第155話「ようこそバーボンハウスへ」

 第2文芸部のドアが開かれる。

 一斉に部員の視線がドアに向けられるが、残念ながら客ではなく、メイドカフェから帰ってきたチョバムだった。

 それぞれが向けた期待の眼差しが、ため息に変わっていく。


 周りの反応に苦笑するチョバム。

 部室を見ると部員以外は誰もいない。客が来ていないのが伺える。

 そんな中で自分が入って来たら、初めての客だと勘違いをして、そんな反応になるのも仕方がないと分かっている。


「おかえり。思ったより早く帰ってきたね」


 苦笑気味のチョバムに、これまた苦笑しているオタク君が出迎える。


「色々あったでござるよ」


「そっか。それよりエンジンは」


「それも……色々あったでござるよ」


 少しだけ遠い目で、静かに答えるチョバム。

 普段ならメイドカフェでテンションが上がり、オタク特有の早口言葉で感想を述べてくるはずである。


「喧嘩とかしてないよね?」


「拙者とは喧嘩してないでござるよ」


 チョバムとは喧嘩はしていないので、嘘は言っていない。


「そっか、なら良いんだけど」


 チョバムのテンションも、もしかしたら優愛たちがいるから話しづらいのだろう。

 エンジンが来ない理由も、そこにあるのかもしれない。

 オタク君はそう考えて、追及するのをやめた。


 時刻はそろそろ十二時に差し掛かろうかといったところである。

 文化祭の入場が始まり、二時間が経とうとしていた。


 客はまだ来ない。

 代わりに来たのはエンジンである。


「うん、またなんだ。すまないですぞ」


 客がいない部室、部員たちの反応、先に戻ってきているチョバム。

 この状況から、彼はようやく言ってみたいセリフが言えたと満足そうである。

 第2文芸部、ゲームカフェ「バーボンハウス」

 当然だが、高校生の文化祭なので、酒類の提供はない。

 エンジンがどうしてもこの名前にしたいとゴネ、難色を示す教師を説得した店名である。


 エンジン以外には店の名前の由来を知らない。生まれる以前のネタなので。

 なので、有名なセリフは言えないかなと考えていたが、偶然にもそのタイミングが降って湧いたのだ。


「くだらない事言ってないで、中に入って。他のお客さんが入りづらくなるから」


「分かってですぞ」


 エンジンが戻ってきてから十数分。

 第2文芸部の空気は、とても重くなっていた。

 あれだけ和気あいあいと内装を変え、ああしようこうしようと意見を出し合い、頑張って用意した。

 というのに、人っ子一人来ない、空気も重くなるというものだ。

 入場が始まって一時間の頃はまだ「誰も来ないね」「他の出し物を見てから来るんじゃない?」などと客が来ない事すら話題に喋れていた。

 だが、もはやそんな事を言う余裕すらなく、気まずい空気が流れている。


 もしかしたら、客0で終わるんじゃないだろうか。

 そんな不安が脳裏によぎる。


「私達も、看板とか持って宣伝しに行く?」


 そして焦りから、そんな提案をし始めるのも、無理がない。

 優愛がそんな提案を口にしている時だった。


「おっ、空いてるじゃん」


 部室のドアがガラリと開かれた。

 オタク君たちよりも、一回り年齢が上の男女四人組である。


「ここって、第2文芸部ってところであってますよね?」


 初めての客である。


「ようこそバーボンハウスへ!」


 初めての客に、テンションが上がったオタク君たち。

 あらかじめ決めていた挨拶を、全員が口にする。


「リアルでそれを言われる日が来るとは……」 


 男女四人組はどうやら元ネタを知っているようだ。

 苦笑交じりで懐かしい等と口にしている。

 席に案内するために、オタク君が接客しに行くと、オタク君の姿をニヤニヤした様子で男性が見ている。

 そして大きく頷き、オタク君を指を差す。


「キミが『クラッチ』だろ!?」


 クラッチとは、オタク君のネトゲーをする際のハンドルネームである。


「えっ……というとマスター、ですか!? 本当に来てくれたんですね」


「当然よ。ギルメン連れてオフ会しに行くって言ったろ」


 彼とオタク君がリアルで会うのは初対面である。

 だというのに、まるで長年の友人に会ったかのように、馴れ馴れしくオタク君の肩に手を回し、嬉しそうに話しかける。

 対してオタク君は、普段ネットの中ではタメ口で仲良くしているのだが、リアルで年上の相手にどう反応すれば良いか悩み、敬語気味になっている。

 そんなオタク君の反応が楽しいのか、ウザ絡みのような反応をする男性。


「そうそう、俺の他に食いもんコンビを連れて来たぞ」


「うっす、とろろんマンだ。宜しく」


「おえっぷです。リアルでは初めましてだね」


 食べ物コンビと言われ、とろろんマンとおえっぷと名乗る男性二人組。

 とろろんマンはともかく、おえっぷは食べ物ではないと思うのだが、この際置いておこう。

 マスターと呼ばれた男性と違い、ウザ絡みをしてこないのでまだ話しやすいのだろう。

 以前ネトゲーで一緒に行ったクエストの事で、お世話になりましたと、お互いにお礼を言い合ったりしている。

 マスターも会話に加わろうとするが、とろろんマン、おえっぷに無視され、大げさに項垂れる。


 がっかりした様子のマスターだが、すぐに顔を上げ、表情が明るくなる。

 オタク君にヘッドロックをかけながら、もう片方の手でチョバムを指さした。


「となると、お前が『めちゃ美』だな!」


 唐突に指を差されめちゃ美と呼ばれたチョバム。

 そんなチョバムを見て「確かにイメージ通りだな」と納得した様子のとろろんマンとおえっぷ。


「拙者は違うでござるよ」


 首をブンブンと横に振り、自分じゃないアピールをするチョバム。

 

「じゃあ、お前が『めちゃ美』か!!」


 指を差されめちゃ美と呼ばれたエンジン。

 そんなエンジンを見て「思ったのとちょっと違うけど、まぁめちゃ美だし」と納得した様子のとろろんマンとおえっぷ。


「某も違うですぞ」


 チョバムの横で、同じく首を振って自分じゃないアピールをするエンジン。


「ん、クラッチ、めちゃ美もいるって話じゃなかったか?」


 答えようにもヘッドロックをかけられたままなので指を差せない。

 ヘッドロックをかけたマスターの腕を、力業で離すオタク君。

 以外にも力がある事に驚くマスターだが、次の瞬間、更に驚かされる事になる。


「いますよ。アイツがめちゃ美です」


 オタク君が指を差す先には、色黒ギャルである、めちゃ美がいた。


「ど、ども。めちゃ可愛い真美っす。へへっ」 


 どもりながら、めちゃ美が頭を軽く下げて挨拶をした。

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