第17話「(でも、同じ映画なら、また同じ場面で頭を撫でて貰えるかな)」

 金曜の夜。オタク君の携帯が鳴った。

 リコからのメッセージだ。優愛と一緒のグループメッセージではない、個別のメッセージだ。


『明日暇だったりしない?』


「あれ、グループメッセージじゃない。なんの用だろう?」


 その頃リコは、ベッドの上でぺたんと座り込み、携帯をじっと見つめていた。

 リコの部屋にあるTVからは、アニメのエンディング曲が軽快に流れている。


 実はリコはアニメや漫画が好きな部類だ。

 キャラに惚れたり、グッズを買ったりする程ではないが、結構な量のアニメや漫画を見ている。

 弟に毎月「漫画料」としていくらか支払い、弟の部屋の漫画を読ませてもらってる程だ。


 そんなアニメや漫画が好きなリコだが、譲れない点がある。

 グッズを買ったり、わざわざ映画館まで行ってアニメの映画を見ない。

 もしそれをしてしまうと、自分はオタクになってしまうかもしれない。そう思って今まで耐えて来た。


 しかし、最近ハマったアニメの映画がどうしても見たくなってしまった。

 映画オリジナルストーリーならともかく、第1期の続きを映画化するときたのだ。


 今までと比べ物にならない程に、見たい欲が強まってしまった。

 悩みに悩んだリコが出した結論は、オタク君の付き添いで映画に行ってあげようだった。

 誘いのメッセージを出しておいて、付き添いとは……。


「来たッ!」


 リコは携帯の音にすぐさま反応をして、メッセージ画面を開く。


『暇ですよ』


 オタク君はどうやら暇のようだ。

 ここで忙しいと言われたら計画そのものが破綻してしまう。

 まずは一手目が上手く行った安堵から、軽く息を吐いた。


『映画行かない?』


『良いですね。何か希望あります?」


 ちなみにリコが見に行こうと考えているのは、刀で鬼を退治する超ヒット作だ。

 以前、部室でオタク君がチョバムやエンジンをこの映画に誘った際に「人気過ぎて見る気が無くなった」と断られているのをリコは聞いていた。


『前に鬼を刀で倒すアニメの映画見たいって言ってただろ? アタシはそれで良いけど』


 あえてタイトルを出さず、自分は詳しくないですよアピールをするリコ。


『良いですね! 丁度見たかったんですよ。優愛さんも誘います?』


『優愛はアニメとか好きじゃないんじゃないかな』


『そうですか。じゃあ二人で行きましょう』


 翌日。

 オタク君が待ち合わせ時間に遅れないように、30分も早く待ち合わせの駅へ着いた。

 30分早く着いたにもかかわらず、待ち合わせ場所には既にリコが居た。


「すみません、お待たせしました」


「別に待ってないよ。そもそも待ち合わせの時間までまだ30分あるし」


 ちなみにリコは1時間以上早くから来ていたりする。

 それだけ映画が楽しみだったのだ。


「映画まで時間があるけど、チケット買いに行こうか」


「はい」 


 この時2人は、もっと早く出るべきだったと後悔する事になる。

 老若男女問わず超ヒット作の映画なのだから、当然チケットはすぐに売り切れる。


「すみません。そちらの映画は本日一般席は全て埋まっておりまして」


「本日って、今日上映する奴全部ですか!?」


「はい。全て完売でございます」


 驚きの余り、口をポカーンと開けるオタク君とリコ。

 仕方がない、諦めるか。そう思って帰ろうとした時だった。


「この後すぐに上映予定のカップルシートでしたら空きがありますが、如何でしょうか?」


「カップルシートですか。リコさんどうします?」


 カップルシートという単語に、オタク君は少々抵抗があるようだ。

 リコは気にしていない様子だが。


「アタシはそれで構わないけど?」


「そうですか。それじゃあそのカップルシートでお願いします」


 代金を支払い、チケットを受け取り映画館の中へ入って行く。

 映画館の中には所狭しと椅子が並べられており、通路に2人掛けソファがいくつか置いてあった。

 どうやらこれがカップルシートのようだ。


「小田倉、大丈夫?」


「はい、リコさんこそ大丈夫ですか?」


「うん。問題ないよ」


 小柄なリコと一緒に座っても、ソファは2人が座るには少々狭い。

 カップルがくっついていちゃつく事を想定した物なのか、単純にサイズミスなのかは分からない。

 こうも窮屈だと映画に集中できず、終わった後に痴話喧嘩を始めるカップルが出そうだ。


 しばらくして、照明が消え辺りが真っ暗になる。

 最初はオタク君もリコも窮屈さが気になっていたが、映画に集中しはじめると、それも気にならなくなっていた。


 映画も終盤にかかり、主人公をかばうために仲間が犠牲になるシーンでは、どこからともなくすすり泣く声が聞こえてくる。 

 オタク君も割と涙腺がヤバくなってきている。このままでは決壊してしまうだろう。


「……ぐすっ……」


 そんなオタク君の隣では、リコの涙腺が決壊していた。 

 オタク君はハンカチを手渡そうかと思い、ポケットに手を入れようとして思いとどまる。


(泣き顔見られるのは、嫌だよな)


 どうするべきか悩み、思わずオタク特有のキョロキョロをしてしまうオタク君。

 他のカップルシートで、男性が女性を慰めるように頭を撫でているのが目に入った。


(優愛さんの前じゃないし、大丈夫だよな)


 オタク君が右手をぎこちなく動かし、そっとリコの頭に乗せた。

 一瞬だけリコがみじろぐが、手を跳ね除けたり嫌がるそぶりは見せない。


 オタク君がぎこちのないままゆっくりと頭を撫でていくと、リコが体を預けるようにもたれかかる。


(これは、撫でて良いって事だよな)


 撫でるが選択肢に入った際に、オタク君は色々と悩んだ。

 悩んだ結果、リコの頭を撫でたいという欲求が自分にある事に気付いた。


 初めて撫でた時は、無意識で。

 2回目の時は要求されて。


 そういうのではなく、自分の意思で女の子の頭を撫でてみたい。そんな感情が生まれていた。

 優愛の前じゃないからとかは、オタク君が自分の心を誤魔化す理由にしか過ぎない。


 妹の頭を撫でる感覚とは違う事を感じながら、映画が終わるまで、オタク君はリコの頭を撫で続けていた。


「映画良かったな!」


「そ、そうですね」


 頭を撫でていた件について何か言われると思ったオタク君だが、リコはまるで何もなかったかのように振る舞う。

 あのシーンが良かった、最後は感動した。そんな映画の感想ばかりだ。


「良かったら、また観に行かないか?」


「良いですね。2回目はどこで見ましょうか?」


「えっ?」


「えっ?」


 リコはまた映画を観に行こうと言ったつもりなのだが、オタク君は同じ映画をもう一度見たいと捕えていたようだ。

 

「も、もちろん別の映画ですよ」


「そうだよな」


(でも、同じ映画なら、また同じ場面で頭を撫でて貰えるかな)


「リコさん、顔赤いですけど大丈夫ですか?」


「あー、何でもない。でも風邪かもしれないし映画も見たから今日はもう帰るか」


「そうですね。途中まで送りますよ」


「大丈夫だからここで良いって。じゃあまたな」


「そうですか、それじゃあまた」


 顔が赤いのも、また撫でて欲しいと思ったのもきっと気のせいだろう。

 ゆっくり歩いているとそんな事ばかり頭に浮かぶので、リコはオタク君と別れ走って家まで帰って行った。


(顔が赤いのは走ったから。うん、きっとそうだ)


 そのままリコは自分の部屋のベッドにダイブ。

 携帯を確認すると、オタク君からメッセージが届いていた。


『次は見たい映画有りますか?』


「映画か……」


 映画館の事を思い出し、なんとなく自分の手で自分の頭を撫でてみるリコ。


(小田倉が撫でてくれた時とは、全然違う)


「……アタシは何を考えているんだ!」


 枕に顔をうずめ、足をバタバタさせる。

 今のリコには、まだこの感情が何か、素直に認める事が出来ないようだ。

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