第86話「小田倉君はどういう髪型好きですか?」

 何故二人はオタク君の言葉を真似て「自然な感じで」と言ってしまったのか。

 原因は優愛にある。

 話は前日に遡る。


 グループチャットに優愛からのメッセージが表示される。


『オタク君。美容院にはシャンプー持って行かないとダメだよ』


 優愛たちの間で流行っている、美容院に初めて行く人へのイタズラである。

 勿論「シャンプーを持って行かないとダメというのは嘘だよ」と後でネタバラシをする。

 だが、オタク君はネタバラシをされる前に嘘に気づいていた。

 かつてネットで「おまいらのせいで、美容院で恥じかいた」というスレで話題になったネタだからである。


『僕は持って行かないので、優愛さんはちゃんとマイシャンプー持ってきてくださいね』


『あちゃー、その反応、バレてたか』


 そんなちょっとした冗談の応酬。

 だが、それをちょっとした冗談と思わなかった者がいる。

 リコと委員長である。


 二人は優愛のメッセージを見てシャンプーを用意していたのだ。

 オタク君のネタバラシにより、持って行く事はなかったが。

 結果、二人は優愛に対し不信感を抱く事になる。

 もし優愛がシャンプーネタをやっていなければ、分からないから教えてと言われただろう。

 だが、どんなトンデモ知識を出されるか分からない、そんな不信感によりオタク君が頼られる事となったのだ。

 そして、その被害は美容師にいく事になる。


「そうですね。リコちゃんは確かストレート希望でしたよね」


「あ、あぁ、はい」


 美容師の髪型については先延ばし作戦である。

 まずはパーマをかけ、その時に会話をしながらどんな感じの髪型が良いかアタリを付けていくつもりなのだろう。


 ちゃん付けにちょっとムッとしかけるリコだが、近くでちょっかいをかけてくる優愛もちゃん付けで呼ばれている。

 多分そういう物なのだろうと思い、とりあえず溜飲を下げる。 


 美容師がリコの髪に薬剤をつけ、ストレートパーマをかけていく。

 その隣で、委員長の担当についている美容師は困っていた。

 自然な感じにと言われたが、流石にこのツインテールを切り落とすのは良くないだろう。

 かといって、どう切れば良いかも検討が付かない。

 なので、まずは髪質のチェックのために髪を触り始めた。


彩輝さきちゃんの髪は、これ結構傷んでますね」


 委員長の髪は目立つドピンクに染めた上に、毎日ツインテールをドリルに巻いているのだ。痛まないわけがない。

 難しい顔をする美容師を見て、委員長が少しだけ顔を青くする。


「痛んでるって、危ないですか?」


「うーん。まぁまだ大丈夫じゃないかな。髪質の補修しておこうか」


「お願いします」


「何度も綺麗に染め直してるのは良いけど、市販品だと痛みやすいからね。今度染める時はウチに来てやった方が良いかもね」


「そうします」


 営業トークっぽくはあるが、素人がやるよりはプロがやった方が良いのは事実。

 美容師はあえて触れなかったが、綺麗に染まってるとはいえ、どうしても染め直した部分がちょっとしたまだら模様になってしまってる部分もある。

 目立つわけではないが、美容師としては気になるところ。

 

「これって毎日巻いてるの? 大変じゃない?」


「小田倉君がこういう髪型、好きみたいなので」


 聞こえるか聞こえないか微妙な小声で委員長がボソッと返す。

 隣にいる優愛やリコには聞こえなかったようだが、美容師にはちゃんと聞こえていた。

 委員長の言葉を聞いて、美容師からニヤリと笑みが零れる


「そうなんだ」


 委員長の言葉で髪型についてアタリは付いたようだ。

 好きな人に合わせた髪型なのだから、下手に切らず整えれば良いだけだと。

 全体的に揃えつつ、痛んだ髪のケア。委員長の反応を見て毛先をほんの少しだけ短くしていく。


 程なくしてカットが終わった委員長。

 待合用の席に行くと、既にオタク君が座っていた。 

 

「あっ、委員長も終わったんだ。お疲れ」


「うん。小田倉君ももう終わったんだ」


「切る量が少ないですから」


 そう言って自分の髪を軽く摘まむオタク君。

 髪型に大きな変更はないが、髪も眉も綺麗に整えられ、ツンツン頭でちょっとワイルドになっている。

 オタク君本人はそう言いながらも満更でもない様子だが「どうですか?」と委員長に聞ける勇気は持ち合わせていない。


「うん。小田倉君似合ってるよ」


 なので、委員長が気を利かせ聞かれるまでもなく髪型を褒める。 

 委員長は気が利く性格なので。


「ありがとうございます。委員長もツインテール少し短くしたんですね。似合ってますね」


 褒められ少し照れくさそうに後頭部をかきながら、委員長の髪型について触れるオタク君。

 彼も気が利く性格なので。

 褒められて満更でもな委員長が、流れるようにオタク君の隣に座る。


「優愛さんとリコさんはもう少し時間がかかるみたいだね」


「そうですね」


 優愛は生え際の染め直し、リコはストレートパーマをかけるためそれなりに時間がかかる。

 待つ間の暇を持て余したオタク君と委員長が、ラノベやアニメの話題で盛り上がる。

 そんな二人を、時折混じりたそうに見る店長。

 もし店長の手が空いていたとしても、二人の雰囲気を見て混じる事はなかっただろうが。

 だが、混じりに行く者がいた。


「ヘアカタログとか如何ですか? 最近の流行はこんな感じですが」


 委員長の担当をしていた美容師である。

 現在お客さんはオタク君達四人だけ、そしてオタク君と委員長は既にカットが終わっている。

 なのでお客さんが二人に対し、美容師は三人で一人余っている状態である。


 他の美容師や店長を下手に手伝うよりも、次回の来店に備え好みの髪型を把握しようという魂胆だろう。

 先ほどの委員長の反応を見て、ラブ臭を嗅ぎ取っていたのもあるのだろうが。


「小田倉君はどういう髪型好きですか?」


「うーん、これかな?」


 ヘアカタログを指さし、「小田倉君はこういうの好き?」と次々と質問していく委員長。

 オタク君も「そうですね」と言いながら、この髪型ならこの髪色なら好きだなと答えていく。

 リアルの髪型ではあるが、オタク同士で見ればアニメやゲームのキャラ感覚で見れてそれはそれで楽しいのだろう。

 なんだかんだで盛り上がるオタク君と委員長。


(好きな男の子の趣味に合わせようとしている姿、良いわねぇ)


 他人の恋バナほど面白い物はない。といった感じでオタク君と委員長を見つめる美容師。

 唐突にオタク君が美容師に視線を向ける。

 見入っていた美容師が一瞬ビクっと驚く。


「あの、すみません」


「はい」


 少し裏返り気味の返事をする美容師。


「トイレって、どこですか?」


 少し恥ずかしそうに尋ねるオタク君。

 美容師に場所を聞き、トイレへ向かって行く。

 美容師と二人きりになった委員長。

 委員長、人見知りなせいか、ちょっとぎこちない感じでヘアカタログに視線を落とす。

 そんな委員長に、美容師が微笑みながら話しかける。


「ふふっ、小田倉君って子の事が好きなんですね」


「えっ」


「もし小田倉君の好みの髪型が変わったらいつでも言ってね、好みに合わせてあげるから」


 はいと言って名刺を渡し美容師。


「おーい、優愛ちゃんの髪乾かすの手伝ってくれ」


「はーい。それじゃ行ってくるね」


 やや困惑気味な委員長に「店に電話しづらかったら、メールでも良いから」と言うと、店長の手伝いに向かう美容師。

 美容師の言葉に対し、頭に「???」を浮かべる委員長だが、オタク君がトイレから戻ってくることには、いつもの委員長に戻っていた。


「ありがとうございました」


 優愛とリコのカットも終わり、美容院を後にするオタク君達。


「せっかく美容院でカットして貰ったんだから、服も買いに行こうよ」


「アタシは構わないけど、小田倉たちはどうする?」


「僕は構いませんよ。委員長は?」


「私も良いよ」


 それじゃあ行こうかと言って前を歩く優愛。

 だが、数歩歩いたところで「あっ」と言って立ち止まり、オタク君にくっ付き始める。


「オタク君、私に何か言う事あるんじゃないの?」


「えっと、今日は誘ってくれてありがとうございます」


「そうじゃなくて!」


「えぇ、あぁ、髪型似合ってますよ」


「本当!?」


 満足そうな笑みを浮かべ、オタク君にウザ絡みをする優愛。

 そんな優愛に対し、やめてやれと制止するようにオタク君と優愛の間に入るリコ。


(……あれ?)


 三人の様子を見ると胸がモヤモヤし、オタク君の顔を見るとドキドキする委員長。

 先ほどの美容師の言葉が頭に浮かぶ。


(もしかして私、小田倉君の事が好きなの?)


「あれ、委員長どうしたの?」


「ううん。何でもない」


 そのまま小走りでオタク君の横に付くと、歩幅を合わせて歩く。

 気持ちを表に出さないようにしている委員長だが、歩くたびに揺れるツインテールのように、彼女の心も揺れていた。

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