第151話「別に、それでも良いし……」

「待った?」


「ううん。今来たところですよ」


 オタク君と委員長。まるでデートのような会話である。

 否。これは正真正銘、デートである。

 ほぼ同時に待ち合わせをしていた駅の構内についたオタク君と委員長。

  

「まずは映画から行きましょうか」


「うん」


 そして流れるようなスムーズな会話で、そのまま委員長を連れ出すオタク君。

 どの映画を見るかは事前に委員長と決めていたので、オタク君は迷うことなく券売機で映画のチケットを購入し、そのまま映画館の中へ入場していく。 

 二人が選んだ映画は、既に最終回を迎えた有名なアニメ、その最終回の後を描いた映画である。

 原作を知らずに見ると、内容が分からないが、オタク君も委員長もオタクなのでちゃんとアニメを必修している。

 

「最終回で完全に終わったと思ってたのに、まだ伏線が残ってたのはビックリでしたね!」


「うん。私も見るまでは映画になっても主人公たちがやる事ないと思ってたのに、これならまだまだいくらでも続けられそうな気がする!」


「そうですよね! 好きな作品だから、こういう形でも続いてくれると嬉しいです」


 オタク君も委員長も、映画の内容に大満足らしく、映画が終わった後に昼食のために入ったファミレスで、二人とも感想会に熱が入る。

 あのキャラの活躍が意外だった。まさかの伏線が残っていた。など、何巻の何話といったディープな話にもなったりしているが、そこはお互いオタク同士。

 そんなディープな会話も全然問題なく語りあえている。

 食事が終わると、今度はアニメグッズ専門店へ行き、漫画やラノベ、それにグッズを買ったりと、まさにオタク同士のデートである。

 オタク君にしては、見事な、いや、見事すぎるプランである。


(あっ、これラノベでやったところだ!)


 実際のところは、オタク君の発想ではなかったりする。

 

「デート、どうしようか」


 そう悩んだオタク君の辿り着いた結論は、ラブコメ作品を読む事だった。もちろん内容はオタク同士の。

 そして、オタク君の求める答えがそこにはあった。オタク同士の初デート回である。

 主人公の男の子が、デートまでオタクを出したらヒロインは嫌がるだろうと考えて気取ったデートに誘った際に、大失敗していた。

 結局そのお話の最後は、気取った事をやめ、お互いオタク趣味全開のデートをする事により楽しく過ごして締めくくられている。

 オタク君も、最初は気取ったプランを考えていたのだが、その話を読んで考えを改めた。


 確かに自分が変に気取っても滑るのは目に見えている。そうなれば、委員長に気をつかわせてしまうだろう。

 それなら始めからオタクらしいデートにしよう。そう考えたのだ。

 その作戦が見事功を奏し、委員長とのデートはラノベと同じように進んでいく。

 

(小田倉君とのデート、事前にラノベで調べておいて正解だった!)


 ラノベと同じように進むのは、それもそのはず。委員長も偶然同じラノベの同じ話を事前に読んでいたからである。

 デートどころか、オタク君以外の男の子と出かけた事がない委員長。そんな彼女がオタク君と同じ発想に行きつくのは当然と言えば当然である。


 もはや台本を演じている状態に近い。

 歪なデートである。


「小田倉君、これ読んだことある?」


「無いですね。面白いんですか?」


「うん。すっごくオススメだから読んでみて!」


「それじゃあ、一冊買ってみようかな」


 歪ではあるが、お互い楽しんでいる。

 オタク君も委員長も楽しいのなら、それで問題ないだろう。

 アニメグッズ専門店を出た後は、委員長の服を一緒に選び、オタク君の無理のない範囲で、委員長への誕生日プレゼントとして購入していた。

 その後も、ラノベのおかげで問題なく最後まで楽しい時間を過ごせたオタク君と委員長。


(小田倉君に買ってもらった服。いつ着ようかな)


 オタク君から貰った誕生日プレゼントの服を、大事そうに両手で抱えながらそんな事を考えルンルン気分の委員長。

 嬉しい事のはずなのに、少しだけ表情がかげる。


(小田倉君の好きな物を真似してる)

(小田倉君の好きな私の振りしてる)


 オタク君の事が好きになればなるほど、委員長の中の自分が語り掛けてくる。

 好きなのはお前じゃなく、お前の演じてるキャラだと。

 今回のデートもそうだ。お前はただラノベを見て演じただけだと。


「別に、それでも良いし……」


 かつて、オタク君と疎遠になりかけた時、オタク君の趣味に合わせたら自分に振り向いてくれるかもと思い、オタク君の趣味に合わせた自分になった。

 結果、オタク君と仲良くなり、その成功体験から、委員長はオタク君ともっと仲良くなりたいと思い、オタク君の趣味に合わせ続けた。

 そして合わせれば合わせる程、本当の自分とのギャップを感じるようになっていた。

 でも、オタク君と友達でいられるなら、委員長としてはそれで良かった。良かったはずだった。

 友情から愛情に変わると同時に、そのギャップは委員長を苛む心の闇に変わっていた。


(小田倉君が私を好きになってくれるなら)


 プレゼントを抱える委員長の手に、少しだけ力が入る。

 これを着たら、オタク君はもっと私を好きになってくれるはず。

 無理やりそう自分に言い聞かせ、いつもより少しだけ歩調を速め、委員長は帰路に着いた。

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