第76話「オタク君。来年も一緒のクラスになれると良いね」

 桜の花が咲く三月の終業式。

 オタク君のクラスは、留年する生徒はなく、全員進級する事が決まっているようだ。

 なので、教師も生徒も晴れやかな顔をしている。


「春休みは宿題がないからと言って、気を抜き過ぎないようにするのですよ」


 まだ寒い時期だというのに、ゴキゲンなアロハシャツを着た教師。通称アロハティーチャーがそう締める。


「来年もアロハティーチャーが担任が良いなー」


 誰かがそう言うと、他の生徒も「俺も!」「私も!」と声を上げる。

 この教師、見た目はアレだが、生徒達からは慕われているようだ。


「残念ですが、来年は一年生のクラスを受け持つことが決まっているので担任にはなれません。あっ、これバレたら校長に叱られるのでオフレコですよ」 


 そう言って口元で人差し指を立て、ウインクをする。


「じゃあ言って回らないとな!」


 アロハティーチャーが大げさに「オーノー」と言うと、教室中に笑いが起こる。

 来年はもう担任になる事がない。だから最後は生徒の為にトレードマークのアロハシャツを着て来たのだろう。

 そんな風に生徒を想い、気遣いが出来る。それがアロハティーチャーが生徒達に慕われる所以なのだろう。


 委員長が「起立」と号令をかける。

 生徒達が立ち上がるが、いつもの「礼」の号令はない。


「一年間、ありがとうございました」


 事前に打ち合わせをしていたのだろう。

 生徒達が声を揃える。


「こちらこそ、サンキューベリマッチ。それでは」


 思わず目元を拭うが、先ほどのように茶化す生徒は誰も居ない。

 軽く頭を下げ、いつもと変わらない動作で教室を出るアロハティーチャー。

 

 アロハティーチャーが出てから、教室はガヤガヤといつもの空気に戻る。

 仲の良いグループでそれぞれ集まるが、どこも話題は「来年も一緒のクラスが良いよね」ばかりである。


「オタク君。来年も一緒のクラスになれると良いね」


 オタク君の元に来た優愛も、同じ話題である。

 

「そうですね。一緒のクラスになれると良いですね」


「私も、小田倉君と一緒のクラスが良いな」


 オタク君と優愛の会話に、委員長が割り込む。

 割り込んできたのは委員長だけではない。


「ウチらも一緒のクラスが良いし」


「私とお姉ちゃんはどうせセットだろうけどね」 


 村田姉妹である。

 優愛と一緒のクラスになりたいという意味で言っているのだろうが、この言い方だと、村田姉妹もオタク君と一緒のクラスになりたいと言っているようにも取れる。

 傍から見れば、オタク君争奪戦である。

 まぁ、本人たちはそんな事気にしていないし、周りも気に留めてはいないのだが。


 来年のクラス替えの話題だったはずが、マシンガンの応戦のようなトークをする優愛と村田姉妹のおかげで次々と脱線していく。

 完全に話すタイミングがつかめず、かといって去るのも悪い気がして地蔵のように固まるオタク君と委員長。

 なおも優愛たちの会話は止まらない。


「おーい、部活行くぞ」


 部室に来るのが遅いオタク君たちを、リコが迎えに来るまでその状況は続いた。


「そういえば」


 部室に向かうという事で村田姉妹と別れ、教室を出たオタク君、優愛、リコ、委員長。

 四人で歩いている時に、ふとオタク君が思いついたように話しかける。


「三人は自分の部活に行かなくても良いんですか?」


 普段から第2文芸部に顔を出している優愛、リコ、委員長。

 来年は新入生の勧誘などもあるのだから、流石に今日くらいは所属している部活に顔を出した方が良いんじゃないのかと気になったのだ。

 そんなオタク君の言葉に、優愛たちは同時に首を傾げる。


「部活って、入部してるの第2文芸部だけど?」 


 優愛が「ねっ」と言うと、リコと委員長が頷く。

 

「えっ、そうなの?」


「逆に聞くけどいつも居るのに何だと思ってたの!?」


「いや、たまり場的な?」


「もー、そんなわけないじゃん」


 ぷくーと頬を膨らませて、不貞腐れてみる優愛。

 そんな優愛の機嫌を取ろうとして、オロオロするオタク君。

 

「第一、部員が三人だと同好会に格下げで部室が取り上げになるだろ?」


「うん。鳴海さんと姫野さんが入ってなかったら今年でなくなってたかも」


「そうだったんだ。三人ともありがとう」


 それは知らなかったと驚くオタク君。素直にお礼を言う。

 

「礼なんて良いよ。アタシも好きに使ってるし」 


「うん。秘密基地みたいで楽しいし」


 そんな風に返事をするリコと委員長に、改めてお礼を言うオタク君。

 オタク君の隣では、まだふくれっ面の優愛がぷいっと顔を背けていた。


「オタク君がどうしてもと言うなら、居てあげても良いけど」


「5人居れば大丈夫だから、優愛は退部しても大丈夫だぞ」


「おっ? リコ喧嘩か? 喧嘩するか?」


「部外者がなんか言ってる」


「わーん。オタク君、リコがイジメるよ。一緒にリコの恥ずかしいデマ流そう」


 先ほどまで不貞腐れていたのを忘れたかのように、オタク君に泣きつく優愛。

 オタク君。あははと苦笑いである。 


「僕は、優愛さんにどうしても居て欲しいかな」


「しょうがないなぁ。オタク君の為に居てあげるか」


 どうやら機嫌が直ったようである。

 えへへと言いながらオタク君の腕を取り、くっつく。

 思わず「えっ」と動揺するオタク君の反対の腕に、委員長が優愛と同じようにくっついた。


「小田倉君、私は?」


「えっと、委員長にも居て欲しいかなぁ」


「うん。じゃあ居るね」


「おっ? じゃあ5人になったからリコがいらなくなったじゃん! リコばいばい!」


「小田倉、アタシも居るだろ?」


「はい、リコさんもです」


「あー、オタク君も一緒にリコをイジメようよ!」


 そんな風に話しながら第2文芸部へ向かうオタク君たち。

 第2文芸部についたオタク君たち。

 部に着くなり、優愛がチョバム達と最初にした話題はオタク君が優愛たちを部員と思っていなかった話だ。


「あぁ、小田倉殿は鈍いところあるでござるからね」


「そうですな。小田倉氏はニブチンですな」


 ちなみに、チョバムとエンジンは、優愛たちが部員であることを知っていた。


「僕って鈍いかな?」


 鈍感である。

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