第143話「お客様」

 旅館を探検するオタク君と優愛。

 少々寂れた感じの廊下。壁にかけられているやや古ぼけた絵画。

 ただ歩いて散策をしているだけだというのに、ドラマやアニメの世界のような雰囲気にオタク君も優愛も無言ながらもテンションが上がっている。


「そういえば、こういう旅館の絵画の裏ってお札とかが……」


 絵画を手に取り、裏を見た優愛の言葉が途切れる。

 無言で絵画を戻すと、何事も無かったかのように振る舞おうとする。


「オタク君、あっちにゲームコーナーがあるよ!」


 明らかにわざとらしい挙動を見せる優愛。

 ゲームコーナーへ足早に向かう優愛を追いかけようとするオタク君。

 だが、絵画の裏が気になって仕方がない。

 壺に花が活けられた絵の描かれた古ぼけた絵画。

 優愛を追いかける前に、ちょっとだけ見て見よう。そう思いそっと、オタク君が絵画に手を伸ばした瞬間だった。


「お客様」


「あっ、はい!」


 唐突に後ろから声をかけられ、ビクっと気を付けの体制になるオタク君。

 振り返ると、そこに居たのは部屋に案内をしてくれた年老いた女将である。

 怒っている、というよりは困っているような表情でオタク君を見ていた。


「申し訳ありませんが、当旅館内にある絵画などにはお手を触れないようお願いします」


「あっ、すみません」


 年老いた女将に言われ、オタク君は頭を下げた。

 飾ってある物を勝手に触ってはいけない。当たり前である。

 オタク君はオタクだからこそ、飾ってある物を無遠慮に触られるのがどれほど嫌かよく分かっている。

 だからこそ、好奇心に駆られた自分の行為を恥じ、素直に謝った。


「飾っている物の中には古い物もございます。触った拍子に壊れてお怪我をなさるかもしれませんので」

  

「そうでしたか。その、すみません」


「いえいえ、それではごゆっくり」


 素直に謝るオタク君に対し、年老いた女将が笑みを浮かべ、軽く頭を下げてから立ち去る。

 もう一度絵画を見てから、オタク君は優愛の元へと向かう。


「オタク君どうしたの?」


「いえ、なんでもないですよ」


 先ほどの注意されたことを優愛に話すか悩んだオタク君。


(もし優愛さんがまた飾ってあるものを触ろうとしたら、今度は僕が注意すれば良いか)


「そういえば、ゲームコーナーですけど、かなりレトロですね」


「うん。なんか古い映画やドラマとかに出てきそうなゲーム筐体が多いね」


 ゲームコーナーは、軽快なゲームの音楽が流れている。

 どのゲーム筐体も、今のゲーム機と比べて、なんならオタク君や優愛が生まれる前のゲーム機と比べても音の数が少ない。

 なんならオタク君や優愛の両親ですら「古い」と言いそうな程に年季が入った物である。

 ハンマーでモグラやワニを叩くゲームや、ハンドルのような物が付いた筐体。

 ジャンケンのゲームなど今の子は分からないものばかりだろう。

 もちろんビデオゲームも中にはあるのだが、どれも筐体は色あせて黄ばんでおり、画面も焼けて色が薄くなっている。

 そんな古いビデオゲームを見て、オタク君の目が輝く。


「これは、ミリタリースラッグ!? それに魔界大冒険も!?」


「オタク君、これ知ってるの?」


「はい、三十年くらい前のゲームなんですが、最近RTAで人気なんですよ!」


「RTA?」


「えっと、リアルタイムアタックの略で、ようはぶっつけ本番でいかにうまくプレイするかの競技です」


「へー」


 ミリタリースラッグや魔界大冒険は今もなお根強い人気があるので、事あるごとに移植されてきたタイトル。

 しかし、こうして昔のゲーム筐体で動いているのは初めて見るために、オタク君は興奮気味になってしまい、優愛相手についオタク会話をしてしまう。

 オタク君がなぜそこまで興奮しているのかがよく分からない優愛だが、隣で目をキラキラ輝かせながらオタク君が喜んでいる。だから自分も合わせよう。そんな感じである。

 こんな状況を招いた事をいまだに引きずっている優愛にとっては、オタク君が喜んでくれる事が何よりも嬉しい。


「じゃあオタク君一回やってみてよ」


「はい。もちろんです!」


 百円玉を取り出したオタク君の手がピタッと止まる。


「これ、二人プレイ出来ますから、優愛さんも一緒にやりませんか?」 


「そうなんだ。うん。やろうやろう!」


 ついつい盛り上がり、RTA動画で見たプレイをしようとしていたオタク君。

 だが、隣に立つ優愛の存在に寸前のところで気づくことが出来たようだ。

 よく分からないゲームを隣で立たされて見せられるのは辛いだろうという配慮である。 


「うりゃ! うりゃ!」


「優愛さん、それ僕のキャラです」


「あ、ほんとだ」


 熱くなると敵味方関係なしにデストロイしようとする優愛。 

 彼女は銃を持たせてはいけないタイプだろう。きっと。


「これで終わりな感じ?」


「そうですね」


 何度かのコンテニューの後に、エンディングまで到着し、ゲームの画面ではスタッフロールが流れ始める。


(面白かったし、帰ったらこのゲームやりこんでみようかな)


 思った以上に白熱したので、ノーコンテニューでクリアする、通称ワンコインクリアを目標に掲げるオタク君。

 エンディング画面を見ながら、完全に余韻に浸っている。

 優愛も、オタク君と一緒に遊べたことが楽しかったのか、少しだけ満足そうにエンディング画面を眺めていた。


「お客様」


「「うわっ!?」」


 余韻に浸っていたオタク君と優愛が、一気に現実へと戻される。

 声をかけたのは、先ほどの年老いた女将である。


「お食事の準備が出来ましたので、お部屋までお持ち致しました」


 年老いた女将はそれだけ言うと、ぺこりと頭を下げ去っていく。

 もう少し遊んでいきたいオタク君ではあるが、食事と聞くとお腹が途端になり始めた。

 台風のせいでまともに昼食を取れていなかった。色々と大変だったためにその事を完全に忘れていたのだ。

 自分がお腹が空いた事に気付くと、余計にお腹が減って感じるものである。


 それは優愛も同じであった。

 周りのゲームの音のおかげでオタク君には聞こえていないが、先ほどからお腹がぐうぐうとなり始めている。


「それじゃあお部屋に戻りましょうか」


「うん。そうだね」


 まだエンディングの途中ではあるが、席を立ちオタク君と優愛は自分の部屋へと戻っていった。

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