第144話「うん。停電かな?」

「うわっ、なにこれ凄くね!?」


 部屋に戻ると、机の上に並べられた料理に驚きの声を上げる優愛。

 刺身の盛り合わせ、一人前の釜、天ぷら、色とりどりの小鉢には、それぞれ山や海の珍味に旬菜などが盛られている。

 こういった旅館ならではの料理に、オタク君も優愛ほどではないが驚きの声を上げている。

 食べる前にスマホを取り出し、カシャカシャと写真を撮り始める優愛。

 普段はあまりそういった物を撮らないオタク君も、料理の美しさに、思わず写真に収めていく。


「これ、僕も食べちゃって良いんですかね」


 目の前にある料理が決して安くない事くらい、オタク君は理解していた。

 流石に優愛の両親にここまで甘えるのは気が引けるくらいに。

 そんなオタク君の言葉に、優愛が少し困った顔を見せる。


「オタク君が食べないのに、私一人で食べるのは気が引けるんだけど」


「いや、それはそうかもですが」


 優愛の言い分も分かるが、だからと言ってオタク君も素直にはなれない。

 帰ったら親に頼んで代金を肩代わりしてもらおうか、でもその場合この状況を説明しないといけない。

 その場合女の子と二人きりで旅館に泊まり、同じ部屋で一夜を過ごした事をどうごまかすか。

 うんうん唸るオタク君に、優愛がしびれを切らす。


「まぁまぁ、オタク君。とりあえず座って座って」


「あっ、はい」


 優愛は強引にオタク君の背を押し、机の前まで歩かせる。

 思考途中だったせいか、抵抗する事なく促されるままに机の前まで歩かされ、座らされるオタク君。

 オタク君が座ると、その隣に優愛が座り、箸で料理を摘まむとオタク君の口元まで運ぶ。


「はい。あーん」


「えっ?」


 オタク君。驚きの声をあげると同時に、口に料理を突っ込まれる。

 当然吐き出すわけにもいかないので、もぐもぐと咀嚼し、飲み込む。


「一口食べちゃったんだから、もう全部食べても一緒っしょ!」


 イタズラが成功した子供のような笑みを浮かべる優愛。

 そんな優愛を見て、オタク君がフフッと軽く笑う。

  

「そうですね。残したら勿体ないですし、お店の人にも申し訳ないですから、食べちゃいますね」


「うんうん」


「というわけで、お先に頂きます!」


「あっ、オタク君ずるい! 私も!」


 一口食べさせられたことにより、吹っ切れたオタク君が次々と料理に手を付けていく。

 負けじと優愛も、料理に手を伸ばす。仲良く隣同士に座っての食事である。


 おわかりいただけただろうか?

 何気なくオタク君に食べさせた最初の一口。

 それは、オタク君が優愛に「あーん」をして貰えた事に。

 いつもならそんな事をすればお互い恥ずかしがるというのに、今はそんな事もなく二人は料理を食べ続けている。


(この箸オタク君と間接キスじゃん……)

 

(優愛さんの箸、取り換えるように言うべきだったかな)


 もちろん、気にしていた。


「あっ、これ凄く美味しい!!」


「えっ、なにそれ、見た事ない料理なんだけど!?」


 照れ隠しに、ちょっとだけわざとらしくテンションを上げるオタク君と優愛。

 優愛さんもどうですと勧められ、箸を伸ばそうとした優愛の動きが止まる。


「あーん」


 優愛、口を開けて「あーん」のおねだりである。

 その様子に一瞬戸惑うオタク君。

 

「はい、あーん」


 そして料理を箸で摘まみ、恐る恐る優愛の口へと運ぶ。

 口元まで来たそれを、優愛がパクリとかぶりつく。


「う、うん。美味しいね!」


「そ、そうでしょ!」


 うんうんとお互いに笑いながら、照れ隠し。

 こうなっては、どれだけ腕の良いシェフが作ったとしても味が分からないだろう。

 ご馳走様である。


「そうだ。オタク君これも美味しいよ!」


 そう言って、優愛は適当な料理を摘まむとオタク君の口元へと運んでいく。

 そこまでされて気が付かないオタク君ではない。

 大人しくぱくりと食いつく。


「こっちも美味しいですよ」


 貰っておいて返さないのは、礼儀に欠ける。

 お礼と言わんばかりに、オタク君も箸で料理を掴み、優愛の口元へ持って行く。

 そして始まるのはあーんの応酬。どうしてこうなった?


 もはやオタク君も優愛も恥ずかしさから、完全に正常の判断が出来ていない。

 そこにあるのは、あーんをして貰ったのだから返さないといけないという謎の義務感と、その行為に対する羞恥心である。

  

 バカップルよろしくな食事を済ませ、寝るにはまだ早い時間。

 いつもなら優愛のマシンガントークが始まるところなのだが、あいにくの天気で会話を遮られてばかりである。

 窓を叩く豪雨はまだ良いが、強烈な音と光を出す雷が相手では、流石の優愛も会話が一瞬途切れてしまう。

 会話はテンポが大事である。どれだけ盛り上がっていようと、一度途切れるとどうしてもテンションが下がり、会話が続きづらくなる。

 始めの内は「でかいね」や「近くに落ちたんじゃね!?」と雷に対しテンションが高かった優愛も、段々と口数が少なくなっていく。 

 オタク君もオタク君で会話を広げようとするが、いつも会うか、会えない時でもスマホのメッセージで会話しているために、新しい話題が中々出て来ないでいた。

 そして沈黙する二人。

 

「きゃっ!?」


「うわっ!」


 ひと際大きな光と音と共に、部屋の電気が全て消えた。

 驚きの声を上げるオタク君と優愛だが、慌てたのはほんの一瞬である。

 雷の音と光と同時に部屋の電気が消えたのだ。いきなり停電したのならもっと慌てただろうが、原因が最初から分かっていればそう驚く事は無い。


「優愛さん大丈夫ですか?」


「うん。停電かな?」


「みたいですね」


 オタク君は懐中電灯代わりに、スマホのライトをつけて、部屋を照らす。 

 そして、部屋の入り口にソイツは、いた。

 妖怪ぬらりひょんである


「きゃあああああああああああああああ!!!!」


「うわぁああああああああああああああ!!!!」


 驚きの声をあげながら後ずさり、抱き合うオタク君と優愛。

 妖怪ぬらりひょんが、ニチャァと口角を上げる。


「お客様、今の雷で停電が起きたようです。申し訳ありませんが治るまでしばらくお待ちくださいませ」


 いや、妖怪ぬらりひょんではない。

 年老いた女将である。

 軽く頭を下げ、ドアを開け部屋を出ていく年老いた女将。

 その様子を、ただ黙って見ていたオタク君と優愛。

 年老いた女将が出て行ったというのに、二人ともまだ心臓がバクバクいっている。

 そして数分もしない内に電気が復旧する。

 

「いやぁ、ビックリしましたね」


「それな。マジちびるかと思ったわ」


 流石にその驚き方は失礼じゃないですかというオタク君に、いやいやオタク君の方こそビビり過ぎじゃねと笑いながら言い返す優愛。

 ひとしきり笑い気が付く。自分たちが抱き合い密着しているという状況に。


「「……」」


 お互いバッと離れ、正反対を向きを正座の姿勢を取る。

 何か話そうにも、気まずすぎる雰囲気である。

 

「そろそろ、寝ましょうか」


「そうだね。疲れたしもう寝ようか」


 机を退かし、布団を敷く優愛。

 優愛の布団から、少しだけ離れた場所にオタク君は自分の布団を敷いた。

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