閑話「学校の日々」
夏休み。
文化祭の準備もあるが、勿論夏休みの宿題もある。
それなりに真面目なオタク君は、そのどちらもそつなくこなしていた。
なので、オタク君に憂いはない。はずなのだが、ベッドの上で、複雑な表情をしてスマホを眺めていた。
「特典が、来場者特典が多すぎる!」
オタク君が最近ハマっているアニメ『ホースガール』。実在する馬を擬人化した人気アニメである。
それが映画化すると知り、ワクワクしながら公式サイトを見たオタク君。
そこには、6種類のランダムで渡される来場者特典が映し出されていた。
グッズを集めたくなるのはオタクの性。
そこに限定やランダムと書かれれば更に欲しくなってしまうものである。
特典のために映画を何度も見に行きたい。
そもそも、何回も見直しているほどにハマっているアニメ。
なので特典があろうがなかろうが周回する事はオタク君の中ではほぼ確定事項である。
しかし、一つ問題があった。
オタク君は一人で映画に行く度胸がない事である。
チョバムとエンジンは少々拗らせたところがあるため「流行り物に流されるのはちょっと……」な感じで一緒に見に行ってくれない。
その二人がダメなら、友達の少ないオタク君はほぼ詰みな状況である。
このままでは周回どころか、一回も見れずに終わってしまう危険性まである。
「希真理を誘うか……絶対に断られるだろうな」
オタク君の頭の中で「オタク臭い映画見に行くなんて絶対に嫌」と拒否する妹の姿が思い浮かぶ。
実際は、お兄ちゃん大好きっ子なので、誘えばなんだかんだ言ってついて来てくれるだろうが。
「どうしよう……」
などと呟くオタク君であるが、実際はどうすれば良いか理解はしていた。
理解はしているが、中々行動に移せないのは、オタク君の自分に対する自己評価の低さ故にだろう。
そして悩む事3時間。
そもそもどうするかは決まっていた。
後はただ、ちょっとの勇気だけで。
『良かったら今度映画行きませんか?』
この一言を、優愛、リコ、委員長に送るだけ。
何度も同じ文章を書いては消し、そしてついに送信する事に成功した。
それから数日後。
「あー、あの女の子知ってる。この前テレビのCMに出てた子だ!」
「はい。今回の主役の子ですね」
「そうなんだ」
オタク君は優愛と映画館に来ていた。ホースガールの映画を見に。
リコや委員長は誘えば来るかもしれないけど、優愛はアニメに興味がないから、来たらラッキー程度で考えていたオタク君。
残念だが、オタク君の誘いに優愛は来ないわけがない。
アニメにはあまり興味ないが、オタク君がせっかく誘ってくれたので、少しは予習してきた優愛。もちろん内容はさっぱり分かっていない。
可愛い女の子たちが、必死に走っている程度である。それと走り終わったら何故かライブをしている事か。
「ところで、この子達ってなんで走った後にライブしているの?」
競争するのは分かるが、競争した後にライブを始めるのは理解が出来ない優愛。
なので、オタク君と会話をする理由作りのために、あえて話題を振ってみた。
もしかしたら、自分が驚くような理由が出てくるかもしれないとちょっとした期待も持ちつつ。
「うっ……」
だが、優愛の言葉にオタク君は言葉を詰まらせる。
なぜなら、オタク君も何故ライブをしているか分からないからである。
なんなら映画を見に来た他の客も分かっていない。
分かる事は、ライブ姿がとても可愛いという事くらいである。
「実は、説明一切ないんですよ」
「一切ないのにいきなりライブしてるの!?」
「はい、いきなりライブしてるんです」
何とも言えない表情で「へ、へぇ~?」と返事をする優愛に、苦笑いで応えるオタク君。
周りの客も、2人の会話に内心では苦笑いである。
「お客様、2名様で良かったでしょうか?」
「はい」
「それではお席はどこが宜しいでしょうか?」
「オタク君。真ん中空いてるよ真ん中!」
ちょっとはしゃぎ気味な優愛に対し、照れくさそうな反応をするオタク君。
そんな2人を見て「若いカップルさんかしら」とほっこりする店員さん。
『オタク君』という単語に、内心どよめくお客さんたち。
色々な思惑と視線を背に、オタク君と優愛はシアタールームへと入って行く。
「映画、面白かったね!」
「そうですね。思わず手に汗握ってしまいました。特に……」
普段はあまりオタクを見せないようにしているオタク君が、ちょっと早口口調で良かったシーンの解説を始める。
そんなオタク君に、笑顔でうんうんと相槌を打つ優愛。
「そうだ、オタク君。これあげる」
「えっ、良いんですか!?」
優愛が差し出したのは映画の来場者特典。
オタク君が来場者特典の中身を見て「目当ての物のじゃなかったけど、これはこれで」と言っているのを優愛は見ていた。
目当ての物じゃないという事は、何種類かあるという事だ。
なので、自分の分を上げればオタク君は喜ぶだろうという算段である。
優愛の目論見通り、大喜びのオタク君。
シールで封をされた銀色の袋を開封すると、オタク君が更に笑顔になる。
「あっ、欲しかったやつだ!」
「そうなんだ。良かったじゃん!」
「はい! 大事にしますね」
嬉しそうなオタク君。
そんな嬉しそうなオタク君の顔を見れて嬉しい優愛。
WIN-WINの関係である。
こうして、オタク君と優愛の映画館デートは成功に終わった。
そして翌日。
「あー、これ最近流行ってるよな。弟が見てるから内容は知ってるわ」
「そうなんですか?」
同じ映画館に、オタク君はリコといた。昨日と同じ映画を見に。
決して深い意味はない。ただアニメの映画を優愛と一緒に誘うとリコが恥ずかしがって来ないかもしれないので、あえてずらしたのだ。
決して来場者特典が欲しくて、複数回見るために日にちをずらしたわけではない。決して。
「アタシは……弟は1期の最終話よりも、最終話の1個前の話の方が好きとか言ってたかな」
「あー、分かります。あの復活劇は史実を知ってると余計に『クル』ものがありますよね」
「そ、そうだな。弟もそう言ってたかな」
オタク君がどうしても見に行きたいから、仕方なく付き合って、弟が見てたからなんとなく内容を知っていますのていを装うリコ。
突っ込むなどと野暮な事はしないオタク君。下手に突っ込んで「じゃあ行かない」となっても困るので。
「席だけど、前の客から少し離れてる通路がある場所か、最前列で良いか?」
「はい。大丈夫ですよ」
前の客の座高次第では、リコが画面を見づらくなる。
なので、リコの身長を配慮した席を選ぶオタク君。
そんな2人を見て「昨日と違う女の子を連れて来てるけど、妹さんかしら?」とほっこりする店員さん。
「映画、思ったよりも面白かったな」
「そうですね!」
本音を言うと、とても見たかった映画なので満足のリコ。
2度目ではあるが、それでも楽しめたオタク君。
映画の感想を言いながら映画館を後にする2人。
「ほら、小田倉。やるよ」
「えっ、良いんですか?」
「家にあっても困るしな」
一度グッズに手を出してしまうと、そのままずるずると集めてしまいそうな自分がいる。
なので来場者特典をオタク君に渡すリコ。
嬉しそうに受け取り、中身を確認すると持っていない特典に大喜びのオタク君。
グッズを手放すのは少し惜しい気がするが、オタク君の嬉しそうな顔を見て、ちょっとだけ満足にリコが微笑む。
こうして、オタク君とリコの映画館デートは成功に終わった。
そして翌日。
「映画楽しみですね。史実だから結果はなんとなく知っていますが、それでも予告編を見ると内容がすごく気になってしまいますよね」
「分かります。なんか思わせぶりなセリフとキャラが多いんですよね」
同じ映画館に、オタク君は委員長といた。昨日と一昨日と同じ映画を見に。
委員長が優愛やリコとそこまで親しくないから別の日にしたとか、色々オタク君の中で御託はあるだろうが、ここまでくれば一種の清々しさまで感じてしまう。
そんな2人を見て、考える事をやめ、ほっこりする店員さん。
例に漏れず、帰りに委員長から来場者特典を貰い、特典をコンプリート出来てテンションが上がるオタク君。
こうして、オタク君と委員長の映画館デートは成功に終わった……かのように見えた。
そして翌日。
文化祭の準備のために、第2文芸部の部室に来たオタク君。
部室には、既に優愛、リコ、委員長、チョバム、エンジンが来ていた。
「オタク君、前に見に行った映画面白かったね」
部室に入ってきたオタク君に、嬉しそうに声をかける優愛。
そんな優愛の言葉に、リコと委員長が反応する。
「へー、優愛とも映画に行ったのか」
「なんの映画見に行ったんですか?」
この後、同じ映画をオタク君がそれぞれと見に行ったことがバレ、修羅場のような空気になった事は言うまでもない。
「エンジン殿。小田倉殿の行為は流石にどうかと思うでござる」
「誠ですな」
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