第112話「その……だって、オタク君、優しいじゃん」

 一方その頃。


「リコは頂いていく!」


「どうぞどうぞ」


「おいっ!」


 夜のキャンプ場。

 優愛たちのテントに入り込む二人の影。

 去年リコと同じクラスで友達だった女子達である。


 優愛がリコを羽交い絞めにすると、その隙に女子達が「確保ッ!」と叫びながらリコの自由を奪う。

 それだけ騒げば見回りの教師から「うるさい」と注意を受けるのは当然である。

 そして、大人しくなる一同。


「積もる話もあるから、リコと一緒にお喋りしたい~」


「ったく、初めからそう言え」


 ため息を吐き、あきれ気味のリコ。

 

「ちょっとこいつらのテント行ってくるから」


「はーい、リコ一丁お持ち帰りー」


「ラッピングはいかがいたしましょう?」


 なおもノリノリで意味不明なコントを始める優愛たち。

 ツッコミを入れたいリコだが、ここで何か言えば余計におもちゃにされるのは分かり切っている。

 更に深いため息を吐いて、さっさとテントを出ていくリコ。

 リコを追いかけるように、リコの友達もテントから出ていった。


 テントに残ったのは優愛と村田姉妹の三人。

 先ほどまで騒いでたというのに、その騒がしさが嘘のように静まり返る。

 そして沈黙を守る事数分。


「でさ、二人とも、実際のところどうなん?」


 沈黙を破ったのは、歌音である。

 いつものお茶らけた笑みを浮かべながらも、目が笑っていない。

 いわゆる「マジ」である。


「どうって、何が?」


 いつもの笑みを浮かべ、何のことか分かりませんと言わんばかりの優愛。

 だが、その額には冷や汗が浮かび始めている。


「そういうお姉ちゃんこそ、どうなん?」


 笑みを浮かべ、腹の探り合いをする二人と違い、もはや隠蔽は不可能と知り交戦モードの詩音。

 例え相手が姉であろうと、宣戦布告を受けてやろう。

 瞳に強い意志を宿らせ、睨むように姉を見る。


「えっ、なんでウチ?」


 歌音、いわゆる「えっ、マジ?」である。

 オタク君を巡る優愛と詩音の三角関係にメスを入れたつもりが、何故か自分に敵意を向けられ思わず怯む。

 助けを求めようと優愛を見るが、優愛も優愛でただ自分を見てくるだけであった。

 優愛と詩音、見据える先はただ一人。恋のライバル(と思い込んでいる)歌音である。


「いやいや、あんたら二人とも小田倉君が好きなんでしょ?」


 焦りながら説明をする歌音。

 それに優愛が反応する。


「えっ、詩音はエンジン君狙いでしょ?」


「ちょっ、待って。優愛なんでそれ知ってるの?」


「あっ、やばっ!」


 詩音とエンジンが出来ている事は、知らない振りをするはずだったが、オタク君絡みの話でポロっと口から出してしまった優愛。

 そこでシラを切れば良いものの、思わず反応をしてしまう詩音。


「待った待った。詩音がエンジン君狙いって、お姉ちゃん聞いてないんだけど!?」


 そしてまさかの情報に驚くしかない歌音。

 三者とも頭に「?」を浮かべながら顔を見合わせている。


「つまり、情報をまとめるとだ」


 そう言って、歌音は優愛を指さす。

 指さされた優愛は、ビクっと反応すると何故か正座になる。


「優愛は小田倉君の事が好き!」


「いやー、それはどうかなー? あはは……」


 この状況でもまだ誤魔化そうとする優愛。往生際が悪い。


「もうバレバレだから、素直になっとけ」


「……はい」


 そんな優愛に、真顔で歌音が指摘する。

 素直なまでに顔を赤くしながら、素直に小さく返事をする優愛。

 もはや恥ずかしさのあまり耳まで赤くし、両手で顔を覆い隠している。


「そして、詩音はエンジン君の事が好き!」    


 歌音がビシッと詩音を指を差すと、今度は詩音が正座になる。


「あー、うん……」


 優愛と同じく誤魔化したいが、誤魔化したところで真顔でマジレスされるのが分かり切っている。

 なので、素直に白状する詩音。当然顔は真っ赤である。


「そして、歌音はオタク君が好き!」  

「そして、お姉ちゃんはエンジンが好き!」


「なんでさ!?」


 反撃とばかりに、同時に歌音を指を差し、指摘する優愛と詩音。

 だが、即座に否定されてしまう。


「私達だけに吐かせて、自分だけ黙秘か!?」


「お姉ちゃん、別に怒らないから!!」

 

「いやいや、そもそもなんで私が小田倉君やエンジン君が好きなのさ!?」


 歌音に言われ、「それは」と言い返そうとする優愛と詩音。

 言い返そうとするのだが、理由が思い浮かばない。


 段々と冷静になっていく優愛と詩音。

 なぜ歌音に取られると思ったのか分からない。

 そして、一つの結論にたどり着き、頭から湯気が出そうになる。


「そんな風に不安になるくらい好きだって事っしょ」


 優愛と詩音が気付いたが、あえて口にしなかったことを平気で口にする歌音。

 必死に反論を試みる優愛と詩音だが、ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべた歌音に「はいはい」と流されるだけである。


「それで、どこが好きになったのかおじさんに話してみ? ん~?」


 卑下た笑みを浮かべ、耳に手を当てる歌音。

 

「その……だって、オタク君、優しいじゃん」


 もはや消え入りそうな声である。

 口にしてから、また両手で顔を覆う優愛。

 そんな優愛の反応に満足し、今度は詩音に耳を近づける歌音。


「なるほどなるほど。それで詩音は?」

 

 ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべているが歌音だが、その余裕は数分後には消えてなくなる。

 詩音による「エンジンのどこが好きになったか」という名の惚気話を聞かされ、逆に聞いている歌音が恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてしまうからである。

 余裕を見せてお姉さんぶったところで、彼女も恋愛クソザコナメクジからは変わりないので。

 近くで聞いていた優愛も、顔を赤らめながら真顔で聞いていたのは、いうまでもない。

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