閑話「一日外出録オタク君」
オタク君、チョバム、エンジン。
仲の良かった3人であったが、彼らも高校を卒業し、社会人となり、いつしか家庭を持ち、育児などで昔のように会って会う機会はめっきり減っていった。
だが、そんな忙しい日々も、子供が成長していくとともに少しづつだが余裕が出来始める。
そして迎えた7月。
偶然にも、オタク君、チョバム、エンジンの3人が休日が被っていた。
オタクイベントで会う事はあるが、こういったプライベートで会う機会は中々なかった3人。
集まって遊ぶ約束をする流れになるのは必然。
『それで、何をするですぞ!?』
『今流行りのアニメが映画化したから、それを見た後にカラオケ、居酒屋で感想会とかどうでござるか?』
そろそろアラフォーのオタク君たちだが、会話が学生時代の頃とあまり変わっていない。
三つ子の魂百までも、ならぬオタクの魂百までもである。
『悪くはないが、せっかく集まったのに、なんか味気ないですな』
『そうでござるな』
『それじゃあ、僕の地元のお祭りとかどうかな?』
『お祭りでござるか?』
『確か、コスプレOKだからコスプレ客が多い祭と言ってましたな』
いつもと違う事をしてみたいが、出来ればオタクっぽい事をしたい。
コスプレOKの祭りなら、お祭りを楽しめなくても最悪コスプレイヤーを見て楽しむくらいは出来るだろう。
なので、まぁなんとなく感覚でOKを出すチョバムとエンジンだった、が。
「いやぁ、祭りですな!」
「出店がいっぱいでござる!」
当日、思った以上にお祭りを楽しむチョバムとエンジン。
「ねぇねぇ、なんか変わった入れ物のドリンク売ってるよ!」
もちろん、楽しんでいるのはオタク君もである。
コスプレイヤーを見ようかと言っていたはずが、目の前を通り過ぎるコスプレイヤーに目もくれず、出店に並んだ商品に目が釘付けである。
出店に並んだ飲食物は、普通で考えれば倍以上高い、いわゆるお祭り価格。
変わった入れ物に入っただけのソフトドリンクが一杯千円。
飲食店に入れば2~300円で買えそうな串物も、どれも1本千円近くしている。
オタク君たちは家庭もち、妻子がいるのだから、当然稼いだお金を全部自分で使う贅沢などできないお小遣い制。
決して多いとは言えないお小遣いで、お祭り価格の出店は厳しいものがある。
「拙者この哺乳瓶の容れ物選ぶでござる!」
「某は小田倉氏と一緒にポーション瓶ですぞ!」
「うわっ、底の部分押すとなんか光るよこれ!」
だというのに、気にせず一杯千円のドリンクを躊躇う事なう購入するオタク君たち。
「牛串良いな……一本ください」
「トルネードポテトにかかったコショウが多過ぎて健康診断が怖くなるでござる。だからこそ、背徳の味がするでござる!!」
「ヤキソバ買って来たですぞー」
なんなら出店の商品が目についたら、片っ端から買ってはシェアしたりしながら次々と食べていっている。
確かに出費は痛い。食べるなら普通のお店に入って食べればいくらでも安く済む。
だが、せっかくのお祭りである。せっかくの集まりである。
だからお金のことは気にしない。
後悔は明日の自分に押し付けるように、財布を気にせず、かき氷、冷凍みかん、たませんと次々と食していく。
ある程度お腹が満たしたところで、次の楽しみに入るオタク君たち。
「おぉ、あのコスプレキャラ懐かしいですな」
道行くコスプレイヤーを見ては、そのアニメ談議である。
「確か20年前に流行ったアニメの……えっ、20年?」
自分で20年前と言っておいて驚くオタク君。
「小田倉殿、何言ってるでござるか。流行ったのは5,6年くらい前でござろう?」
そんなオタク君に、キョトンとした顔をするチョバム。
チョバムの気持ちが分かるが、いつやってたアニメだったかスマホで調べると、20年以上前の日付が出て来て更に驚くオタク君たち。
まだ数年しか経っていないつもりが、その何倍も経っている。おっさんあるあるである。
「そ、それより、あのコスプレキャラ今流行りのアニメですぞ」
「あっ、本当だ。流行ってるだけあって同じコスプレの人が一杯いるね」
時間の流れに疎くなったのが歳を取った証拠。
その事実から目を逸らすように、話題を変えようするエンジン。
目を逸らしたいオタク君とチョバムも、無理やりその話題に乗って必死にはしゃいで見せる。
そんなこんなで、お祭りを楽しむ事一時間。
「どこかで休憩しない?」
必死に歳を取った事実から目を逸らしてみるが、体は正直である。
猛暑の中人混みを歩き続け、既に体力の限界が見えて来ているオタク君たち。
ここは商店街。
出店もあるが、もちろん喫茶店だって探せば何件かある。
そんなオタク君たちが選んだのは、一軒のバー。
中に入ればクーラーでキンキンに冷えた店内に、キンキンに冷えたビールが出てくる。
だというのに、オタク君たちは店の中には入らない。
店の前にある、テラス……と言うにはあまりにもお粗末な、椅子のないテーブルが数個あるだけの場所を陣取る。
何故わざわざ涼しい店内に入らず、日陰になるとはいえ、暑い外のテーブルを選んだのか?
「あっ、あのコスプレの人前に違うイベントで見なかった?」
「コミフェでコスプレの常連の人ですな」
お祭り客を肴にするためである。
若い学生たちがじゃれあっているのを見ては、学生時代の思い出話をしたり。
コスプレイヤーを見ては、あのアニメが良かったなどの話をしたり。
オタク君たちから見れば、道行く人々が、全て酒の肴なのだ。
そんな風にワイワイと騒ぐオタク君たち。
学生時代であれば、オタク君たちは恥ずかしがってここまでオープンに話せなかっただろう。
「すみません。自分たちのテーブルに料理置ききれないんで、こっちに置かさせて貰っても良いですか?」
「あぁ、どうぞどうぞ!」
「ありがとうございます。あっ、良ければ摘まんで貰っても全然良いので!」
「おぉ、それではありがたく。ですぞ」
「頂くだけでは申し訳が立たないでござるな。店員殿、すみません、ビール追加お願いでござる!」
気が付けば他の卓にいる人たちとも、和気あいあいとオタク話で盛り上がるオタク君たち。
酒盛りし、盛り上がっていれば、当然周りの興味を引く。
途中で酒を飲んでほろ酔い気分のオタクやコスプレイヤーが、引き寄せられるようにオタク君たちの輪の中へと入って行く。
もはやカオスである。
とはいえ、今日はお祭り。
羽目を外し過ぎて周りに迷惑が掛からないのなら、誰も咎めはしない。
「おっ、新しく人が来ましたよ」
「それじゃあ、乾杯するですぞ!」
「我ら、ハマったジャンルは違えど、アニメ好きは同じ!」
どこぞのコラ画像のようなセリフを吐きながら、何度目かの乾杯が行われる。
こうして、酒盛りをして気が付けば夕方。
まだ陽は高いが、先ほどまでの灼熱と打って変わって、湿気交じりの少し涼しい風が吹き始める頃。
一人、また一人と帰宅していく。
「今日は楽しかったね」
「そうですな。ずっと酒を飲んでただけの気がしないでもないでござるが」
「帰ったら『この酔っぱらいが!』と叱られそうですな」
酔いを醒ますために、一駅歩こう。
そう言って、線路沿いを歩くオタク君たち。
帰り道も他愛のない事で、盛り上がる3人。
「昔、欲しい漫画やゲームのために、バス代や電車代を節約するために3人で一緒にこうやって歩いたよね」
そんなオタク君の言葉に、懐かしいなと言ってチョバムとエンジンが笑う。
歳を取り、見た目も変わり、精神的にも成長したオタク君たちだが、くだらない事を言ってこの三人が仲良く一緒に歩くのは変わる事はないろう。今も昔も、これからも。
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