第16話「そうだよ。オタク君凄いでしょ!」
「ねぇねぇオタク君。遠足の班決まった?」
5月も終わろうかという時期。
オタク君の高校では1年生は遠足がある。ちなみに2年生は林間学校。3年生は修学旅行だ。
遠足の地は選択制で、バスに揺られて隣の県の観光地に行くか、地元の城を見に行くかの2択だ。
人気が高いのは地元の城を見る方だ。
行き先として人気はあるが、誰も城を見に行く人はいない。
ようは周辺を好きにぶらついて遊ぶだけなのだ。自由な校風だけあって遠足も自由だ。
遠方へ遠足へ行く場合、もし仲の良い友達が居ない場合ぼっちでバスに乗り、ぼっちで観光しなければならないのだ。
失敗した時のハードルが高い。遠方を選ぶのは、中学時代からの友達が同じクラスに居た人くらいだ。
それに地元を選ぶ場合は遠足の立て替え金も返ってくる。むしろ皆の狙いはそちらである。
高校生になり、自由な校風の元おしゃれがしたい学生にとって、立て替え金は貴重な資金なのだ。
当然オタク君も地元を選んでいる。お金が欲しいので。
「一応、僕入れて男子3人は決まったかな」
遠足の班決めは5-6人でするように言われている。
とはいえ、個人が好きに移動して良いので建前上の物でしかないが。
「私も友達2人決まったから一緒の班になろうよ」
「良いね。優愛さんの班と合流して良いか確認してきますね」
「うん。私もしてくる」
結果はどちらもOK。
特に反対意見が出る事無く決まった。
一緒に行動するわけじゃないなら誰でも良いが、探すのがめんどくさいので、と言った感じだ。
遠足当日。
「じゃ、俺らゲーセン行って来るから。小田倉は来なくて良かったのか?」
「ごめん、ちょっと優愛さんと買いたいものがあるから」
「そうか、じゃあ仕方ないな。今度一緒に行こうな」
「うん」
早速男子2人はゲームセンターへ向かったようだ。
本当はオタク君も一緒に行く予定だったが、優愛に買い物に誘われそちらを選んだ。
まぁ、普段からゲームをやりこんでいるオタク君が一緒に行けば、彼らは対戦ゲームではオタク君に敵わない。
下手にサブキャラで相手をしても微妙な空気になるだけなので、行かなくて正解だっただろう。
「えっと、村田さんだっけ。僕が一緒でも良かったのかな?」
「気にしない気にしない」
「小田倉君、偏屈過ぎてウケル!」
優愛と一緒のグループの女子、村田姉妹。
二卵性の双子なせいか、ギャルではあるがタイプがまるで違う。
茶髪にウェーブがかったサイドテールで活発な印象の姉と、ストレートで落ち着いた印象の妹である。
この印象のせいで、いつも妹が姉と思われ、姉が妹と思われる。
「ってかウチらは良いけど、小田倉君こそ良いの?」
「女子の買い物とか暇じゃね?」
「大丈夫ですよ。元々優愛さんの買い物を付き合う約束があったので」
具体的にいつ行くか決めていなかったので、オタク君にとっては丁度良いタイミングだった。
それに一人でブラブラしていれば、周りの誘惑に負けてせっかく手に入った立て替え金を使ってしまいそうになる。
「ってか、むしろオタク君が居た方が良いよ。オタク君ギャル物選ぶセンス良いから!」
「ちょっ、それ誉め言葉なん?」
「ウケル!」
「私の付け爪もオタク君が作った奴だし、今日の髪型もオタク君にやって貰ったんだよ!」
優愛が「ほら」と自慢げに爪や髪を見せる。
村田姉妹は口々に「うわすっげ」「マジヤバくね」と繰り返している。
「なに、優愛センス良いと思ったら、小田倉君にやって貰ってたの?」
「そうだよ。オタク君凄いでしょ!」
「マジすげぇわ。ちょっと今日の買い物超楽しみ」
なんならメイクもオタク君が手伝ったくらいだ。
移動中に、襟足エクステの上手な付け方や付け爪の作り方など村田姉妹から質問攻めにあうオタク君。
(……あれ?)
気が付けばオタク君の両側には村田姉妹が居るため、一歩後ろを歩いている優愛。
完全にオタク君を取られた形だ。
早速エクステを買うために店に入ったが、村田姉妹はオタク君にべったりのままだ。
「小田倉君、あっしらエクステに興味あんだけど、どういうのが良いか教えてくんない?」
「同じだけど、何でこっちのが安いん?」
「良いですよ。えっと値段の違いは材質ですね。耐熱と書かれてる方はドライヤーでブローしたり、ヘアアイロンで巻いて形を整えたりできるんですが、その分ちょっと高いんですよ」
「へぇ、じゃあ高い方買っとけば良い感じ?」
「あまり形を変えないなら、安い方でも良いですよ」
「色ってどう選べば良いの?」
店の店員かと思うほど、流暢に質問に答えるオタク君。
普段の彼ならギャル相手に圧倒されてドモっている所だが、完璧にオタクモードに入り相手がギャルという事を完全に忘れている。
もしかしたら、普段から優愛に刺激的なアプローチをされているから、ギャルに慣れてきているのかもしれない。
「小田倉君すげぇわ」
「マジセンスあんじゃん」
そんな様子を気にくわないと言った感じで見つめる優愛。完全に蚊帳の外である。
近くにあったエクステを掴むと、3人の会話に無理やり入って行く。
「オタク君、私もエクステ買いたいから選んで!」
むっとした顔でエクステをオタク君に突き出す優愛。
(優愛さん、エクステはこの前買ったばかりのはずだけど)
まだ買って一度も付けていないエクステがある。というのにオタク君に選んでと言っているのだ。
しかも怒ったような表情で。
(そうか。優愛さんは2人に僕が凄い所を見せて、仲良くなるキッカケを作ろうとしてくれているんだな!)
完璧な勘違いである。
鈍感と気遣いの合わせ技だ。
「分かりました。それじゃあエクステを選んだら、オススメのアクセサリーショップを見つけたので行きましょう!」
パッと表情が明るくなる優愛。
だが次の店に行った瞬間に、すぐに落ち込んだ表情になる。
「そうですね。お二人にはこれとか似合うんじゃないですか?」
「めっちゃ綺麗じゃん!」
「小田倉君マジ良い店知ってるね!」
先ほどのお店と同じように、村田姉妹がオタク君にべったりなのだ。
しばらくして、村田姉妹が優愛の様子がおかしい事に気付く。
(ちょっ、優愛のアレ。もしかしてヤバくね?)
(もしかしなくてもヤバイっしょ)
完全にふくれっ面をして、目に涙が溢れているのだ。
気づいて居ないのは、夢中になっているオタク君くらいだ。
(ってか、優愛小田倉君の事好きなんじゃね?)
(えっ、ウチらやらかしじゃん)
(しゃあなし、小田倉君には今度また付き合ってもらうとして、ここは優愛に返すか)
(りょ! じゃあ話こっちに合わせて)
オタク君を今度借りる事は、彼女たちの間では決定事項のようだ。
「あー、人増えて来てね?」
「わかるー!」
「このまま大通り歩いてたら迷子になりそうだし」
「たしかに!」
「手つないで歩くか」
「そうすっか!」
仲良く手を繋ぎ始める村田姉妹。
「小田倉君と優愛も手繋いどき」
「こんな所で迷子の呼び出しとかマジシャレにならないから」
人が多いと言えば多いが、はぐれたり迷子になったりするほどではない。
そんな2人の提案に困惑するオタク君と優愛。
「た、確かに迷子になっちゃうと大変だよね」
「うん。迷子になったら大変だしね」
(オタク君、冷静過ぎない!?)
(優愛さん、手を繋ぐって言われても全然気にしてない!)
そんな二人の会話を、マジかよこいつらと言いたげな村田姉妹。
あまりにもぎこちなさすぎる会話だ。
「オタク君が良いなら、私は構わないけど」
「優愛さんが構わないなら、手、繋ぎましょうか」
((こいつら純情かよ!))
オタク君と優愛、お互いそっぽを向きながら、指同士が触れ合う。
触れた瞬間に一度ビクっとした様子で離れて、しだいにどちらからともなく手を握った。
(どうしよう。本当に優愛さんの手を握っちゃった)
(オタク君の手って男子って感じがする。やっぱり大きい)
オタク君と優愛。恥ずかしさでそっぽを向いているが、お互い相手が気になりチラリと見ると目が合い急いで背ける。
「そ、それじゃあそろそろ行きましょうか」
「次はどこに行こうか?」
店に入れば自然と手を放してしまいそうな気がしたので、出来る限り店先のウインドウショッピングを提案する村田姉妹。
時間がたつにつれ、手を繋いでる事に慣れて来たかと思えば、思い出したように恥ずかしがってそっぽを向いてしまう。
困ったオタク君が握る力を弱めると、優愛が力強く握り返し。
優愛が弱めると、オタク君が力強く握り返すシーソーゲームのような状態だ。
村田姉妹はそんな様子を見て、何故か見ている自分たちの方が恥ずかしく感じ、顔を赤らめた。
彼女達は知らない。見ている側が恥ずかしくなる程の甘酸っぱい青春。人それを尊いと言う事を。
「あっ、そろそろ帰る時間じゃね」
「もう手を放しても大丈夫っしょ」
遠足時間が終わり、そろそろ帰る生徒たちとも鉢あう時間になって来た。
もしオタク君と優愛が手を繋いでいるのを見られたら、確実にからかわれるだろう。
本当はもっと見ていたいが、初心(うぶ)な2人をそんな目に合わせないように、手を放す提案をするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます