第171話「そうそう。授業中に女の子の絵を描いてる事とか別に気にしないしな」

「それでは完売を祝して、乾杯」


「乾杯!」


 オタク君がドリンクの入ったグラスを掲げながら乾杯の音頭を取る。

 それに続き、ドリンクを掲げ乾杯をする面々。


「そういや第2文芸部のSNSアカウント凄い事になってるなこれ」


「いいね数十万超えてるとかヤバいだろ」


 乾杯が終わると、早速オタク君たちのサークル『第2文芸部』の話題になる。

 オタク君を囲むように、というか実際囲みながらオタク君のスマホの画面を男連中全員で覗き込む。


 チョバムとエンジンが頑張った甲斐があってか、新刊告知はものすごい勢いで拡散されていた。

 いや、拡散され過ぎていたと言うべきか。

 最初はオタク君たちのサークルと交流があった人たちが拡散していたのだが、弱小サークルのやらかしを聞きつけ悪ノリで拡散する者が増え、気が付けば輪が広がり続け、去年の百部完売や大手有名会社のプロデューサーから名刺を渡されていた事が話題に上がり、注目の的になっていたのだ。

 近頃のコミフェでは、大手も有名サークルも最初から再販が決まっていたりして、現地でしか手に入らない物は少なくなってきている。

 再販が決まっているのなら、現地でしか手に入らない物を狙うのは当然である。

 そして、オタク君たちの第2文芸部は島中の弱小サークル。弱小サークルでは再販も無ければ通販もない事が多い。

 つまり、ここで逃せば手に入らない可能性が高い。  

 だから、多くの人がオタク君たちの同人誌を買い求め押し寄せ、地獄のような状況になってしまったのだ。 

 そのおかげで完売したわけではあるが。


 スマホでSNSを確認し、苦笑いを浮かべるオタク君。

 人気があるのはありがたいが、人気過ぎて逆に引いてしまったのだろう。

 そんなオタク君の苦労など知らず、浅井は「良いな」と羨ましそうに呟く。

 声に出したのは浅井だけだが、他のメンバーも内心では同じように思っているのか特に突っ込む事をしない。

 高校生なのだから、人気者になりたいと思うのはしょうがない事である。


「そういや小田倉、今度やりたいコスプレで相談があるんだけど良いか?」


 とはいえ、羨んでばかりでも仕方がない。

 オタク君は自ら動いたから人気になったのだ。

 ならば、自分もと、山崎がオタク君にコスプレの事で相談を持ち掛ける。 


「今度って、山崎、来年僕たち受験だよ?」


 だが、そんな山崎にあきれた様子のオタク君。

 オタク君たちが通う学校はそれなりの進学校。

 なので、親たちも基本それなりの大学に進学する事を期待している。

 高校生活も三年目になれば、受験に本腰を入れなければいけない。こうして遊んでいる暇など、なくなってしまう。


「えっ。それじゃあ来年はコミフェに参加しないのか?」


 オタク君の言葉に、驚き顔で返事をしたのは樽井である。

 来年もオタク君たちのサークルを手伝うために予定空けようかと、浅井、池安と話していたところだった。  


「いやいや、受験勉強で忙しくて無理じゃない?」


「と思うじゃん?」


「おっ? やっちゃう? やっちゃう?」


 なおも「いやいや」と答えるオタク君に対し、浅井も池安も手伝いに対し乗り気である。

 困り果てたオタク君が、助けを求めるように青塚、秋葉を見る。


「必要なら俺らも手伝うよ」


「大体受験勉強なんて、普段からちゃんとやってりゃ良いだけだしな」


 が、青塚、秋葉も手伝う気満々である。

 どうせなら次はクラスで同人誌作って参加しようなどと言いだし、三年で別のクラスになったらどうするんだよと話が進んでいく。

 そんなワイワイムードの中、オタク君はまだ消極的な態度を見せている。


「でもさ、クラスでやるのはほら……オタクは気持ち悪いとか思う人もいるかもしれないし」


 オタク君の発言に、男子一同が目を丸くし沈黙する。

 一拍間を置き、樽井が真面目な顔でオタク君に向き直る。


「そんな事を言う奴が、いるのか?」


 オタク君に問う樽井の顔には、怒気が紛れている。

 いや、樽井だけではない、浅井も、池安も、山崎も、青塚も、秋葉も、全員が静かな怒りをその瞳に灯していた。


「もしオタクだからキモイって言ってくる奴がいるなら俺に言え、ソイツをぶん殴ってやるよ」


「待て待て、殴るのは良くない。とはいえ、相談はしてくれ。力になるから」


「っつか、小田倉がオタクだからキモイとか、少なくともウチのクラスで言うやつはいねぇだろ。小田倉に世話になった奴らばかりだし」


 それぞれがオタク君を擁護するための言葉を口にする。

 彼らが本気で自分のために怒ってくれている事くらい、オタク君は理解している。

 だが、なぜここまで自分のために怒ってくれるのか、なんとなくは分かる。分かってはいるが「自分がそう思い上がってるだけでは?」と思ってしまうのは、自己評価が低すぎるというものだ。

 そんなオタク君の気持ちを知ってか知らずか、彼らは言葉を続ける。


「だから小田倉も自分がオタクだって事、気にするな」


 -だって俺たち、友達だろ?-


 その言葉に、オタク君はこみ上げる物を感じる。

 どうしてもオタクという事で負い目を感じ、友達と思っているのは自分だけなのではないかと、心の中では不安だらけであった。

 だからこそ、その言葉がとても嬉しかった。

 彼らはオタク君の事を友達だと思っている。だからこそ、わざわざ言う必要がないと思い、今まで言葉にしていなかった。

 言葉にすれば白々しくなってしまうから。

 

「ったく、オタクってだけでハブにしたりしないし。なぁ?」


 少しだけ湿っぽいムードになってしまったので、樽井がオタク君と腕を組みわざと明るく振る舞う。

 そんな樽井に合わせるように、明るく振る舞うオタク君。

 

「そうそう。授業中に女の子の絵を描いてる事とか別に気にしないしな」


「えっ?」


 直後に地雷をぶち抜く浅井。

 たまに授業中にコソコソと、隠れて絵を描いていたオタク君。

 本当に気づいていたのか問い詰めようと浅井に振り向くと、その瞬間全員がオタク君から目を逸らした。

 残念ながら、浅井だけではなく、全員にバレバレだったようである。


「ちょっと!?」


 恥ずかしさから、思わず大きな声が出てしまうオタク君。

 そんなオタク君に「いや、あんなコソコソした態度してたら見てくださいと言ってるようなものだし」と弄りが始まる。

 ゲラゲラと笑いながら、「本人はバレてないつもりだけど、周りからバレバレ」ネタで盛り上がるオタク君たち。

 その様子を、優愛、リコ、委員長、村田姉妹、そしてめちゃ美の女子たちが眺めていた。 

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