第75話「はい。僕も優愛さんの事、もっと知りたいので」

「映画面白かったね!」


 未視聴アニメではあるが、オタク君から必要な情報を聞いたおかげか、優愛は映画を楽しめたようだ。

 満足気に笑う優愛に、オタク君もそうですねと笑顔で返す。

 

 ちなみにカップル用ポップコーンを購入し、ポップコーンを取ろうとしてお互いの手が触れ合う。などというドキドキ展開は無い。

 学生にとって、映画館でポップコーンを頼むのは金銭的なハードルが高いからである。


 優愛とオタク君が映画の事を語りながら、映画館から出ていく。

 最近の子供向け映画は、保護者も楽しめるようにシナリオが凝っていたりする。

 なので、語る事は存分にあるのだ。


「この後どうする?」


 時刻は午後4時前、夕方というにはまだ早い時間である。

 オタク君も優愛も、特にプランがあったわけはない。なのでこの後どうするか予定はない。

 このまま帰ると言うのは味気ないが、映画を見る前に喫茶店に寄ったのに、映画を見た後に喫茶店というのもナンセンスである。


「そういえば、普段優愛さんって何してます?」


「普段? 適当に遊びに出かけたり服買いに行ったりだけど」


「じゃあ、優愛さんの普段行ってるお店とかに行ってみませんか?」


「私は良いけど、オタク君はそんなんで良いの?」


「はい。僕も優愛さんの事、もっと知りたいので」


 普段から優愛は自分の事をオタク君に良く話す。

 だが、オタク君から優愛の事を聞く事はあまりない。

 優愛が自分の事をガンガン話すからと言うのもあるが、変に遠慮して踏み込もうとしなかったからである。


 今回はそんなオタク君に対し、優愛が踏み込む姿勢を見せたのだ。

 オタク君もそんな優愛に対し、自分も踏み込もうと考えた。

 もしかしたら知っている事ばかりかもしれないが、自分から知ろうとする姿勢は大事である。


「そうだ、じゃあゲーセン行こう!」


「ゲーセンですか?」


 ゲーセンと言えば、オタクが集まるイメージがあるオタク君。

 だが、すぐにピンときた。 


 ゲーセンには女性に人気のアレがある。

 そう、プリクラである。


 20年以上前に出てから今日まで、圧倒的女性人気を誇るプリクラ。

 初期の頃はフレームを選ぶ程度の機能しかなかったが、今ではカメラの補正や撮った写真をその場でラクガキしたりと色々出来るようになっている。


 映画館の近くにあるゲーセンに来たオタク君と優愛。

 プリクラコーナーには多種多様のプリクラが置いてある。

 そこに注意事項の看板が立てかけられている。


『男性のみのご利用は、ご遠慮させていただいております』


「あの、これ……」


「あー、大丈夫大丈夫。男同士じゃなければ問題ないから」


 看板を見て、ごくりと唾を飲み込むオタク君。

 禁止されているのは男性のみ。なので隣に優愛が居るのだから、堂々と入っても何も問題はない。


「ほら、プリ取りに来てる男って、オタク君だけじゃないっしょ」


「確かにそうですね」


 だが、オタク君は緊張していた。


 何故なら、男連れで来ているのは、カップルばかりだからである。

 傍から見れば、オタク君と優愛もそんなカップル達の一員だ。


(べ、別にプリクラを取るだけだし)


 そう思いつつも、意識してしまうオタク君。

 対して優愛はというと。


(オタク君と入って気がついたけど、男連れってカップルばかりじゃね!?)


 バッチリ意識していた。

 普段リコや村田姉妹たちと来るときは、周りの様子なんて気にしていなかったが、こうしてみるとカップルばかりである事に気づく。


「どれが良い……と言っても、初めてなんだから分からないよね」


「そうですね。優愛さんが選んで貰っても良いですか?」


「うん。良いよ」


 どれにしようかなと言いながらプリ機を選ぶ優愛だが、既に狙いは定めている。

 キョロキョロしてるように見せかけ、目線はしっかりキープしている。


 最近のプリクラはカメラの補正が入ったり、オリジナルのスタンプが使えたり、何種類も写真が撮れたりと多種多様な機能が付いている。

 その中で、優愛が選ぼうとしているプリ機は、写真の数も少なければ、カメラに補正もそんなにはかからない。なんならスタンプだって無い。

 だが、その代わり指定してくれるのだ。カップルが喜びそうなポーズを。


(お願いだから、これで良くないとか言わないでね)


 カップルあるあるの、男性がめんどくさがり適当なプリ機に入る。それをオタク君がしないか不安でドキドキしながら歩く優愛。

 ほんの数メートルの距離が、長く感じる。


 だが、オタク君も同じように数メートルの距離が長く感じていた。

 女性同士かカップルしかいない場所で、優愛と2人で歩いている。

 それだけで緊張しているのである。


 いっそ近くにあるプリ機を指さして「これなんてどうですか?」と言いたいが、グッとこらえる。

 好きな物を真剣に選んでいる時に、そのセリフは言ってはいけない事を心得ているから。


「これにしよっか?」


「あっ、はい」


 1回400円、それぞれが200円ずつ入れ中に入る。

 初めてのプリクラに、思わずキョロキョロしながら内装を見渡すオタク君。


(オタク君が見てない今なら)


 画面には「カップルコース」と「お友達コース」の2種類がタッチパネルに映し出されていた。

 チラチラと、オタク君を横目に優愛がタッチパネルを押す。


『お友達コースだね! じゃあポーズを指定するから、そのポーズで取ってみよう』


 ここまで来たというのに、優愛が選んだのはお友達コース。

 自分で押しておいて凹む優愛。ヘタレである。


「ほら、オタク君撮るよ」


「あっはい」


 だが、すぐに気を取り直して、優愛がオタク君に声をかける。 

 プリ機からポーズを指示する音声が流れ始める。


『まずは可愛いにゃんこのポーズをしてみよう』


 流石に恥ずかしいのか、表情に照れが出るオタク君。

 対して優愛は、友達と普段から取っているのかノリノリである。 


『次は腕を組んでみよう』


『次はお互いの手でハートを作ってみよう』


 思ったよりも距離が近いポーズを指定してくることに戸惑うオタク君。

 そんなオタク君をリードするようにポーズを取る優愛だが、彼女も内心では焦っていた。


『最後は後ろから抱き着いてみよう』


「流石にそれは……」


 思わず頬をひき釣るオタク君。

 このポーズはやめておきましょうか。

 優愛そう言おうとしたが、次の瞬間。


「えいっ」


 オタク君の首に腕を回し、優愛が後ろからガバっと抱き着いた。 

 好きな相手に対してヘタレな少女が、機械の指示でやっと大胆になれた瞬間である。

 思わず固まったオタク君。少し遅れて鳴るシャッター音。


『お疲れ様。落書きブースに移動してね』


 お互いに気恥ずかしさを感じながら、無言で落書きブースに移る。  

 思ったよりもイチャイチャしたポーズばかり指定されたせいで、胸が高鳴るオタク君と優愛。

 緊張しながら落書きブースに入る。


「ちょっ」


「ヤバッ」


 最初に噴出したのはどっちだったか。

 先ほどまでの空気が吹き飛ぶほどに2人は笑っていた。


 どの写真も、オタク君が目を大きく開きカメラをガン見しているのだ。

 しかも大きく開かれた目が、補正によりさらにデカくなっている。もはや珍獣である。

 

「妖怪目デカ!」


 ふざけてそんなラクガキをして笑う優愛。


「手がハートじゃなくて、Cの形になってますよ!」


 仕返しとばかりに、優愛の写真にそんなラクガキをするオタク君。


「ひっどーい。じゃあこっちだって『寝ぐせ発見!』」


「それなら僕も『チョークスリーパーでノックアウト!』」  


 落書き合戦が始まり、出来たシールを見てあれこれ言いながら笑い合う。

 こうして、お互い遠慮している部分を取っ払ったオタク君と優愛。

 2人の関係性は一歩進んだだろう。


 いや、「オタク君の事をもっと知りたい」と伝えた優愛と「優愛の事をもっと知りたい」と伝えたオタク君。

 もはや一歩どころではない。下手をすれば両想いの告白レベルである。

 

 もっと親密になる事で頭が一杯だった優愛は、そんな事に気付かず。

 気は利くが鈍感なオタク君も、当然気づいていない。

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