にいたら、きっと勝てない……)


 自己意識の低い委員長。

 実際は優愛やリコに勝るとも劣らない彼女だが、優愛やリコと違い近づきがたいオーラと、オタク君以外には仲良くしないオーラ(実際はただの口下手なだけ)が出ているために、モテはするものの、告白するような猛者は現れていない。

 対して優愛やリコは、なんだかんだで告白される事が多い。その事を委員長は知っている。なので二人に対し、自分は劣っていると思い込んでいるのだ。


「それも良いけど、せっかくの文化祭だから小田倉君と周りたいかな」


 なので、めちゃ美のところへは行かず、どこか他の場所へ行こうと提案をした。

 そうした方が、オタク君を独り占めできるという算段もあるので。


「うん。良いですよ」


 そんな委員長の思惑に当然気づいていないオタク君。


「それでしたら、チョバムとエンジンも誘いましょうか」


 文化祭だから、皆で回った方が楽しいですよねと能天気に答えるオタク君。

 委員長の顔がちょっと曇っている事にも気づかず、チョバムとエンジンにスマホでメッセージを飛ばし始めている。


『鳴海殿達と一緒でござるか?』


『ううん、僕と委員長と二人だけだよ』


『拙者もチョバムもクラスの手伝いがある故に、もうしばらくは無理でござるな』


 オタク君のメッセージに返信を送ったチョバム。

 エンジンと共に、額に青筋が浮かべ、スマホの画面を見ていた。 


「あっぶねー、でござった。小田倉殿が委員長殿と二人っきりなのに、拙者たちと合流しようとかふざけた事抜かしてるでござる」 


「どうせ小田倉氏の事だから、じゃあクラスの手伝いに行くとか言い始めるですぞ。先手を打ちますぞ」


 もしチョバム達の教室にオタク君が来たら、実は自分たちが暇な事がばれてしまう。

 暇だと分かったら、きっと一緒に周ろうと言い始めるだろう。委員長が一緒にいるのに。

 いや、もし教室を離れられない事に納得してもらえたとしても、じゃあ時間まで一緒にいるよと言って教室に居座りかねない。

 委員長の気持ちを考えれば、オタク君と二人きりでいたいはず。なので、オタク君が自分たちの教室に来ることは絶対に阻止したいチョバムとエンジン。


『クラス展示を見に来て欲しいと犬山氏に頼まれていたけど、某たちは行けそうにないから、代わりに犬山氏のクラス展示を見に行って欲しいですぞ』


『分かった。あったらチョバム達の分までよろしく言っておくよ』


 チョバムとエンジンにメッセージを送り、スマホをしまうオタク君。

 

「エンジンたちの代わりに犬山先輩のクラス展示に行きますけど、雪光さんはどうします?」


「うん。一緒に行く」


 チョバムとエンジンのファインプレーである。

 見事にオタク君を導いている。

 が、導く方向が少し悪かったようだ。

 オタク君の背中に、不意に衝撃が走る。


「おっす。小田倉じゃん、来てくれたのか」


 後ろからガバッと抱き着いて来たのは犬山である。

 制服姿ではなく、何故かメイド服を着た。


「おっ、雪光も一緒?」


 後ろからオタク君に抱き着いたまま、犬山が委員長に声をかける。

 

「離れてください」


 が、挨拶もなく、抑揚のない声で言い放つ委員長。

 そんな委員長に物怖じする事なく「わりぃわりぃ」と悪気もなく笑う犬山。

 メイド喫茶の為に、何度も委員長と顔を合わせた犬山。始めの頃は他の人と同様に委員長の言動にビビリ気味だったが、能天気な性格もあってか、すぐに委員長の言動には慣れてしまっていた。

 今も委員長が目からハイライトを消し、首をカクンと傾げながら「いきなり抱き着いたりするのは失礼だと思いますよ」と言っているのを、笑って流している。


「と、ところでメイド喫茶は明日じゃないんですか?」


 急に抱き着かれ、顔を赤らめたオタク君が誤魔化すように話題を変えようとする。

 スキンシップの多めな優愛でも、ここまであからさまに抱き着いてくることは、あまりない。

 健全なお年頃の少年としては、流石に刺激が強すぎるというものである。


「あぁ、クラスの宣伝にな。小田倉のクラスもやってるだろ?」


「そういえば、そうですね」


 あっはっはと笑い、抱き着かれた事の動揺を必死に誤魔化すオタク君。

 よく分からないが、オタク君が笑っているので同じように笑う犬山。


「まぁ、私がこんな格好してても似合わないだろうけどな」


 そう言って更にあっはっはと笑う犬山。

 

「そんな事ないですよ」


「そうかぁ?」


「犬山先輩、日焼け姿のメイドというのは、メイド属性の中でも根強い人気があります。今日のメイクはちょっと中性的な感じにしたおかげで、短髪活発黒髪日焼けメイドというコンセプトを見事に体現しています。それが似合わないわけがないですよ。ねっ、委員長?」


「そうだね」


 誤魔化しついでに、委員長にオタク会話を振って場を和まそうとするオタク君。

 しかし、委員長の目からは更にハイライトが失われていく。

 

(あれ? 滑ったかな?)


 ダダ滑りである。

 好きな人が目の前で他の女の子を褒めていれば、良い気がしないのは仕方がない。


(どうしよう。小田倉君にそんな態度取るつもりじゃなかったのに)


 とはいえ、それを態度に出すのは宜しくない事くらい分かっている委員長。

 オタク君が自分に気をつかって、なんとか話題を変えようとしているのも分かるからこそ、余計に申し訳なくなる。


(でも、なんて言えば良いだろう)


 喋ろうとすると、余計に硬い言葉が出てしまう。

 自分がちょっと口下手なのは、委員長自身も理解していた。


「それより、犬山先輩のクラス展示見に行こう」


 なので、行動に出ることにした。

 オタク君の手を取ると、ぎゅっと握りしめる。


「えっ、委員長」


「ほら、早く行こう」


「あ、はい。犬山先輩は」


「あぁ、私は宣伝があるから良いよ」


 流石に状況を察した犬山。

 オタク君達に背を向け、じゃあなと軽く手をあげるとそのまま歩いて行く。


「それじゃあ、行きましょうか」


 そう言って歩き始めるオタク君と委員長。


(何か言われたら手を放そう)


 お互いにそう考えていたからだろう。

 二人ともしばらく手を握ったまま、文化祭を楽しんだ。

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