閑話「秋華高校ホストクラス」

 まだまだ夏休みの続く秋華学園。

 学園祭が刻一刻と近づき、どこのクラスも大忙し……ではなかった。

 何故なら、まだ空調が壊れたままなので。


「ったく、男子連中全く作業進んでないし」


 そんな風にオタク君のクラスメイトの女子がぼやく。

 机の上には、作業途中でほったらかしにされた物が散乱している。

 女子たちはそれらを手に取ると、作業を開始するのだが、和気あいあいというムードにはならず、皆が無言である。

 校舎の中は40度を超え、廊下では蜃気楼が揺らぐほどの灼熱地獄。


 こんなクソ暑い中作業をしていたのだから、投げ出すのも仕方がないと思う女子たち。

 だが、男子を責めた手前「暑いからやめよう」などと言いだすわけにもいかず、誰もが口をつぐみ、作業を黙々とこなしていく。

 そして作業する事数分。


「この暑さヤバいって。マジ死人が出るんじゃね?」


 最初に音を上げたのは村田の姉の方、歌音である。

 制服の胸元を開けると、下敷きで扇ぎ始めた。

 その姿を見て、一部の女子が「ちょっ、流石にオープン過ぎ」などと笑いながらも、廊下側のドアを軽く見ると、同じように胸元を開け、スカートをバサバサしながら同じように下敷きで扇ぎ始める。

 男子の前だったなら、彼女たちはこんな行動に出なかっただろう。

 なら、なぜそのような行動に出れたのか?

 今この場に男子が居ないからである。


 偶然女子がいない日が出来た。

 それを見た女子が提案したのだ。


「男子だけが作業しに来る日があるんだから、女子だけが作業しに来る日も作ろうよ」

 

 ちょっとした女子校気分を味わってみたい。そんな軽い気持ちの提案だった。 

 男子が確実に居ない。たったそれだけで、彼女たちは思った以上にオープンになっていた。


「暑いから体操服に着替えない? スカートじゃ蒸れるっしょ」


「わかるー」


 そう言って、一応ドアの小窓部分に画用紙を貼り中を見えないようにし、カーテンを閉めると、周りを気にする事なく女子たちがその場で着替え始める。

 女子更衣室でもない、ただの教室で着替えるという非日常ゆえか、それとも暑さからか少しだけ胸の高鳴りを感じる女子たち。

 締め切った事で、気温は上がったというのに、先ほどよりも楽し気な黄色い声で教室が活気づく。


「あっ、こんなの見つけたんだけど」


 そう言って女子の一人、宮本が摘まみ上げたのは男子用のカッターシャツ。

 先日、樽井と池安の手によって脱がされた、浅井のものである。


「男子の脱ぎ捨てたシャツとか最悪なんだけど」


 その言葉に女子たちがゲラゲラと笑う。しかし笑いながらも、目は笑っていない。

 誰もがそのシャツに目が釘付けになっているので。


「そういえばコスプレするんだから、男装とかも経験しておきたい……とかないかなぁ?」


 そんな宮本の言葉に、誰も反応を示さない。

 男子の脱いだシャツなど、汗臭いに決まっている。

 しかも夏場に放置してあった物。そんな物を着たがる女子などいるのだろうか?


(絶対汗臭そうだし、汚い……)


(あんなの着るとか罰ゲームじゃん……)


(それはキツイっしょ……)


 頭の中では反論する言葉はいくらでも浮かぶ。

 もし、誰かが「それはないって」と言えば、笑ってこの空気は流れただろう。

 しかし、誰一人反対意見を口にしない。


(でも……着てみたいかも)


 何故なら、男子が学園祭ノリで女装してみたいと思うくらいに、女子も学園祭のノリで男装をしてみたいからである。


「あっ、私消臭剤持ってるよ」


「そうだ、香水もかければ臭いとか気にならなくなるんじゃね?」


 その言葉を皮切りに、浅井のカッターシャツにオーバーキルになりかねないほどの消臭剤と香水が振りかけられる。

 完全に臭いを上書きされた浅井のカッターシャツ。 


「そ、それじゃあ、私が最初に着てみるね!」


「そのままだとアレだから、男子っぽくなるように髪型は縛ってみたら?」


「えっと、こんな感じかな?」


 浅井のカッターシャツを身にまとい、髪を一本に縛った宮本がキザ、というかナルシストっぽいポーズを決める。

 どこからどう見ても女の子にしか見えないが、女子たちはキャーキャーと「カッコいい」と口にしてはしゃぐ。


「あっ、私、次私!」


 浅井のカッターシャツを巡り、女子たちが奪い合う。

 まさか、浅井のモテ期がこんなところで来ていた事に、本人は気づかないだろう。

 まぁ……モテているのは浅井ではなく、実際は浅井のカッターシャツなのだが。


 そして始まる、ドキッ☆女子だらけのイケメン大会。


「あんな奴の事を忘れて、俺の女になれよ」


 (歯の浮くセリフが)ポロリもあるよ。


 浅井のシャツを着崩した歌音が優愛に壁ドンを決める。

 それを見て、女子たちは更にキャーキャーとはしゃぎだす。


 完全に異性の目から解放された女子たち。やっている事もノリも男子たちと同じである。

 暑さと開放感から、完全にアホになってしまっているようだ。


 あの真面目な委員長でさえも。


「どうして欲しいんですか? ちゃんと口にしてくれないと、分かりませんよ」

(訳:こういう時って、なんて言えば良いのかな?(゜Д゜;≡;゜д゜);)


 このはしゃぎようである。

 一通りイケメン体験をした女子たち、だが、まだ一人イケメンをしていない者がいた。優愛である。

 女子たちの視線が優愛に向けられる。


(えー……、それならオタク君のシャツのが良かったし)


 しかし、着ないわけにはいかない。

 何故なら女子は同調を重んじるので。

 それでも袖を通す気になれない優愛。

 どうするか悩む事数秒、女子たちがイケメンっぽい着崩し方をしていたが一つだけやっていない事があった事に気づく。

 カッターシャツを手に取ると、優愛はそれを右手に持ちながらバサッと右肩にかける。

 空いた左手で前髪をかき上げると、女子たちからひと際大きい黄色い声援が届く。


 気が付けば、暑さも忘れ女子たちはキャーキャーと夕暮れまではしゃいでいた。

 当然、作業など進んでいない。


「今度、男子に謝ろっか……暑くて作業できないの仕方ないよねって」


「そうだね……」


 チャイムの音でふと我に返った女子たちが、自分たちにアホな行為を思い返し顔を赤らめる。

 何故あんなくだらない事で盛り上がってしまったのかと。


 後日、文化祭の準備が全く進まなかった事を男子に責められ、気まずそうにしながら女子たちが謝ったのは言うまでもない。

 ちなみに、浅井のカッターシャツは、クリーニングに出してから本人に返却された。

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