委員長ルート 3
まるで都合の良い妄想のような展開だなと委員長は思った。
好きな人がわざわざ自分を見つけ出して、好きだと言ってくれる。
漫画やラノベでは、よくある展開。
だけどこれは現実。そんなこと起きるわけがない、だって、物語というのは結局誰かが想像した作り話だから。
「本当に……小田倉君……?」
そう言って、オタク君の顔に手を当てる委員長。
夢でも幻でも妄想でもない。本物の手触りがそこにある。
出来れば告白の答えが知りたいオタク君だが、何も言わず委員長のなすがままである。
そもそも、何を言えば良いか分からないので。
「でも、さっき、告白相手はもう、呼んであるみたいなこと、めちゃ美ちゃんと喋ってたけど」
「あぁ、それは雪光さんがここにいると分かったので、呼びに行く必要がなかったので」
時折委員長が、どこからともなく現れるのは、ロッカーに隠れているからだと薄々感づいてはいたオタク君。
部室に入った時の違和感で、既に委員長がロッカーに隠れている事にアタリをつけていた。
なので、委員長を呼び出す必要はなく、あとはめちゃ美を部室から追い出すだけだった。告白場面を見られるのが恥ずかしいので。
もしロッカーに委員長が隠れている事をめちゃ美に告げたら、告白を野次馬しようとしてくるかもしれない。だから、オタク君はあえて部室を後にしたのだ。
そのせいで委員長が勘違いをして泣いてしまったのだから、オタク君はもうちょっと配慮するべきだったかもしれない。
とはいえ、オタク君もオタク君で必死だったのだ。
委員長が自分に対し好意を持っていると分かっていても、やはり自己評価の低さから確信が持てず、告白が成功するかどうか分からない状況。
もしこれで断られでもしたら、恥ずかしいなんてレベルではない。
とはいえ、オタク君は委員長の答えはなんとなく予想がつき始めている。
泣き腫らした目で、先ほどのめちゃ美との話を聞いてくる委員長。
委員長は、自分が他の人に告白すると思い、泣いていたのだと。それほどまでに自分の事を好きでいてくれたのだと。
「……私で、良いの?」
「はい! 雪光さんが良いです!」
笑顔で頷くオタク君。
委員長の限界は、そこで越えた。
薄暗いロッカーから勢いよく飛び出すと、そのままオタク君に抱き着き、子供のように泣きだす。
いつからオタク君の事が好きだったか、優愛やリコがオタク君に好意を持ってると知り不安だったこと、自分なんかが選ばれると思っていなかったこと。
委員長の今まで言えなかった本心が、栓を抜いたように口からあふれ出る。
泣きじゃくる彼女の言葉は、断片的だったり、嗚咽交じりで何を言っているのか聞き取れなかったり、本人すらもはやワケがわからなくなっているほどだ。
それを聞くたびに、自分がやらかしたコトの大きさを知り、胸が痛むオタク君。
落ち着かせるために、そっと委員長を抱きしめ、相槌を打っていたオタク君だが、気が付けば委員長と同じようにオタク君も泣いていた。
二人の泣き声だけが静かに響く第2文芸部。
その泣き声も、段々と小さくなり、少しだけ鼻をすする音が聞こえてくる程度にまでなっていた。
「……泣いちゃった」
泣き腫らし赤くなった目と、少し落ちた化粧。
だが、そんな事を気にした様子もなく、いまだに目に涙を残しながらも笑顔を見せる委員長。
「僕もです」
同じように泣き腫らして目を赤くしたオタク君が、笑顔を見せる。
もう一度、ちゃんとここで告白しよう。そう思い口を開こうとするオタク君に対し、委員長が先に口を開く。
「あのね……一つ、聞いて欲しい事があるの……」
「聞いて欲しい事、ですか?」
委員長が神妙な顔つきで、少し戸惑い気味に、今までオタク君に隠していた秘密を打ち明ける。
言わなければ隠し通せる。もしかしたら言う事でこの告白がなかった事になってしまうかもしれない。
だが、それでも彼女は打ち明ける事を選択した。本当の自分を好きになって欲しいから。
「実はね、この格好。小田倉君の好みに合わせてしてただけなの」
「この格好って、地雷系って事ですか?」
「うん……」
俯く委員長に、オタク君も同じように神妙な顔つきで答える。
「いえ、雪光さんの事は好きですけど、地雷系が好きかと言われたら、別にそこまでなんだけど……」
「えっ?」
「僕が地雷系好きとか、誰情報ですか?」
「チョバム君とエンジン君だけど……」
「あー、うん。大変いいにくいんだけど、多分それ、ガセ」
「ガセ……」
オタク君と委員長の間に、微妙に気まずい空気が流れる。
委員長は、色々な事が起こり過ぎたためだろう。既に思考が停止してしまっている。
「あー、でも……」
そう言いながら、委員長を、もう一度抱きしめるオタク君。
「今は好きかもです。だって、雪光さんがその恰好をしてるから」
オタク君に抱きしめられ、少女の中の不安が、氷が水になるように解けていく。
好かれるために、何かの真似をしている偽物の自分。
オタク君が見ているのは、好いているのは、そんな偽物の自分の方ではないか。
だが、そもそもそんな恰好に、初めから意味がなかったのだ。オタク君の好みではなかったから。
そして、今はその恰好に意味があるのだろう。
好きな相手がいつもしている格好だから、好きになったと言ってくれるのだから。
「雪光さん。好きです。僕と付き合ってください」
「はい……喜んで」
夕暮れ時。
朱に染まる第2文芸部の部室で、二人の影がそっと重なる。
友達同士のキスではなく、正真正銘の、恋人同士のキスである。
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