第85話「自然な感じで」

 商店街の一角で優愛が足を止める。


「ここだよ」


 そう言って、優愛は目の前の建物を指さす。

 建物を見てオタク君たちは苦笑する。あまりにオシャレ過ぎる建物に、苦笑するしかなかった。


(こんなオシャレなお店に自分が入って良いのだろうか)


 オタク君、リコ、委員長が同時に同じことを思った。

 しかし予約した手前、ここで帰るわけにもいかない。

 そんなオタク君たちの気も知らず、優愛が店に入っていく。

 優愛の後を追うように、オタク君たちも店に入っていく。

 ドアベルの音に反応し、店員が優愛たちに視線を向ける。


「いらっしゃいませ」


 営業スマイルと共に、一人の男性店員が優愛たちに近づく。

 近づいてきたのは、ウェーブがかったおしゃれな七三分けの若い男性。

 男性が優愛に馴れ馴れしく話しかける。


「おっ、優愛ちゃん。今日は言ってたお友達も一緒だね」


「うん。今日もよろしくー」


 馴れ馴れしい態度に嫌悪感を抱いた様子もなく、まるで友達のように接する優愛。

 そんな様子を黙って見ているオタク君たち一同。どう反応すれば良いか困っているようだ。

 キョロキョロしながら店内を軽く見渡すオタク君。

 店の中にはオタク君たち以外の客はいないようだ。

 優愛に話しかけてきた男性と同じ制服を着た女性が二人、それぞれが掃除や準備でせわしなく動いている。


「それで、そっちの子がウワサのオタク君かな?」


「えっ、ウワサですか?」


 ウワサの、と言われ思わず聞き返すオタク君。


「ちょっと、店長!」


「優愛ちゃんからオタク君の話はよく聞いているよ」


 顔を真っ赤にしながら「ちょっとやめてよー」と言いながらプンスカする優愛。

 それを笑いながら受け止める男性店員、もとい店長。大人の対応である。


「それ以上からかうなら。もう来ないよ!」


「ははっ。ごめんごめん。優愛ちゃんが初々しい反応したから、面白くてついね」


 大人の対応ではなく、大人気ない対応である。

 両手を上げ降参だと言わんばかりに身をすくめる店長。

 コホンと一つ咳ばらいをし、改めてオタク君たちに向き直る。


「ようこそ、僕は一応ここの店長なんかやってるけど、正直敬語は使うのも使われるのも苦手だから気軽に話しかけてくれ」


 そもそも、敬語が苦手だから自分で店を作ったんだけどねと笑いながら付け足す店長。

 対してオタク君たちの反応は微妙である。

 彼なりの気の利いたジョークのつもりなのだが、緊張してガチガチになっているオタク君たちには通じなかったようだ。

 だがそれも彼の想定内なのか、余裕の笑みは崩れない。


「さてと、それじゃあ僕はオタク君の担当をしようかな」


「えー、私じゃないの?」


「優愛ちゃんの相手をしてあげても良いんだけど、僕はオタク君の相手をしてあげた方が良いんじゃないのかな」


 そうだろと言いながらオタク君にウインクをする店長。

 どう反応して良いか分からず、照れたように後頭部をかきながら「ええ、まぁ」とあいまいに答えるオタク君。

 そんな様子を、少し顔を赤らめながら見る委員長。

 別に店長はオタク君を狙っているわけではない。 


 優愛に今まで聞いたオタク君の話を元に、彼が性格を分析した結果、自分がカットした方が良いと判断したのだ。

 女性慣れしていなさそうなオタク君では、女性の店員に変に遠慮して何を聞かれても「はい」と答えてしまいそうなので。 


 実際にその判断は間違っていない。

 前日まで「もし相手が女性店員で、話しかけてくるタイプだったら」と少し不安を感じていたオタク君。

 男性である店長が相手をしてくれるという事で、いくらか気持ちは楽になっていた。


「オタク君が終わったら、優愛ちゃんのカットをするから適当に寛いでて」


「仕方ないな、じゃあ待つ間にバリカンでリコを丸刈りにするか」


「おい!」


 早速リコにちょっかいをかけに行く優愛。

 物騒な事を言っているが、美容師の仕事道具やリコに触ったりしない辺り、やって良い事と悪い事は弁えてはいるようだ。

 

 案内されるまま散髪台に座るオタク君。

 その隣の席にリコが、更にその隣の席に委員長が座る。


「今更だけど、僕もオタク君と呼んで良かったかな?」


「あっ、はい、大丈夫ですよ」


 少し口ごもりながら答えるオタク君。

 店長の話し方や馴れ馴れしさが陽キャに近いため、完全に気後れしている。

 店長はオタク君に希望の髪型を聞くが、「自然な感じで」と曖昧な返事のオタク君。

 オタク君がネットで調べて、とりあえずそう答えれば何とかなると覚えた単語である。


「仕事柄帰るのが遅いから、よく深夜アニメを見るんだけど、深夜のアニメは面白いよね。最近はネットゲームのアニメにハマってるんだ」


「は、はぁ」


「やっぱり男としては、こう剣を持ってズバーンってやりたくない?」


「そうですね。やってみたいですね」


「そうだろ? やっぱり剣だよ剣。あのアニメの主人公は二刀流だけど、ぼかぁ大剣にロマンを感じるね」


 時折オタク君の髪をいじり「こんな風にして見るのはどうかな?」と聞きながらも、アニメの話を続ける店長。

 オタク君の返事は決まって「あっ、良いと思います」と肯定ばかりである。その辺りは店員が男女どちらでも変わらないようだ。


 オタク君の反応に普通なら困るところだが、店長はオタク君の微妙な表情の変化で何となく髪型の好みを掴んでいく。

 ウェーブをかけたり、全体を揃えたマッシュルームカット等は好きそうではない。 

 自然な感じにしつつも、ちょっとツンツンな感じにした髪型が好みなのだろうと当たりをつける。


 実際にオタク君も店長のカットに悪い気はしていないようで、少しづつ言葉がハキハキとし始める。

 オタク君自身が自分の好みに気付いていないので、自分の態度が変わっている事にも気づいていない。


 髪型に合わせ、眉のカットも行いながら、アニメの話を続ける店長。既に髪型の事は聞かなくなっている。

 オタク君の態度を見れば、満足なのか一目瞭然なので。

 ちなみに、アニメの話は店長の趣味である。


 深夜にアニメをよく見ると言うのも、深夜アニメは面白いと言うのも彼の本心なのだ。

 しかし、他の店員はファンタジーアニメの話にはあまり興味がなく、男性客でもアニメを見る人は少ない。

 見ていたとしても、本当に見ていただけで内容やキャラ、なんならタイトルも覚えていないというレベルである。


 アニメを見ている、アニメが好きだと言う事に対し羞恥心はない店長だが、アニメに興味が無い相手にアニメの話をするような真似はしない。

 なので、オタク君がお客さんとして来てくれている事を内心では喜んでいたりする。

 やっと語れる相手が来たので。


 緊張がほぐれ始め、オタク君も店長のアニメの話に乗り始めた。

 その頃、リコ、委員長の方では少々問題が発生していた。


「髪型はどのような感じにしましょうか?」


「自然な感じで」


 初めての美容院で、どう答えれば良いか分からないリコ。

 なので、とりあえずオタク君の言葉を真似してみた。

 オタク君ほどではないが、リコも髪型はショートなので変な風にされる心配は無いだろうと予想してである。


 その隣にいる委員長も、美容院は初めてである。

 リコの反応を見て、委員長の担当についた美容師に緊張が走る。


(まさか、分からないからオタク君って子の言葉を真似したりしないよね?)


「か、髪型はどのような感じにしましょうか?」


「……自然な感じで」


 そのツインテールを切り落とせと?

 美容師が笑顔を張り付けたまま、反応に困っていた。

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