閑話「ゴールデン腕相撲」

 夏休みの秋華学園。

 どこのクラスも学園祭に向け、大忙しである。

 が、この日は違っていた。


「流石にこの暑さはヤバいだろ!!」


 どこのクラスからも、似たような悲鳴が聞こえてくる。

 何故ならこの日は、学園内の空調が故障していたからである。

 40度を超える猛暑の中、コンクリートで出来た学校は当然熱い。

 教室に居れば熱が籠り、窓を開けたとしても、外の気温を考えれば、効果などあってないようなもの。 


 それは、勿論オタク君のクラスも例外ではない。

 暑い暑いと口にしながらも、作業をする手を止めないクラスメイト達。

 今すぐにでも作業を中断して帰りたい気持ちがあるものの、誰も帰らない中、我先にと帰宅すれば後日何を言われるか分からない。

 その気はなくとも、お互いがお互いを見張っている状態になってしまっていた。


 だが、いくら片意地を貼ったところで暑さが和らぐわけではない。

 一人、また一人と夏の暑さにやられていく。


(なんか変だ)


 いつものようにバカな会話をしている浅井、樽井、池安。

 だが、いつもはハイテンションの3人が、今日はどこかぎこちない様子である。


(どう見ても池安が色っぽい)


 何故なら、浅井と樽井には、池安が色っぽく見えてしまっているので。

 

「あっ、ボタンが……」


 滝のように流れ出る汗を拭こうとしたオタク君が、思わず声を上げる。

 毎日欠かさずしていた筋トレに熱膨張の力が加わる事により、オタク君の大胸筋は以前よりも盛り上がり、結果制服がきつくなり、胸元のボタンがはじけ飛んでしまったのだ。

 むわっとした空気と共に、オタク君の胸元が露出してしまう。


 ボタンがはじけ飛んだのは、本当に偶然である。決してオタク君が筋肉を自慢したかったからやったわけではない。

 しかし、偶然と言い張るには、流石に苦しい。

 そんな自分の行動を恥じ入り、顔を赤らめるオタク君。


(この小田倉……スケベすぎる)


 筋肉を見せつけながら顔を赤らめるオタク君に、男子たちが思わずときめいてしまったのは夏のせいだろう。

 胸元をしまおうとするが、ボタンもなければそもそもシャツのサイズも合っていない。

 仕方ないと、ため息を吐き、周りに照れ隠しの笑みを浮かべるオタク君。


「くっ、頭がくらくらする」


 そんな夏の暑さとオタク君の色香に、ついに犠牲者が出てしまった。


「大丈夫か浅井!」


 頭を押さえ、体調が悪そうにする浅井。

 そんな浅井に水を飲ませながら、樽井と池安が浅井を横にする。


「胸元を開けた方が良い」


「カッターシャツを脱がせろ。いや、Tシャツもだ。Tシャツも脱がせろ!」


 上半身を裸にされた浅井。

 そんな浅井の裸に、樽井と池安が思わずドキっとしてしまう。

 オタク君の筋肉は、男から見ても美しい程に鍛え上げられている。

 だが、美しい故に思ってしまうのだ。あれは高嶺の花だと。


 対して浅井の筋肉はどうだ?

 学生だから、授業で体育がある為にそれなりに運動はしている。

 たるんでいるわけでなく、かといって鍛え上げられているわけでもなく、いわゆる中肉中背。

 そんな中肉中背が、今はムキムキのオタク君よりも魅力的に感じてしまうのだ。遠くのバラより、近くのたんぽぽである。


「よう、一週間ぶり」


 がらりと教室のドアが開かれると、ドアの音に反応し、樽井と池安の思わず鈍ってしまった思考が少しだけクリアになる。

 だが、せっかくクリアになった思考がまた鈍っていく。

 ドアを開けた主が、軽く挨拶をしながら教室に入って行く。上半身裸で。


「こんなクソ暑いのに、よく制服なんて着てられるな」


 あちぃあちぃと言いながら、上半身裸で入ってきたのは青塚、秋葉である。

 2人は教室の隅で浅井が上半身裸にされて横になっているのをチラリと見るが、どうせいつもの3バカで騒いだ結果だろうと結論付け、浅井から視線をはずす、

 そして、代わりにセクシーな格好になっているオタク君に興味を示す。

 

「小田倉、ちょっと見ない間に、いい男になったな」


「よしてよ。そんなんじゃないから。青塚君と秋葉君こそ、良い体になってない?」


「そ、そうか? 実は最近浅井たちと鍛えててな」


 そう言って、腕を曲げ上腕筋を強調してみせる秋葉。

 

「ま、まぁ俺たちもそれなりにな」


 青塚秋葉が筋肉を自慢し始めたので、負けじと自分たちも脱ぎ始める池安、樽井。

 そして、何故かそれに続くように男子生徒たちも次々と脱いでいく。


 この日は、偶然にも女子がいない。

 もし女子がいれば、抑止力になっていただろう。

 だが、その抑止力はいない。そしてジリジリとした暑さが、1秒ごとにオタク君のクラスメイトの思考力を奪っていく。


「ダメだ。俺もう、我慢できねぇよ」


 フラフラした足取りで、樽井が机を動かしはじめる。

 そして出来上がったのは、即席の腕相撲用リングが数個。


「腕相撲しようぜ!」


 二の腕をパンと叩く樽井の言葉に、クラスメイトが目を見開く。


(なるほど、そうか!)


 何がなるほどそうかなのかは一切分からないが、心で繋がったオタク君とクラスメイトたちは、まるで誘われるようにリングの前に立つと、誰彼構わず腕相撲を始める。

 即席の腕相撲リングに女子の席を使わなかったのは、最低限の思考がまだ残っていたからだろう。

 腕相撲大会は、夕方になるまで続けられた。


「……俺たち、何やってたんだろう」


 イソイソと制服のカッターシャツを着る男子一同。

 

「今日の事は、誰にも言うなよ……」


 気まずそうな顔をして、挨拶も無しに着替えた男子から帰宅していく。

 後日、文化祭の準備が全く進んでいない事を女子たちから責められ、理由を説明するわけにもいかず、ただひたすら男子たちが平謝りした事は言うまでもない。

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