閑話「村田姉妹の事情」

「映画、中々面白かったじゃん」


「それな」


 オタク君と優愛を尾行目的で付いて来た村田姉妹。

 オタク君たちとは少し離れた席を取り、映画を見ていたのだが途中から目的を忘れ映画に夢中になっていた。

 映画が終わり、オタク君と優愛がゲーセンのプリクラコーナーに行くのを見届けてから彼女たちは帰路に着いた。

 もうこの2人は大丈夫だなと思い。


 実際はそんな大層な理由ではない。

 ミイラ取りがミイラになったというか、普段見ないタイプの作品に触れたせいで、その新鮮さから少々興味を持ってしまったのだ。


「なんかサブスクで魔法少女みらくる☆くるりん見れるみたいよ」


「んじゃ、帰って観るか」


 オタク君と優愛をそっちのけで、アニメが見たいから帰宅である。

 とはいえ、姉の方は「サブスクでちょっと見ようか」程度。

 対して妹の方はというと。


(ヤバイ、めっちゃくるりん可愛いんだけど)


 ハマっていた。 

 帰宅して、仲良く『魔法少女みらくる☆くるりん』をみる村田姉妹。

 劇場版は大人も楽しめるように作られているが、普段はどちらかと言えば子供向けの内容である。

 そこそこ楽しめているが、村田(姉)には少々退屈に感じるのか携帯を弄り始める。

 逆に、村田(妹)は画面を食い入るように見ていた。


「そろそろ夕飯出来る時間だし、リビング行くか」


 そう言って立ち上がる村田(姉)。


「うん。そうすっか」


 姉に答えるように、同じく立ち上がる村田(妹) 。

 姉が先に部屋を出て行った。妹はテレビの画面をチラリと見る。

 テレビには、まだ魔法少女みらくる☆くるりんが映し出されている。


(まだ途中なのにな……)


 村田(妹)は、少し後ろ髪を引かれる思いをしながら、姉とリビングへ向かった。 



 月曜。

 昼休憩の時間。村田(妹)は一人で廊下を歩いていた。

 姉や優愛と一緒に昼食を食べたのちに、「用事があるから」と言って教室を後にしたのだ。

 キョロキョロと誰かを探しながら歩く村田(妹)。

 どうやら目的の相手はすぐ見つかったようだ。

 遠くから見てもすぐ分かる程の長身、エンジンである。


「ねぇ、ちょっと良い」 


「ん? あぁ、鳴海氏のご友人の村田氏ですな。小田倉氏たちは上手くいきましたかな?」


「ちょっとそれについて話があるんだけど。放課後空いてる?」


「むぅ、分かりましたぞ。放課後空けておきますぞ」


「校門で待ってるから」 


 そう言って去る村田(妹)の後ろ姿を見送るエンジン。

 彼の顔は、少しだけ青ざめていた。

 ぶっきらぼうな感じで用件だけを伝えていく村田(妹)を見て、やらかしたと思ったからである。


 オタク君と優愛の中を良くしたい一心で勧めた映画だが、村田(妹)の様子を見る限りでは状況は芳しくないのだろう。

 もしかしたら自分のせいで余計に拗らせてしまったかもしれない。そんな風に考えていた。

 なので授業にも身が入らず、ションボリとした様子で1日を過ごした。


 待ち合わせの校門に向かうエンジンは、どことなく哀愁を漂わせている。

 まるで死刑宣告を待つ囚人のようである。


「おまた」


「今来た所ですぞ」


「そう、じゃあついて来て」


「はいですぞ」


 190を超える長身のエンジンだが、今は肩を落とし小さく見える。

 逆に、村田(妹)は何故か辛気臭い顔をしたエンジンが気になりつつも、ズンズンと前を歩く。

 エンジンに声をかけようにも、今にも死にそうな顔をしているせいで声がかけづらいようだ。 

 無言のまま、漫画喫茶の中に入って行く2人。

 今のエンジンには、何故漫画喫茶に入る事になったか疑問に思う事すら出来ない。


「ねぇ、くるりんってめっちゃ可愛くない?」


「……はっ!?」


 なので、ブースの中で、突然そんな事を言われ反応に困るエンジン。


「……もしかして、この作品好きじゃなかった?」


 あっけにとられるエンジン。

 その表情を見て、実はこの作品をエンジンは別に好きじゃないのではないかと不安になる村田(妹)。


「そんな事ないですぞ! 某もくるりんちゃんが好きですぞ。くるるんちゃんより好きですぞ」


 聞かれてもいないのに、どっちが好きかまで答えるエンジン。

 村田(妹)はその回答に満足したのか「やっぱくるりんだよね!」と言って笑顔になった。

 そのままPCを付ける村田(妹)に、エンジンが疑問をぶつける。


「小田倉氏と鳴海氏はどうなったか聞いても宜しいですかな?」


「あぁ、その2人なら上手くいったよ。サンキュー」 


「どういたしましてですぞ」


 上手くいったと聞き、胸をなでおろすエンジン。

 緊張が一気の溶けたようだ。


「それより、この回のくるりんとか良くね?」


 いつの間にかPCで魔法少女みらくる☆くるりんを流し始める村田(妹)。

 オタク君と優愛が上手くいったのに、何故自分が呼び出される事になったのか気になったが、なんとなく理由が分かったようだ。

 つまり、村田(妹)はくるりんについて語る相手が欲しかったのだと。


 姉は興味を持ちはしたが、ハマる程ではなかった。

 なので、語り合うのは難しいと判断したのだ。


 それでも、話せば付き合ってくれるかもしれない。

 だが、もしかしたら変な目で見られるかもしれない。

 そんな不安から、姉と魔法少女みらくる☆くるりんについて語る事は無かった。


 次の候補はオタク君だったが、村田姉妹とオタク君は同じクラスだ。

 姉にバレないようにコッソリ語るのは難しいだろう。

 それに、今はオタク君は優愛と話させてあげたい。

 せっかく優愛が上手くいってるのに、自分が入ったら邪魔になってしまうかもしれない。


 結果、エンジンを誘う事にしたのだ。

 面識が薄い上に、男慣れしていない事もあり、抑揚のない声で話しかけてビビらせる事になってしまったが、悪気があってやったわけではない。


 エンジンもその辺りはなんとなく察しているのだろう。特にその事について言及はしなかった。

 もしかしたら、それよりもくるりんについて語りたかっただけかもしれないが。


「分かりますぞ! 某は特に14話の、ゴフッ」


 エンジンが語ろうとした矢先に、みぞおちに村田(妹)の拳がめり込む。


「まだ途中までしか見てないんだから、ネタバレすんな」


「それは、申し訳ない、ですぞ……」


 思ったよりも痛かったのか、ちょっと涙目のエンジン。


「ゴメン、やり過ぎた」


「大丈夫ですぞ。それよりここのくるりんちゃんの笑顔が100点満点ですな」


「分かるわ!」


 PCの画面には満面の笑みのくるりんが映し出されている。

 それを見て、エンジンと村田(妹)も釣られて笑顔になる。

 夜になるまで、2人だけの魔法少女みらくる☆くるりんの鑑賞会は続いた。

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