閑話「ギャルはオタクに恋してる」
学園祭二日目。
一日目はクラスごとの出し物だったが、二日目は各部活動での出し物になる。
文化祭で出し物をするのは、決まって文化部だった。
しかし、今年は運動部も出し物に参加できる。
始めの内は、クラスの出し物をしながらなので、部の出し物は微妙になりそう。
そんな不安が囁かれていた。
だが、蓋を開けてみれば、どの部活動もやる気に満ちた出し物ばかりであった。
校庭には校門に作られた入場門から人がひっきりなしに入って行くのが見える。
秋華高校の文化祭二日目も、十分な盛り上がりを見せていた。
そんな文化祭の中でも、ひと際人気の出し物があった。
校庭にある、天幕のみのテント。そこには椅子と机が並べられており、どの席も満席状態になっている。
忙しそうにあくせくと給仕しているのは、メイド服を着こんだ女生徒たち。調理部、水泳部、被服部の合作「メイドカフェ」である。
言うまでもないが、前日は「冥土カフェ」だった場所である。
「カンパイでござる!」
「カンパイですぞ!」
そんな人気のメイドカフェに、チョバムとエンジンはいた。
紙コップで乾杯をし、「ワーッハッハッハ!!」と高笑いをしながら、液体を飲み干す。
そして紙コップを机に置き、同時に声をあげる。
「「麦茶だこれ」」
彼らが注文したのは麦茶なので、中身が麦茶なのは当然である。
有名なネットミームのネタをやっているに過ぎない。
とはいえ、彼らがバカ笑いをしているのは、ネットミームのネタをやっているからだけではない。
今回の調理部、水泳部、被服部のメイドカフェにおける功労者として、彼らにはメイドカフェのフリーパスが渡されているのだ。
彼らの席も、彼ら専用の席として用意されている場所である。
本来なら一番の功労者はオタク君なのだが、オタク君自身は、メイドカフェ準備期間中に十分堪能していた。
なので、文化祭当日のフリーパスは断ったのだ。
まぁ、実際の所は、メイドカフェに行ってる姿を見られるのが恥ずかしいとか、優愛たちに「オタク君こういうのが好きなんだ」とジト目で見られそうだからなのだが。
準備期間中に、お手伝いと称してメイドカフェを堪能し、その姿を委員長に見られ、何度冷たい目線を貰った事か。
モテる男は大変である。本人にモテている自覚はないが。
「ご主人様。おかわりはどうしますか?」
チョバムとエンジンが麦茶を飲み干したのを見て、すかさずメイドが注文を取りに来る。
ガハハとバカ笑いをしていたチョバムとエンジンも、近くにメイドが来るとバカ笑いをやめてしまう。
吹っ切れているように見えるが、まだ一末の羞恥心は残っているようだ。
「某はコーラ、オプションに美味しくなる魔法をお願いしますぞ」
「拙者は、舌打ちオプションでサイダーでござる」
「かしこまりましたご主人様」
ヘラヘラしながら、何度もペコペコと頭を下げながら注文をするチョバムとエンジン。
コーラとサイダーは良いとして、オプションが明らかにおかしい。
が、メイドは笑顔を崩さずに、畏まりましたと言って、厨房である調理室へ向かって行く。
周りの客も、メイドもチョバムとエンジンのオプションに対し、特に訝しむ様子はない。
なぜなら頼んだオプションは実在するからである。
初めてメイド服を着た際に、誰かがこう言ったのだ。
『せっかくなら、本格的なメイドカフェにしよう』
メイドカフェではどんなサービスをしているのか調べた結果、美味しくなる魔法といったオプションが出て来たのだ。
普通なら、こんな恥ずかしいオプションを付けられれば嫌がるだろう。
事実、調理部も、水泳部も、被服部も最初はオプションの内容に頬をピク付かせた。
流石にこれは恥ずかしいから、メイド服を着るだけで良いじゃないかと。
だが、誰かがふざけてやってみると、それがちょっとだけ楽しく感じ、じゃあ自分もやってみようかなとなり、気が付けば皆が面白がってやるようになっていた。
きっと、文化祭という魔力のせいだろう。
先ほど注文を取ったメイドとは、別のメイドが、お盆に紙コップを乗せチョバムとエンジンの元へやってくる。
机にお盆を置くと、まずはエンジンの前にコーラの入った紙コップを置く。
「美味しくな~れ。キュンキュンキュン」
両手でハートマークを作り、美味しくなる魔法を唱えるメイド。
その姿に、エンジンの鼻の下が伸びる。
美味しくなる魔法が終わると、今度はサイダーの入った紙コップをチョバムの前に力強く置いた。
中身がチョバムの顔面に飛び散る勢いで。
「チッ」
そして舌打ちをして、お盆を下げるメイド。
そんなメイドの姿に、チョバムも鼻の下を伸ばしていた。
「ガハハ、メイドカフェ最高でござるな」
「全くですな。ガハハ」
もう一度乾杯をして、コーラを飲み干すエンジン。
「美味い。美味いですぞぉ!!」
気分は最高潮のようだ。
だが、何故かチョバムはテンションが下がり「そ、そうでござるな」と言いながらサイダーをチビチビと飲んでいる。
なぜか、などと無粋な事を言う必要はない。
チョバムが目線を逸らし、急に余所余所しくなった時点でエンジンは感づいていた。
恐る恐る振り返るエンジン。
そこには、般若のような顔をした詩音が立っていた。
「なにしてんの?」
両腕を組み、仁王立ちでエンジンを問い詰める詩音。
対して、エンジンは目が泳ぎ回り、大量の汗が噴き出ていた。
「えっ、いや、その。どこから見てました?」
「麦茶だこれとか言ってた辺りから」
つまり最初からバッチリ見られていた事になる。
もはや言い訳など出来ない状況である。
「違うんです。その、メイドカフェとかちょっと興味あったなと思って、ちょっと来てみただけで」
だというのに、女々しく言い訳を始めるエンジン。
ボディランゲージのつもりなのか、両手両足で奇妙な動きをしながら、なおも言い訳を続ける姿は、詩音でなくても見苦しく感じるほどである。
明らかに異様な、というか痴話げんかの空気を感じ、周りが生暖かい目線でエンジンと詩音を見守る。
チョバムは勘弁してくれといわんばかりに、目線を逸らしているが。
「メイド服くらい、言えばウチがいくらでも着てやるっつうの」
「えっ……」
フンッと鼻を鳴らし、詩音がそのまま校舎へと向かって歩いて行く。
座ったまま、手を伸ばし固まるエンジン。
詩音は明らかに怒っていた。
だが、最後の言葉がどんな意味かくらい、エンジンにも分かっていた。
それでも追いかけられずにいたエンジンに、チョバムが発破をかける。
「早く追いかけるでござるよ」
チョバムに脛を蹴られ、条件反射で「痛ッ!」と声が出るエンジン。
その瞬間、まるで魔法が溶けたかのように、体が動くようになったのを感じた。
「チョバム氏、かたじけないですぞ」
立ち上がるエンジンに、良いからさっさと行くでござると声をかけるチョバム。
もう一度かたじけないと言いながら、エンジンは詩音を追いかけて校舎へと走って行く。
一人残ったチョバムが、背もたれに体を預け、やれやれと独り言を呟きながら、ため息を吐く。
「ご主人様、おかわりはどうしますか?」
せっかくメイドが笑顔で接客をしてくれているというのに、チョバムは鼻の下も伸ばさず、まるで行き慣れた喫茶店のようにコーヒーを注文する。
賢者タイムである。
「甘いでござるな」
コーヒーを口にして、そう呟くチョバム。
ブラックのコーヒーだが、この日は甘く、そしてちょっとだけ酸っぱく感じた。
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