委員長ルート 6
日曜日。
小田倉家では、朝からギターの音が鳴り響いていた。
本来は昼過ぎに来る予定だった委員長が、楽しみ過ぎて朝早くから小田倉家へ「こんにちわ」をしたので。
オタク君としても、委員長が来るのは楽しみだったので、悪い気はしない。
だが、予定よりもあまりに早く来れられると、オタク君としては困る事があった。
「あら、こうちゃん。お友達が来てるの?」
そう、母親の存在である。
昼には妹と買い物に出かける予定だったオタク君の母。
思春期の少年にとって、母親とは、家に女子を呼ぶ際に最も厄介な存在である。
学校に忘れ物をしたのを女子が届けてくれただけでも、母親というのは「あらあら、もしかして彼女?」などとニヤニヤしながらからかってくるのは全国共通事項だろう。
そして、家に女子連れて来たとなれば、当然部屋まで入ってきて女子とおしゃべりをしたがる。
そんな事を母親にされれば、もはや恥ずかしいというレベルではない。
頼むから部屋に入って来ないでくれよと、祈る気持ちでいたオタク君。
その祈りは通じる事はなかった。
無遠慮に開かれたドア。
ルンルン気分で、息子の女友達を見ようとしたオタク君の母がそこで固まる。
オタク君の妹である希真理から聞いた話では、オタク君の女友達は「金髪のギャル」「背の小さい可愛い子」「語尾にっすを付けてる子」そして、「委員長」だった。
だが、目の前に息子といる女子はそのどれにも該当しない。
ド派手なピンク頭に、ドリルのようなツインテール。
そして、好きな人の家に行くのでいつもよりも気合の入った地雷系メイク。
委員長の姿を見て、オタク君の母は、完全に言葉を失っていた。
「お邪魔しています」
座布団の上で、ギターを抱えたまま座った姿勢で頭を下げる委員長。
委員長が頭を下げたのを見て、慌てて頭を下げ返すオタク君の母。
「こうちゃん、その子は?」
母親の言葉に、思わずビクっとするオタク君。
別にオタク君の母は、オタク君を責め立てるために言ったわけではない。
ただちょっと、委員長の派手さに驚いてしまっただけなのだ。
金髪や茶髪程度だったらオタク君の母も驚かなかっただろうが、流石にドピンク地雷系は刺激が強すぎた。
動揺を隠そうと、必死に笑顔を作るオタク君の母。
だが、張り付けた笑顔のせいで、余計に威圧感を感じるオタク君。
「えっと、彼女は雪光彩輝さん。同じクラスの委員長で……」
そこで一度、オタク君は言葉を切り、ごくりと唾を飲み込む。
そして、緊張して震えそうになりながらも、必死に声を絞り出す。
「……彼女です」
「ガールフレンド、って事?」
「はい……」
オタク君の母が委員長に視線を向ける。
オタク君の母と視線が合い、軽く頬を赤らめながら、コクリと頷く委員長。
その反応でオタク君の母は理解する。この少女は、本当に息子の彼女なのだと。
「あら、あらあらあら」
あらと一言いうたびに、笑顔になっていくオタク君の母。
息子が彼女を家に連れて来た事で、オタク君の母のテンションは爆上がりである。
その様子を見て、先ほどとは別の意味で嫌そうな顔をするオタク君。
この後、彼女に母親がウザ絡みをするのが予想できるからである。
そんなオタク君の予想に反し、オタク君の母親は「うふふ」と厭らしい笑みを浮かべ、静かにドアを閉める。
しばらくして、居間から何やらオタク君の母と、妹の希真理が言い合いをしている声が聞こえたかと思うと、ドタドタと音を立て、またオタク君の部屋のドアが開かれる。ちゃんとノックをして、オタク君が「どうぞ」と言ってから。
「おばちゃんちょっとお出かけしないといけないから、大したおもてなしも出来なくてごめんなさいね」
オタク君ではなく、彼女である委員長に声をかけるオタク君の母。
そんなオタク君の母に「あっ、はい」と控えめに返事をする委員長。
「こうちゃん。お母さんたち夕方までは帰って来ないから。そうだ、彩輝ちゃんはお家でご飯食べていく?」
「えっ、あっはい」
「そう。それじゃあこうちゃん。これで出前でも取りなさい」
部屋の中に入り、オタク君の前まで来たオタク君の母が、ニコニコと財布から一万円札を取り出し手渡す。
そして、念入りに「お母さんたち、夕方まで帰って来ないから」と言い残し、希真理を連れ家を出ていくオタク君の母。
小言の一つでも言われる覚悟をしていたオタク君だったが、小言は言わなかった事に安堵しつつも、代わりに「家には誰もいないし帰って来ない」アピールをする母親にそれはそれで恥ずかしい思いをしていた。
バタンと戸が閉まる音の後の静寂。
オタク君と委員長。話すタイミングが掴めず、頬を赤らめ照れくさそうに笑いあう。
家には誰もいないし帰って来ないアピールのせいで、変に意識してしまい、上手く話すことが出来ない。
内心これなら小言を言われてた方がまだマシとまで思うオタク君。
「と、とりあえず練習しましょうか」
「う、うん」
家の中にはオタク君と委員長だけ。
誰もいないし帰ってくる予定もない。
そんな状況で、愛し合う二人がいれば当然何も起きないわけが……。
あった。
誰も帰って来ないといわれても、それでもタイミングを図って母親が帰ってくるかもしれない。
そう思うと気軽にイチャつけないオタク君。
委員長も同じで、もしイチャついてるところを見られようものなら、オタク君の家にはしばらく来れなくなる。
なので、二人は真面目にギターの練習をしていた。
「ん? んん???」
弦を一つ抑えて弾く。
ただそれだけだというのに、委員長は苦戦していた。
アニメや漫画で、ギターを弾いた事がないキャラが初めてでいきなり演奏するシチェーションを見かけたりするが、現実にはまず無理なので。
エレキギターから繋がれたアンプからは、オタク君が弾けばポーンといった感じで低く伸びた音が出るのに対し、委員長が弾くと、ポンッと高く短い音になってしまう。
まだ慣れていないせいで、左手でギターの弦を押さえるだけでもいっぱいいっぱいの委員長。そんな状態で右手のピックで弦を弾こうとすると、左手の力が上手いように調整できず、抑える力が弱まってしまうのだ。
演奏やコードなどは二の次で、まずは音が出せるようにする練習。
弦を押さえる左手に力を入れ過ぎると、右手も同じように力を入れ過ぎてしまい、アンプから出る音よりも、弦をペチンペチンと弾く音が響いてしまう。
かといって、右手の力を緩めれば、左手の弦を押さえる力が弱まり音が出ない。
「あっ、出来た!」
「そうそう。上手です」
委員長がギターから安定して音が出せるようになったのは、夕方になってからだった。
音が出るようになり、少し興奮気味に喜ぶ委員長。
委員長が時計に目をやると、時刻は午後五時前。
一度ギターを置くと、対面に座ってたオタク君の隣に移動する。
「上手く出来たご褒美、欲しいな」
ギターから音が出せるようになったのは嬉しい。
だが、このまま家に帰れば多分自分は後悔するだろう。もうちょっと恋人っぽい事をしておくべきだったと。
気持ちに嘘をついても後悔するだけ。委員長は告白したあの日、嫌というほど思い知らされている。
なので、ちょっとだけ勇気を出し、オタク君に体重を預け、肩にもたれ掛かりそっと頭を差し出す。
委員長が何を求めているのか、今のオタク君には即座に理解できた。
そっと委員長の頭に手をやり、優しく、撫でる。
二度、三度と委員長の頭を撫でると、不意にオタク君の手が止まる。
なぜ手を止めたのかと気になり、オタク君を上目遣いで見上げる委員長。
「上手く教えたご褒美、僕も欲しいな」
委員長が見上げると同時に、そっと唇を寄せるオタク君。
そして、どちらからともなく離れる。
キスされて恥ずかしい委員長。
キスしておいて恥ずかしがるオタク君。
付き合い始めて半年だというのに、まだまだ初々しい二人である。
「嫌じゃなかったかな」
キスしておいて、今更ヘタレるオタク君。
そっと腕に手を回し委員長が答える。
「ううん。次回も上手く出来たら……またして欲しいな」
「……うん」
この日から、一緒にギターの練習をした日の終わりには、キスをする。
オタク君と委員長の、二人だけの、秘密の約束事になった。
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