委員長ルート 5
初めてのバンド練習の日。
第2文芸部のメンバー全員で、学校の近くにあるスタジオを借り、記念すべき初演奏。
大丈夫か懸念していたオタク君だが、やはり大丈夫ではなかった。
優愛とリコはボーカルなので、歌うだけなのでなんとかなる。
めちゃ美はピアノを習っていたから、キーボードが十分弾けた。
委員長はオタク君が付きっきりで練習に付き合う予定なので、これから覚えていけば良い。
そして、チョバムとエンジンはというと、どちらも音楽ゲームでやった程度であった。
ギター型のコントローラーで遊ぶ音楽ゲームと、ドラム型のコントローラーで遊ぶ音楽ゲーム。
チョバムがやっているドラム型コントローラーの音楽ゲームは、ある程度本物と一緒なのでなんとかなるのだが、問題はベースのエンジンである。
「ボタンが、押すボタンが多すぎですぞ!?」
「いや、ボタンじゃなくてフレットだから……」
エンジンの言葉に、第2文芸部のメンバー全員が苦笑いである。
どうせそんな事だろうと思っていたのか、誰一人驚く様子はない。
試しに弾こうとしてみるエンジンだが、譜面を見ながらなのに違うフレットを抑え、違う弦を引いてしまう。
オタク君に指摘され、教えてもらいながら一つのフレーズを何とか弾いてみるが、次のフレーズで同じようなミスをしてしまう。
次のフレーズを練習すると、今度は前のフレーズを忘れてしまい、前のフレーズを練習すると次のフレーズを忘れての繰り返しである。
その様子に、誰も口出ししようとはしない。
不甲斐なさから、エンジンがちょっとだけ涙目になっているので。
普段だったらから、ここぞとばかりにからかうようなめちゃ美ですら黙ってしまっている。
重苦しい空気がただようスタジオ内。
だが、そんな中、オタク君は苦笑いを浮かべているが悲壮感はない。
「まぁ、そんな事だろうと思ったよ」
「申し訳ないですぞ……」
この中で一番身長が高いエンジンだが、今はがっくり肩を落とし、リコよりも小さく見える。
そんなエンジンを見て「仕方ない」と軽く笑みを浮かべると、オタク君が自分の荷物を漁り始める。
「エンジン、これ使ってみてよ」
「これは、VR機器?」
なぜと当然の疑問を浮かべるエンジンに対し、オタク君は良いからと言いながらエンジンにVRゴーグルを被せる。
VRの世界で演奏したとしても、現実世界では演奏できないのだから意味がないのではと当然の疑問を浮かべる面々。
だが、自信満々に何やら準備をしているオタク君を見て、何か策があるのだろうとあえて何も言わずに見守る。
「あれ……小田倉氏、これは!?」
「よし、トラッキングが完了したみたいだね。エンジン、ベース見て見てよ」
「ベースの弦が、フレットが光ってるですぞ!? それに、譜面が降って来てるですぞ!?」
VRゴーグルを被ったエンジンがベースを見たり、頭上を見たりして騒いでいるが、周りからはサッパリ意味が分からない。
「これなら出来そう?」
しばらく頭上を見たりベースを見たりしていたエンジンが、思い切ってベースを弾き始める。
上手く弦を抑えていないので、綺麗に鳴らず、途切れ途切れ。
ピックを握る手に力が入り過ぎているせいで、カチャカチャといった雑音も聞こえてくる。
それを演奏というには、あまりに酷い。
だが、それでもエンジンはベースを弾けるようになっていた。
先ほどまで、一フレーズで四苦八苦していたエンジンとは、まるで別人のようである。
「小田倉氏!!」
VR機器をつけたままだというのに、エンジンは迷うことなくオタク君の方向を向き、笑顔を見せる。
「これならいけますぞ!!」
笑顔で親指を立てるエンジンに、オタク君が満足そうに頷く。
エンジンがなんとかベースを弾けるようになった。
これにより、沈んでいた空気は軽くなり、空気が軽くなった事で、チョバムとめちゃ美が指を差し、ゴーグル姿のエンジンを思う存分馬鹿にし始める。
「二人共、言っとくけどエンジンからは僕たちが見えてるからね?」
「「えっ?」」
ニチャァと笑み浮かべ、中指を立てるエンジン。
まさか見えているとは思っていなかったのか、チョバムとめちゃ美が気まずそうに目を反らず。
「今エンジンに見せてるのはMRってやつで、VRゴーグルのカメラでARみたいに譜面とメロディーレーンが出るようにしたんだよ」
「なるほど。サッパリ意味が分からないでござる」
他のメンバーもチョバムと同じ意見なのか、神妙そうな顔でオタク君から微妙に目を背けている。
さっぱり分からないから、ここで目が合って「分かるよね?」と言われたら困るので。
とはいえ、言っているオタク君もそこまで詳しいわけではないので説明のしようがない。
「とりあえず、やってみれば分かるよ」
なので、一人づつVRゴーグルを付けてもらう事にした。
「やばっ、ベースの弦光ってんじゃん!?」
「ベースの弦にレーンが流れてくるから、それに合わせて弾けばいいのか」
「これ実質音ゲーでござらぬか!?」
「ベースを動かすとレーンも一緒に動くんすね」
オタク君が今回用意したのはVR機器のカメラ機能を使ったMR。
現実世界でVRのような演出を見せているのだ。
ベースをVRのカメラで記憶し、そこにゲームのような譜面が流れるようになっている。
音楽ゲームと比べれば難易度は跳ね上がるが、エンジンにとって紙の譜面を見ながら練習するよりは遥かに楽である。
初日の練習成果は上々であった。
上手く音が合わせられなかったり、曲の入りがバラバラだったり、優愛が歌詞をど忘れしたりと課題はいくらでもあるが、初日で委員長以外は演奏までこぎつけたのだから十分だろう。
そう、委員長以外は。
帰り道。
既に陽が沈み、街灯の明かりで照らされた道を第2文芸部のメンバーが和気あいあいとおしゃべりをしながら歩く。
会話の内容はバンドの話題ばかりである。文化祭ではどの曲をやるか、バンド名を考えようなど。
そんな明るい会話の中、一人だけ歯切れが悪く、俯きがちになっている委員長。
エンジンがベースを弾けるようになった今、バンドの足を引っ張っているのは言い出しっぺの彼女だけだからである。
誰も足を引っ張られているとは思っていないし、彼女を責める気など毛頭ない。
まだ始まったばかり。気にする必要はないのだが、自分だけが出来なかったら焦る気持ちが出てしまうのは仕方がないといえよう。
「雪光さん」
そっと、委員長の手を握るオタク君。
なにかと気が利く性格なので、委員長の思惑にも気づいていた。
ニッコリ笑うと、コソッっと委員長に耳打ちをする。
「今週の日曜、ウチで練習しませんか」
少しだけ顔を赤らめ、コクンと委員長は頷いた。
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